日本人が知らない中国オープンソース最前線 ―「嫌儲」「原理主義」のないOSS文化を読み解く

第8回RISC-Vブームが加速する中国、すでに10億個以上のチップを出荷

コンピュータが実行できる命令をまとめたISA(Instruction Set Architecture:命令セットアーキテクチャ)のシェアは、コンピュータチップを製造するうえで重要です。Windowsコンピュータや多くのサーバで利用されているX86 ISAと、スマートフォンやAppleのコンピュータなどで採用されているArm ISAが長らく人気を二分していましたが、オープンソースのISAであるRISC-Vが近年、大きな注目を集めています。

安価なTWSイヤホンなどで実用が進むRISC-V

先日、私は友人たちと「分解のススメ」というイベントで、いくつかのTWSマイコンを分解しましたが、多くのSoCでRISC-Vの活用が見られました。

#分解のススメ
第14回アーカイブ ニセAirPods、おもちゃ分解、Oculus分解、TWSイヤホン分解からRISC-Vの活用や、中国半導体産業の深みを知る
図1 ニセAirPodsの分解図。このメインSoCにもRISC-Vが使われている。設計は珠海のJieLi
図1

米中貿易戦争に関わらず、中国の中小企業は部品の自社化を進めています。よく売れる製品で、内部の複数のマイコン部品をまとめてSoC(システム・オン・チップ)化するなかで、CPU部分の機能をRISC-Vで自社化する企業も増えています。

たとえば両耳それぞれが無線接続のTWSイヤホンは、ここ2~3年で2000円以下の物も出てくるほど安価になりましたが、SoCを製造している珠海のJieLi、深圳のBluetrumなどの企業は、いずれもRISC-VをCPU部分で使用しています。

技術国産化として取り組む中国政府と、新分野に期待するベンチャー

RISC-Vのような新しいISAは、これまでのISAの置き換えと、これまでのISAで難しかった用途の両方に可能性があります。X86やArmの置き換え用途はあまり現実的ではありませんが、米中貿易摩擦のなかで技術の国産化に取り組む中国としては、外国企業の持つISAをオープンなRISC-Vに置き換えることは、政府補助を注ぎ込む価値があるプロジェクトです。これまでも、中国は国産X86プロセッサ、国産OSなどに予算を注ぎ込んできました。

もう1つの用途は、新しい分野や企業の進出です。X86もArmも、ISAの利用にはそれぞれの企業と契約と料金の支払いが必要ですが、RISC-VはFreeでOpenなISAなので、これまでプロセッサ製造と無縁だったさまざまな企業がプロセッサ製造に乗り出すことができます。深圳周辺の企業が作っている安価なTWSイヤホンなどの事例はこちらです。

ハイパワーRISC-Vにさまざまな支援を注ぎこむ中国政府とビッグテック企業

これまで、中国政府の独自CPU開発やX86CPUと独自サーバ開発などの資金は補助金が中心で、政府と関係の深い会社のみが取り組む、実効性の乏しいものでした。中国科学院も香山(XiangShan)というRISC-Vベースの高性能CPUを発表し、製造に向けて計画を発表していますが、どの程度採用されるかは不明です。そうした政府主導の流れは今も続いていますが、RISC-Vでのハイパワーコンピューティングには、中国のビッグテック企業も乗り出しています。

アリババ集団は2018年に、RISC-Vのチップを開発するグループ企業平头哥(T-HEAD)を5000万元(10億円)の資本金で立ち上げました。T-HEADは、組み込みマイコンの玄铁(XuanTie)シリーズを2020年から出荷しているほか、AI処理用やIoT処理用のチップなどを開発しています。

既存のサーバ/スマホ/PC用のプロセッサを代替する場合、過去のプログラムをどう動かすかが問題になり、コンシューマ向けでは現実的ではありません。しかし、組み込み用なら環境をまるごと用意することができ、特定の目的用ならさらに少ない工数で実現できます。アリババはRISC-V上のソフトウェアや開発環境も開発し、すでに販売されているものもあります。

また、中国政府の支援も、国費でCPUを開発するだけでなく、技術者の教育や民間企業の研究開発費支援など、サプライチェーン全体を強化する方向に幅を広げています。

国際団体のプレミアメンバーの57%が中国系企業や研究所

2018年、中国国内に中国开放指令生态(RISC-V)联盟と中国RISC-V产业联盟の2つのアライアンスが立ち上がりました。どちらも同じような活動をしていて、設立時期も近く、急速に盛り上がっているのを感じます。

中国开放指令生态(RISC-V)联盟(China RISC-V Alliance)は、中国政府工信部(日本の総務省のように、通信の標準規格を決めるなどの役割)が中心に、大学や研究所が理事、さまざまな企業がメンバーになっている、RISC-Vの命令セットをさらにリッチにするためのアライアンスです。前述のJieliも理事として参加しています。もう1つの中国RISC-V产业联盟も、やはり大学などが理事に参加し、同じような活動をしています。

Arm ISAでも複数のISAバージョンがあり、Cortex-xxシリーズのような形で処理性能の高いコアと電力効率の高いコアなどさまざまなコアIP製品があるように、RISC-Vでも「よく使われる」コアが出てきて、IPで商売できる可能性があります。米SiFiveなどの企業も、RISC-Vを使ったコアIPを開発しています。RISC-Vは、今まだ主流のISAに比べると命令セットをさらに増やしていく必要があり、たとえばサーバ用とウェアラブル用など、用途別に何種類かに分かれた最適化があるかもしれません。

中国は政府、企業ともに、RISC-Vに力を入れています。RISC-VのISAを管理・拡張するRISC-V Internationalでは、プレミアメンバーの57%が中国系企業や研究所からの参加です。

中国OSS推進連盟が発表した中国オープンソース発展ブルーブック 2022(中国开源发展蓝皮书)には、⁠9.1.2 RISC-Vの中国での普及」として、2018年から急速に盛り上がっているRISC-Vの各トピックがまとまっています。このブルーブックは、筆者が特徴的な部分をピックアップして翻訳しています。

このブルーブックによると、2018年に6件、2019年に8件、2020年に15件、2021年に16件と、2020年からRISC-Vに関するニュースが一気に増えているのが伺えます。また、当初は白書の発行、大会の開催といった政府や業界団体主導の盛り上げ型のニュースが多かったものが、2021年8月の「深圳の中科蓝讯(Bluetrum⁠⁠、RISC-Vベースのチップを累計10億個出荷⁠⁠、2022年12月の「T-HEADがXuanTieシリーズを累計25億個出荷」など、実際にビジネスになるニュースが増えてきています。

Bluetrumはこのコラムの冒頭に上げたような安価なBluetoosh SoCを開発している企業で、日本の100円ショップやディスカウントショップで売られている安価なBTスピーカーやTWSイヤホンの多くで同社のRISC-Vチップが使われています。XuanTieシリーズも組み込み用のCPUで、おそらくアリババ集団のクラウドと接続する自動販売機他のIoT端末使われていると思われるので、組み込み分野で大きなシェアがすでに成立している状態と言えます。

中国のRISC-V活用については、毎月・毎月新しいニュースが出てきている状態と言えます。今後も新しい活用事例が出てきそうです。

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