はじめに
ものを区別するためには一般に名前が利用されます。「高山によく生えている、白い花びらが5枚あって真ん中が黄色い小さな花」などと言うよりも「チングルマ」(写真1)と言ったほうが話が早いですし、私のことを表現するには属性をいろいろ表現するよりも「増井俊之」と言ったほうが簡単でしょう。計算機の中ではデータを区別するためにファイル名が使われていますし、計算機を区別するためにはドメイン名や計算機名が使われています。実世界の花も人間も、ネット上の情報もサービスも、適切なIDを付けて管理するのが人間社会の常識になっています。
Gyamp ─ 短いIDを活用する
最近はWeb上の情報を特定するためのIDとしてURLが広く利用されていますが、URLは長くなりがちなので各種の「URL短縮サービス」が利用されています。一時はTinyURLがよく使われていましたが、現在はBit.lyのような、より短い名前のサービスがよく使われているようです。これらのサービスは長いIDを短いIDに変換してくれるので便利ですが、短い名前はシステムに勝手に決められてしまうところが困ります。
Bit.lyのサービスを使うと、秋葉原の地図を示すhttp://maps.google
.co.jp/maps?ll=35.698683,139.774219&spn=0.018959,0
.027766&z=15
のような長いURLをhttp://bit.ly/c1f2fq
のような短いURLに短縮できますが、「秋葉原」が「c1f2fq」であるということを覚えておくことは難しいですし、一時的にでも「c1f2fq」という文字列を覚えることは難しいので、人間が利用するにはあまり役に立ちません。TinyURLを利用するとhttp://tinyurl.com/akibamap
のような短いURLをユーザが指定することもできますが、このようなIDはあらゆるユーザで共有されるため自由に選べるわけではありませんし(実際http://tinyurl.com/
akihabara
は登録ずみでした)、一度登録したものを変更できないので不便です。
筆者は、ユーザが自分だけの短いURLを自由に利用できるようにするため、Gyampというサービスを運営しています。Gyampのサービスを利用すると、TinyURLやBit.lyと同じように、長いURLの代わりにhttp://Gyamp.com/ユーザ名/ID
のような短いURLを利用できるようになります[1]。たとえば上述のURL はhttp://Gyamp.com/test/akihabara
のような別名で登録できるので、「test」および「akihabara」という単語を覚えておけばどのブラウザからでも簡単に秋葉原の地図を参照できるようになります。
TinyURLやBit.lyとは異なり、Gyampでは同じIDに異なるURLを再登録できるようになっています。たとえば秋葉原の地図の代わりに秋葉原駅の情報をhttp://Gyamp.com/test/akihabara
に登録しなおすこともできます。
Gyampの利用法
Gyampへの登録
GyampはTinyURLのような利用法をメインに考えています。URLにhttp://Gyamp.com/test/akihabara
という別名を付けたい場合、http://Gyamp.com/test/akihabara!
のように最後に「!」を付けたURLにアクセスすると、図1のような登録画面が表示されて長いURLを登録できるようになります。
登録後にブラウザからhttp://Gyamp.com/test/akihabara
にアクセスすると、登録したアドレスにリダイレクトされます。筆者は本棚.orgや天気予報などよく使うサイトのURLを「hon」「tenki」のような名前で登録してブックマーク的に利用しています。
同じIDの再利用
Gyampでは同じIDに異なるURLを登録しなおすことができるので、目的地の地図を常にhttp://Gyamp.com/test/map
のようなアドレスに登録しておくことにすれば、常にこのアドレスにアクセスすることで現在の目的地を表示できます。
筆者はパソコンのデスクトップやiPhoneのホーム画面にこのアドレスを登録しています。知らない場所に行くとき、行先の地図のURLをこのGyampアドレスに登録しておくことにより、パソコンやiPhoneから簡単に目的地の地図にアクセスできるようになります(図2)。
文字列の登録
GyampではURL以外の文字列も登録できます。たとえば買い物リストをhttp://Gyamp.com/test/buy
というアドレスに記録しておくことにすれば、買い物リストにパソコンやケータイから簡単にアクセスできるようになります。
この方法を使うとさまざまなマシンから同じ情報に簡単にアクセスできるようになるので、異なるマシン間の文字列のコピー&ペーストに利用できます[2]。マシンAに表示されている文字列をマシンBで利用するのは意外に面倒なものですが、マシンAの文字列をhttp://Gyamp.com/test/tmp
のようなアドレスに登録し、これにマシンBからアクセスすることにすれば、簡単にマシン間で文字列をコピー&ペーストできます。
筆者はGyampを数年にわたり重宝しており、生活に欠かせない機能になっています。Firefoxでは検索窓に任意の検索システムを組み込むことができるようになっているので、Gyampを検索窓に登録しておくことによって「map」や「tenki」などと打つだけで目的のページに飛ぶことができるようになります(図3)。このため筆者はブラウザのブックマーク機能はほとんど利用しなくなってしまいました。
ネット上にブックマークを登録して共有する「ソーシャルブックマーク」が最近広く利用されていますが、ブックマークしたページにあとでアクセスするには結構手間がかかります。Gyampは他人との共有についてはあまり考慮していませんが、個人的にネット上でブックマークを利用するには非常に便利です。
身のまわりのものをIDで管理する
Gyampはネット上の情報を整理するのに便利ですが、身のまわりのものを管理するのにも利用できます。たとえばオフィスで無線LAN接続のプリンタを利用しているとき、プリンタに関連する次のような情報を知りたくなる場合があります。
このような情報はメーカーのサイトやプリンタの設定を調べればわかりますが、調べるにはある程度時間がかかってしまいます。最近流行の拡張現実(AR)技術を駆使すれば、プリンタを見るだけでこれらの情報を知ることができるようになるかもしれませんが、近い将来にそのようなシステムを準備するのは難しそうです。
筆者はGyampを使ってこのような情報を管理しています。手順は次のようになります。
- プリンタに数字(例:1234)を書いておく
- プリンタに関するあらゆる情報を書いたWikiページを用意する
- これを
http://Gyamp.com/office/1234
のようなURLに登録する
このようにしておけば、プリンタに書いてある数字を利用してネット上のプリンタ情報に簡単にアクセスできます。数字をもとにネット上の情報にアクセスするやり方はバーコードでお馴染みのものですが、バーコードは印刷するのも読み取るのも機械が必要なのに対し、ペンで数字を書くのは簡単ですし、数字は目で読むことができます(写真2)。
WebページやPDFを印刷したとき、印刷された紙からもとのURLや関連情報を知ることができなくなってしまいがちですが、紙に「2345」のような数字を書き込んでおいてもとのURLをhttp://Gyamp.com/office/2345
に登録しておけば、もとの情報に簡単にアクセスできるようになります(写真3)。
このように、数字を使って情報をhttp://Gyamp.com/場所の名前/番号
に書いておくことにより、実世界の情報とネット上の情報を簡単にリンクさせることができます。また、同じ場所にいる人に対して「93番の資料が……」のようにして情報共有できるようになります。
IDの長さで公開レベルを制御
出現頻度の高い情報ほど短いIDを利用することは情報圧縮の基本ですが、世の中で利用されているIDもそのような傾向が多いようです。世間で最もポピュラーな情報ソースであるテレビ放送の場合「4」や「12」のような短いIDでチャンネルが表現されている一方、自分だけが利用するサービスの場合には「ログインID+パスワード」のような非常に長いIDが利用されています。つまり、公共的な情報には短いIDでアクセスし、個人的な情報には長いIDでアクセスするのが一般的になっていると言ってよいでしょう。
Gyamp上に情報を置く場合、http://Gyamp.com/office/123
のようなわかりやすいアドレスだと同僚との情報共有に使えるでしょうし、http://Gyamp.com/toshiykimasui1959/memo
のような秘密的なアドレスだと個人的なメモを書くのに利用できるでしょう。この場合はID的なものとパスワード的なものを連結して長いIDとすることによって安全を確保していることになります。
現在のWeb上のサービスは、完全に公開されたサービスおよび完全に個人的な情報を扱うサービスは存在しますが、その中間の適当な粒度で情報共有を行うためのしくみが足りないように思われます。短いIDは公共情報/中間のIDは共有情報/長いIDは個人情報のような使い分けが自然にできるようになれば、IDの長さによって情報共有レベルが簡単に制御できるようになるかもしれません。Gyampのようなシステムの利用法を考えながら、各種のIDの使い方を再考してみたいと思っています。