SE稼業は忘己利他(もうこりた)─現場に転がる箴言集

第13回疑心暗鬼の信頼関係[最終回]

はじめに

人間は集団で行動する社会的な動物です。統率された集団はあたかも1つの生き物のように行動し、その強大な力で他者を圧倒し、生存競争に勝ち残ってきました。集団を統率する最大の力は、その構成員間の信頼関係にあるでしょう。その信頼関係を育てるもの、あるいは壊すものについて考えてみます。

#85:やきもちと憎しみは友達を減らす

他者に対する悪感情の代表が「やきもち」「憎しみ」だろう。この感情は他人を傷つける前に自分自身を傷つける。仲間や友だちを減らすことは自分の孤立化を深め集団の中で生きづらくなってしまう。

この歳になって気づいたことがある。持ってはいけない感情が2つあることに気づいた。それは「やきもち」「憎しみ」だ。69歳にもなると何もしなくても友だちは減っていく。⁠やきもち」「憎しみ」は友だちを減らしてしまう。自分から減らしていくことは損だと、最近になって気づいた。

岡野雅行、岡野工業代表社員

#86:失敗を振り返りたくないわけ

過去の失敗から読み取るべきことは、みじめなメッセージではなく、未来のあなたに託された希望のメッセージだ。すなわち失敗したことやしかられたことに対する惨めな感情をいつまでも反すうするのではなく、失敗の真因に気づき、それを繰り返さないことを現在の自分に誓い、未来の自分に託すことだ。

惨めな感情の反すうは自分に対する信頼感を著しく損ない自信喪失の元になりモチベーションの低下を招くだけだ。⁠自信」とは自分自身に対する信頼感のことだ。他人や顧客との信頼関係も自分の自分に対する信頼感もやる気やモチベーションに大きな影響を与える。

勝負の世界ですから勝たなければならない。でも負けても、どの手が悪かったか、その手を指すときにどんな気持ちだったかを反省し、精進すればマイナスにならない。負けから何を学び成長するかが大事です。

谷川浩司、棋士、永世名人

#87:リスクは人にあり

一歩前に出ればリスクは半減し、一歩後退すれば倍増する。⁠待ち⁠の姿勢では仕事はどんどん溜まり、一歩前に出て現場でさばけばリスクは減少し時間も節約できる。リスクが高くなる人のパターンは次のとおり。

  • 自分の責任や仕事に勝手に境界や垣根をつくる人
  • 他人の意見を聞かない独善的・自己中心的な人
  • 誰かがやってくれるだろうという無責任な人
  • 助けたり・助けられたりするチームプレーのできない人
  • 自分やチームの手持ちの時間や残された時間がわからない人
責任の分散が招く手抜き

集団内メンバーの役割や責任が不明確で、各メンバーの関わりがはっきりしないと、不正が起こっても、自分はその責任の一部にしか関わっていないというように、責任を分散して考えるようになる。メンバー相互の匿名性が高いと、責任の分散はより起こりやすくなる。

海保博之/宮本聡介 著、⁠安心・安全の心理学』

#88:弱点は克服すべきものだとは限らない

ある評価基準において他人より自分が劣っていると自覚したものが弱点であるが、評価基準はその環境や条件により変化していくものだ。それゆえに永久不変の評価基準がないのと同様に、永久不変の弱点なども存在しない。自覚された弱点への対応策には次の3つが考えられる。

  • 現実的に克服可能なものは克服すること
  • 弱点と思われたものが長所となる環境に身を移すこと
  • 弱点と思ったことが人間の本質ではないと自覚できれば、その弱点を抱えたまま生き抜く覚悟を持つこと

ある東北出身の代議士は国会の演説において、⁠お前のなまりは何を言っているのかわからない」という侮辱的なヤジを受けた。それに対して、⁠あなたに聞く耳がないから私の言葉がわからないのだ」と、堂々と言い放った。終生、その代議士は東北弁で通した。

人間は弱点を持っていることを自覚することが大事。欠点がないと思う人は、それが欠点だ。

中坊公平、元日弁連会長

#89:弱者の戦い方

小さいものが大きいものへ、あるいは弱いものが強いものへ挑む手段(弱者の戦法)として一点集中主義という方法がある。敵の最大の弱点・盲点に注目して、そこに一気にもてる力をすべて投入することで死中に活路を見出す方法だ。

今川軍2万5,000人と織田軍3,000人との桶狭間の戦い。間者(斥候)というウサギの耳をもって敵将今川義元の本陣を特定し、織田軍3,000人が突入し勝利を挙げた戦いがそうであった。

「力の集中とスピード」は、戦国時代ならずとも現代におけるビジネスにおいてもまた不変の勝利の方程式である。

弱者の論理

ウサギの耳は大きい。ライオンの耳は小さい。弱者たるもの反対側のこともよく考えて対応しないと生きていけない。

中坊公平、元日弁連会長

#90:連帯の力

他者に対する犠牲的行動や配慮が組織的活動に活かされる姿のことを、⁠連帯⁠(solidarity)と言う。勝利のためにチームの誰かが誰かに力を貸したり借りたりする共助の行動が数人力を百人力に換え、チームを1つの塊にする。

一人ひとりの力は他の動物たちよりはるかに劣る我々人類が動物界の頂点に立つことができた秘密はこの点にあるだろう。自分一人の損得を離れチームプレーに徹することが結局自分の得にもなることに早く気づくべきだろう。この精神は「All for one, One for all(みんなは一人のために、一人はみんなのために⁠⁠」で知られている。

市場主義と共同体の環

市場原理の貫徹は当然と受け止める企業経営においても、その徹底の副作用として何か大切なものが失われつつある。企業が人間の集団である「共同体」としてもっている側面、例えば社員にとって社会に役立っていると思える働きや、はみ出してでも助けようとする連帯感、互いの願いを大切に受け止め個性を生かし合う思いやり、他の痛みに応えようとする共感力などである。

それは企業がこれから未到のフロントを切りひらくためには特に重要となる「場」の力である。それはまた、仕事と人生をつないで活力を良循環させる環でもある。

「経済気象台⁠⁠、朝日新聞

#91:誠意を尽くす

誠意を尽すには忍耐が必要。人を指導する場合において、一度二度はていねいに指導することがあっても、三度四度になると、もうめんどうくさくなってぞんざいな対応をしがちになる。また自分が正しく相手が間違っていると思っても、異なった意見を無視・排除して独断専行に走るべきではない。相手が理解できないのなら理解できるまでいろいろな方法で根気よく話をすることだ。

誠意を尽すことは自分も立ち、相手も立てるということ。誠意がなければ信頼感も生れず、信頼感のないところに仕事もビジネスも商売も成立しない。

たとえ相手がばかでも悪人でも、人の道は教え続けなければならない。教えて言うことを聞かなくても、怒ったり、いらいらしてはいけない。繰り返しくりかえし教え続けることが人道を尽くすことであり誠意を尽くすということである。

二宮尊徳、⁠二宮翁夜話』

おわりに

信頼関係の問題は、主に次の3つのグループに分類できます。

  • 自分自身に対する信頼感
  • 上司・部下の信頼関係
  • 顧客との信頼関係

自分自身に対する信頼感の低さは、自分における「感情的・情緒的なアプローチ」に起因しており、これは「科学合理的なアプローチ」によって改善できるでしょう。上司・部下の信頼関係を低下させる原因としては、お互いの自己中心性にあり、お互いにやるべき義務を果たしたうえで、相互に助け合う行動が求められます。また自己に対する信頼感および社内での信頼関係の構築は、対外的信頼関係である顧客との信頼関係を良くする前提となります。

信頼関係を構築するための基本的な認識および原則は次のとおりです。

  • 信頼関係に関する共通の問題は自己中心性にある
  • 感情的・情緒的なアプローチでは信頼感・信頼関係の獲得はできない
  • 科学的合理的なアプローチが信頼感・信頼関係の獲得をもたらす
  • 対外的信頼関係の基本は、自己の信頼感・社内での信頼関係の構築にある

連載のおわりに

3ヵ月にわたる全13回の連載にお付き合いいただき誠にありがとうございました。連載中に読者の方々からご声援をいただきましたこと、深く感謝申し上げます。

本連載の目的は、問題山積のソフトウェアプロジェクトの渦中において、今まさに溺れかけているSEの方々に一艘(いっそう)の助け舟を提供することにありました。

本文は、SEないしは開発者の視点を中心に据えて記述しましたが、すべての仕事におけるプロフェッショナルのあるべき姿を念頭に置き、より合理的かつ妥当な思考・行動に焦点を当てたものとしました。本連載の内容が少しでもSEの方々のお役に立ち、皆さまのプロジェクトが成功裏に完了し、仲間の方々と共に成長発展されることを強く願っております。

なお、本連載の内容をまとめたチートシートを掲載します。スマートフォンやオフィスなどでご活用ください。

特別付録
SEのための開発現場で役立つ箴言集(PDFファイル。約8.2MB)

全13回(91編)では、まだまだ全体を語り尽くすことはできませんでしたので、新たな企画にて読者の皆さまに再見できることを期待しています。よろしければ、皆さまのご意見・ご要望をぜひともお寄せください。

  • 佐野洋:pmf_hsano@yahoo.co.jp(@マークは半角に差し替えてください)

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