SE稼業は忘己利他(もうこりた)─現場に転がる箴言集

第11回ヘタレのモチベーション

はじめに

やる気やモチベーションは、自分が出すものであって誰かに出してもらうものではないでしょう。それが証拠に、会社から与えられるご褒美やインセンティブによって社員のモチベーションが継続的に維持向上したなどという話は聞いたことがありません。

今回は、仕事の重要な推進力であるモチベーションについて考えてみたいと思います。

#71:インセンティブ(褒美)で人は動くか

よくモチベーションだとかマインドだとか言われる。他人に言われたり、迫られたりしただけで本気が出ることはまずない。インセンティブを与えてもなかなか人は動かない。自分自身に火の粉が降りかかってきて初めて人は動く。近い将来の自分ないしは自組織に火の手があがることを想像できる人は幸いである。

水を飲みたくない馬

馬を水飲み場まで連れて行くことはできるが、飲みたくない馬に水を飲ませることはできない。

イギリスの諺

#72:木を見て森を見ず

目の前の仕事に追われてプロジェクト全体のあるべき方向性を見失ってしまうことがある。毎週のようにくり返されるスケジュール遅延の報告と再スケジュールでパニック状態に陥ったリーダー、二転三転する仕様変更に追いまくられ全体の仕様の整合性を見失った設計者、いつまでたっても終わりの見えないプログラミングに嫌気のさしたプログラマー、何が正しい仕様なのかわからなくなった評価技術者など。漂流するプロジェクトの中で開発者は溺れ死に状態に陥っている。

問題の真因は「何を開発するのか」が決まっていないことと、⁠どのように開発すべきなのか」がわかっていないことに集約される。開発開始にあたって開発終了にむけたマイルストーン(一里塚)と実行内容を定義したグランドデザイン(基本計画)が欠如している。

目指すべき方向をそろえる

どうすれば、ベクトルを日本代表チームに集めていけるかを考えました。代表チームとクラブチームの考え方を合わせることから始め、クラブチームの監督を集めた会議を開き、五輪出場までのマイルストーンを説明しました。そしてこの会議で決めたことは共通の認識として進め、結果が出たら皆で祝いましょうと宣言したのです。幸いにも、すぐに2005年のアジア選手権で優勝を飾るという結果を出せました。それからはどんどん進められましたね。

植田辰哉、バレーボール日本代表監督

#73:個人戦が好きなあなたへ~個人戦と組織戦

ある担当者が、ある仕様に不案内だったために開発を外注に丸投げするという事例がある。単に丸投げをしてはいけないと諌めても問題の解決にはならない。なぜそのような事態になってしまうのか。派生開発において要求される仕様のほとんどは、すでに開発された類似仕様が必ず存在している。それらの仕様について、その仕様が要求された背景や意味なども含めて仕様の詳細が記述されたドキュメントが組織的に蓄積されており、いつでもどこでもノウハウの共有が可能になっていれば、新たな仕様開発においても知らないとかわからないとかいう状況は回避できる。

この事例のような状況は、開発ノウハウの蓄積および共有という取り組みが組織的に行われず、個人の裁量に放任されている結果がもたらしたものだ。行われていることは組織戦ではなく個人戦なのだ。

学習を怠った組織

日本軍のなかでは自由闊達な議論が許容されることがなかったため、情報が個人や少数の人的ネットワーク内部にとどまり、組織全体で知識や経験が伝達され、共有されることが少なかった。組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如していた。ガダルカナルの失敗は日本軍の戦略・戦術を改めるべき最初の機会であったが、それを怠ってしまった。また、成功の蓄積も不徹底であった。大東亜戦争中一貫して日本軍は学習を怠った組織であった。

野中郁次郎 ほか著、⁠失敗の本質』

#74:信頼関係の修復

他人や顧客との関係において、信頼していた相手から裏切られたと感じた場合には自分のやる気やモチベーションは著しく落ちる。このような状況の修復はかなり難しい。予防策としては、常に相手との直接的なコミュニケーションを絶やさず仲間意識を共有することが重要だ。また一旦信頼関係が崩れそうだと感じた場合も、同様に直接的なコミュニケーションを取ることで誤解や理解不足の原因を取り除くことが重要だが、自分の正当性ばかりを主張したのでは信頼関係の修復は難しい。修復にあたっては、⁠議論に訴える」のではなく「事実に語らせる」方法が有効かもしれない。

誤解を解こうとして、相手の不条理と思える態度や行動についての間違いを指摘しても火に油を注ぐだけだ。それよりも相手と共有している資料などに基づいて、相手に対して相手の行動・態度・考え方の大きな変化の理由について「なぜ?」の問いかけを行うほうが賢明だ。相手の不信感の原因が誤解ならば自ずと解けるだろうし、本当の裏切りだったのならば縁を切るしかない。

心田の開発

人の心も田畑と同じで、何もせず放置しておけば雑草がはびこるだけの荒地となるだろう。人の心が荒廃すれば、同時に実際の田畑も職場も荒廃するだろう。世の中の豊かさが人々の心の豊かさをもたらすのではなく、人々の心の豊かさが世の中の豊かさをもたらすのである。まず人々の心の田の荒廃を開拓することから始めなければならないだろう。天から授かった善い種、すなわち仁義礼智というものを培養して、この善種を収穫して、又まき返しまき返して、国家に善種を蒔き広めることだ。

一人の心の荒蕪が開けたならば、土地の荒蕪は何万町歩あろうと心配することはないのだ。

二宮尊徳、⁠二宮翁夜話』

#72:「なぜ?」の問いかけの先に本質が見えてくる

「なぜ?」を問いかけなければ、本当の顧客が望んでいるものや、顧客価値のあるものは発見できない。開発業務においても、常に「なぜ?」を問い続けなければ「本当のこと」にたどりつくことはできない。⁠なぜ?」は問いかけるほうも、問われるほうも知的労力を必要とし疲れるものだ。

人間は、意識をしていないと徐々に疲れる作業を回避し始めるものだから、ついには創造的仕事を放棄して楽なルーチンワークに専念するようになる。そして、そのルーチンワークが開発業務であるかのように思い込むようになる。⁠なぜ?」の問いかけは「新しい認識」を生み出し、環境適応力のある柔軟性のある新しい自分を創り出す。⁠なぜ?」の問いかけが少なくなったら、自分の想像力・開発力が衰退し始めたものと思ったほうがいい。

「ノー!」をやっつけろ

これほど気をくじかれる言葉はない。お客としてもサービスする側としてもしょっちゅう「ノー!」を耳にするが、大事なのは、その時どういう行動に出るかである。手軽で安易で、非生産的であり、敗残者が好んで使う「ノー!⁠⁠。これは「私の担当じゃありません」を短くずばりと言ったものだ。⁠イエス!」を探し求めよう。

ビーター・グレン、⁠それは私の担当ではありません』

#76:もの柔らかな返答は怒りをそらす

社会活動や組織活動において「仁義礼智信」の5つの徳性を身につけていれば、対人関係における大方の問題は解消することができる。⁠仁」とは人を思いやること、⁠義」とは私利私欲に捉われないこと、⁠礼」とは敬意をもって他者と接すること、⁠智」とは知恵を重んじること、⁠信」とは誠実であること。

平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法

もの柔らかな返答は怒りをそらす。敵を愛することはできなくても敵を許し、忘れてしまうこと。

D.カーネギー

#77:失敗に学ぶ効用

失敗の結果に対する人の反応に3種類がある。1つめは何も悔やまず平気な人。2つめは悔やむだけの人。3つめは悔やんだ後で、同じ失敗をしないために失敗の原因を探し対策を考える人。

野球はミスをするスポーツです。ミスをなくそうとムダな努力をするよりも、ミスから学ぶことのできる選手のほうが、成長が早い。それなのに、ミスをした選手を怒鳴りつけたり、罰練習をさせたりするのは野球というスポーツがわかっていない証拠です。ミスをすると、どうして失敗したのか考えるチャンスになります。次にミスを減らすための練習に熱が入ります。

桑田真澄、野球評論家

おわりに

モチベーションを左右する主な要素は次の2つのとおりです。

  • 期待する獲得利益に合致しているか
  • 自分の安心・安全の保障が充足されるか

モチベーション低下に歯止めをかける思考・行動は次のものがあるでしょう。

  • 単純作業にも意味を見出すこと
  • 苦手・困難な仕事を克服すること
  • 強制に対抗する手段をもつこと
  • 約束違反はどこまでも許されるものではないと言うこと
  • 目標が見えるようにすること
  • 低評価に対して感情的な反応を抑えること
  • 価値が見出せないと言う前に相手の立場で考えること
  • 緊急な支援要請に対する実行条件を提示すること

とくにモチベーションを著しく低下させる原因としては、⁠味方による裏切り」⁠約束違反」および「体調不良」の3つが挙げられます。味方による裏切りとしてもっともインパクトが大きいものは、上司の裏切りでしょう。部下が困難な状況に陥っているときの、⁠オレは知らないからな」とか「自分で何とかしろ」という言葉の一撃で、部下は復讐を固く心に誓うことでしょう。

「一緒に考えよう」の一言が言える人間でありたいものです。

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