SE稼業は忘己利他(もうこりた)─現場に転がる箴言集

第2回空気読みのコミュニケーション

はじめに

ソフトウェア開発のすべての工程で最も重要なことは、顧客との間、およびチーム内で良好なコミュニケーションが実行されなければならないということです。潤沢な開発費、余裕のある開発期間、整備された開発環境がそろっていたとしても、孤立した人間関係しか持てないチームは必ず失敗を招きます。

良好な意思疎通は、共通の目的に向かって関係者全員のベクトルを揃え、実行すべきことは何か(What)を明らかにし、それをどのように実現するのか(How)を明らかにします。開発は、人と人との関係性の中からしか生み出され得ないものだということをもう一度再認識する必要があります。

#8:他人の評判に従って自分の行動を決めてはいけない

他人の評価で自分の行動を決定することは、自己の自律性の放棄につながり、妥当性のある合理的な思考や行動を妨げることになる。他人から⁠いい人⁠と思われるよりも、⁠いい仕事をした⁠と言われるほうがいい。

いい人への過剰適応
会話に「間」がない。相手の言葉をそしゃくする前にすぐ同調の言葉を発する。周りの雰囲気を壊さないよう、仲間からはじき出されないように注意深く会話し、いい子を演じる。その目に見えない風圧にさらされ、いい人を演じて波風の立たない人間関係を作ることに腐心する。そこには、相手の言葉や行為を正面から受止め、たとえあつれきが生じても自らの思い、考えを投げ返すという、本当の意味のコミュニケーションが希薄だ。

藤原新也、⁠コミュニケーションと社会』

#9:投げることよりも受けること

一方的に話をしても伝えられることは少ない。相手が何を必要としているのかを話し合いの中で探り、相手の必要としているものを先に与えてこそ自分の伝えたいことが伝わる。

言葉のキャッチボール
キャッチボールで大事なのは投げることではなく、受けてもらうこと。話すことも書くこともそれと一緒で、情報量を増やしても、伝わらなければ意味がない。⁠いくら豪速球を投げてもダメなんです⁠⁠。⁠伝える」ではなく「伝わる」に意識を置かねばならない。

山川静雄、エッセイスト

#10:フェイス・トゥ・フェイス(face to face)

重要な問題についてのコミュニケーションの鉄則は、当事者同士による対面直接コミュニケーションに拠るべきであり、決して電話やメールなどで済ませるべきではない。最重要な問題の処理はデジタルに頼らずにアナログで決着をつけたほうが身のためである。

開発チームに対してあるいは開発チーム内において最も効率的かつ効果的な情報の伝達方法はフェイス・トゥ・フェイスの会話である。

アジャイルソフトウェア開発宣言 原則6

#11:直接話をするということ

現代の生活は直接的な接触を極力避ける傾向が強くなっている。一対一の対面接触は心理的エネルギーを大きく消耗させるため、人は直接コミュニケーションを避けがちになってしまう。現代のIT技術は情報通信を飛躍的に進化させたと言われているが、その進化の実態は間接コミュニケーションを急速に拡大した反面、人々の間における直接コミュニケーション能力を著しく落としている。

真に有用な情報は仮想現実の世界にあるのではなく、リアルな生活での直接コミュニケーションの中にある。心地よい仮想現実を重視するのか非効率なアナログ的現実を重視するのかよく考えてみる必要がある。

最後に人を救うのは仮想現実の世界ではなく、リアルな人と人の接触の世界にあるということに間違いはないだろう。

ダイレクトコミュニケーションが重要なのは、単なる言葉だけではなく、その場の雰囲気や声のトーンから何が重要か、何を伝えたいのか、何を理解していないのか、言葉以外でも伝わるものがあるということです。

鈴木敏文、セブン&アイ・ホールディングス 会長

#12:物事は、事前の準備があれば失敗はしない

「万一失敗があった場合の対処方法」とは現代用語でいうところの、コンティンジェンシー・プランに相当し、⁠どのような異変にあっても失敗しないだけの工夫」とは現代用語でいうところのリスク回避策にあたる。

大きく困難な仕事は、ある程度実地に取り掛かってさえ容易にその成否の判断は難しい。まして設計図の上だけでは、なおさら成否の判断は難しい。難事業を計画する場合は、万一失敗があった場合の対処方法を事前に用意したり、またどのような異変にあっても失敗しないだけの工夫を考えておく必要がある。およそどんな事でも事前に準備をしていればうまくいき、事前の準備がなければ失敗するものだ。言いたいことも事前にはっきりさせておけば話の最中につまずくこともなく、目標も事前に決めておけば苦しむこともなく、やるべき事も事前に決めておけば気掛かりもなく、進むべき道も決めておけば行き詰まることもないだろう。

二宮尊徳、⁠二宮翁夜話』

#13:教養の幅は人間性の幅を広げる

情報の理解度の深さや広さのことを教養という。今まで見聞きしたこと、経験したこと、学習したことの量と質が自分の理解力や教養の深さや広さを決定する。本当のコミュニケーション能力やプレゼン能力の向上には経験に裏打ちされた幅広い教養と知識が必要となる。

米アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズ氏は発表会の場などでアップルが目指す方向を次のように示した。

我々の心を高鳴らせるのはリベラルアーツに結びついたテクノロジーであり、人間愛と結びついたテクノロジーである

スティーブ・ジョブズ

 リベラルアーツ(liberal arts⁠⁠:教養

#14:わからない質問には無理に答えるな

相手の質問の意味がわからない時がある。自分の理解力の低さが原因だと思ったならば、何がわからないのかを相手に伝え、教えを乞う。もしそうでないと判断したら沈黙し話題を変えるしかないだろう。質問の意味は後でゆっくり考えてみることだ。

どこからそんな質問が出てくるのか理解できない場合、それは相手が隠しておきたいと思っている計画から出てきているのかもしれない。メッセージがわからないこと自体がメッセージであり、最も重要なメッセージである場合もある。

G.M.ワインバーグ、⁠コンサルタントの道具箱』

おわりに

コミュニケーションのポイントをまとめると次のようになります。

  • 恥や失敗を恐れるより、行動しない自分を恥じる
  • 言葉だけでも、文書だけでも伝わらない
  • コミュニケーションの方法を知る
  • 相手に対する思いやりから始める
  • 思い込みの呪縛を解く
  • 非効率的な会議のやり方を解消する
  • コミュニケーションのルール・礼儀を守る
  • 顧客とのコミュニケーションの質を向上させる
  • 人の好き嫌いではなく必要か否かで行う
  • 情報共有とは密接なコミュニケーション

コミュニケーションを円滑に進めるために上記のことを実行すると同時に、コミュニケーションすなわち意思疎通の基本は、自分の都合よりも相手の都合を先に立てるということを忘れないようにしたいものです。

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