「中の人」が語るETロボコンの魅力─何が面白いのか、何に役立つのか

第3回ロボコンに賭けた「思い」伝わる─ETロボコンのモデルとは

これまでの2回の連載を通して、ETロボコンがどのようなものか理解していただけたと思います。この3回目では、ETロボコンの特徴である「モデル」に関して紹介していきたいと思います。

ETロボコンはモデル開発の「砂場」

ETロボコンで扱うモデルとは、ロボットを動かすための「ソフトウェアの設計図」のことを指します。

組込みソフトウェアの現場では、この「ソフトウェアの設計図」が十分な形で存在していることは希であり、そのためにソフトウェアの保守が効率的に行えず、生産性や品質に大きな問題を引き起こしているのは、みなさんもご存じの通りです。

とはいえ、実際の開発現場でモデルを使った開発に一気に移行するのことは、そう簡単ではありません。ETロボコンでは、すべての参加チームにモデルの作成を課しており、大会への参加を通じて、モデルすなわち「ソフトウェアの設計図」の作り方のコツや、そのメリットを存分に感じてもらうことを期待しています。つまり、ETロボコンは、モデルを使った開発のための「砂場」とも言えます。

ETロボコンのモデルとは?

ETロボコンのモデルは、コンセプトシートと呼ばれる、モデルに対する補足文書が1枚と、実際のモデルに該当するソフトウェアの設計内容を記述した5枚のシートを合わせた計6枚のシート(大きさはA3)から構成されます。

コンセプトシート

ETロボコンのモデルの大きな特徴は、モデルが単なる設計図にとどまらず、モデルから各チームの設計に賭ける思いがひしひしと伝わってくる点にあります。そして、それを実現している大きな要因が、このコンセプトシートです。

コンセプトシートは、参加チームの紹介や意気込みなどを記載する「自己紹介パート」と、モデルの設計思想や見所・工夫した点などを説明する「モデル紹介パート」から構成されており、特に重要なのは、後者の「モデル紹介パート」です。

実際のモデルは、UMLなどに代表されるモデリング言語を使って記述されますが、これで記述できるのはあくまでも設計内容そのものであり、そこに至るまでの設計意図や設計上の指針、重要なポイントなどについては記述することができません。

コンセプトシートをうまく活用することで、前述したようなモデリング言語では記述できない各チームの「設計に賭ける思い」「概要の説明」などを明示することができます。モデル審査はもちろんですが、大会会場に掲示されたモデルを見るような場合にも、上手に書かれたコンセプトシートは、モデルの内容を理解するのに非常に大きく役立ちます。

蛇足になりますが、実際の開発でモデルを作っているけれど「モデルで書いた内容が、いまいちうまく伝わらない」といった悩みをお持ちの方は、ぜひ、ETロボコンのようなコンセプトシートを取り入れてみることをお勧めします。

図1 コンセプトシート(モデル紹介パート)の例
図1 コンセプトシート(モデル紹介パート)の例 図1 コンセプトシート(モデル紹介パート)の例

モデル

さて、実際のモデルですが、要求モデル、設計モデル、性能モデルの3つに分かれています。

要求モデルは、今年から新たに追加されたモデルで、ソフトウェアを開発するための要求を記述します。たとえば、ソフトウェアとして実現される機能を導出するに至った経緯や、品質・性能などといった非機能的な要求の検討過程・結果などが該当します。

図2 要求モデル
図2 要求モデル

設計モデルは、要求モデルに書かれた要求を実現するために必要なソフトウェアの内容について記述します。内容といってもモデルですので、ソースコードのような詳細な記述ではなく、より簡素でわかりやすいものにする必要があります。そのため、設計モデルではUMLのような「モデリング言語」を使って記述するように決められています。

図3 設計モデル(機能面)
図3 設計モデル(機能面)
図4 設計モデル(構造面)
図4 設計モデル(構造面)
図5 設計モデル(振る舞い面)
図5 設計モデル(振る舞い面)

最後の性能モデルですが、これにはロボットの性能向上に必要な制御技術や制御戦略などを記述します。このモデルでは、その技術や戦略の妥当性を示す図や計算式、そしてそれらを説明する自然言語などから構成されます。

図6 性能モデル
図6 性能モデル

そしてETロボコンでは、これら3つのモデルをたった5枚の中に収めなければなりません。特に近年はモデルの内容も高度化しており、5枚に収めることは年を追うほどにその難しさを増しています。これもETロボコンのモデルの1つの特徴と言えるかもしれません。しかし、限られた枚数でシンプルに分かりやすく表現することは、まさにモデルに求められるもので、よい試練になるはずです。

モデル審査

審査方法

次に、ETロボコンのモデル審査について紹介しましょう。

参加チームの作成したモデルは、実行委員会で組織されたモデル審査委員により、公正に審査されます。各審査委員は、モデル審査基準に則って各モデルの記述内容を精査し、評価点を付けていきます。すべてのチームの評価が終了した時点で、上位のモデルについてはさらに内容を精査し、最終的な評価点と順位を決定します。

審査基準

審査基準は、モデルの何を審査するのかについて記述した審査対象と、その対象をどのように評価するかを記述した審査内容から構成されます。審査基準はETロボコンのHPからダウンロードできますので、興味のある方はぜひご覧ください。

今回は、審査対象について詳しく紹介していきます。審査対象は、大きく以下の4つに分かれます。

①モデルの書き方

良いモデルであるためには、自分の考えをきちんと伝えられるモデルになっているかどうかが大切になります。まずは読んでもらえること。そのためには、決められた記法に則った上で、正確に描くこと(=正確性)が大切になります。

さらにその上で、内容を理解してもらえること。必要な図を揃えたり、わかりやすさのための工夫をすること(=理解性)が必要です。審査基準では上述の考えに則り、モデルの書き方は「正確性」「理解性」という2点に分けて評価しています。

②モデルの内容

ETロボコンでは、良いモデルとは、要求を実現するために必要な技術とそれを実現するためのソフトウェアのしくみが正しく表現されており、かつそれらが妥当であること、と考えています。すでにモデルの項で紹介したように、それぞれが「要求モデル」⁠性能モデル」⁠設計モデル」に該当します。

性能モデルに対しては、モデルから読み取れる予測性能を「要素技術」「走行戦略」の2点に分けて評価します。

設計モデルについては、ソフトウェアとしての妥当性を「機能」⁠構造」⁠振る舞い」という3つの異なる視点で評価します。さらに、記述された各モデルの内容が、相互に参照・確認(追跡)が可能か、内容が一貫しており矛盾がないかを審査します。この審査項目は「トレーサビリティ」と呼ばれています。

③追加課題

昨年の大会から、モデルのマンネリ化を防止するとともに、新たなチャレンジの場を設定するという目的の下、あらたに追加課題というものが加わりました。

「追加課題」は、数年単位で変更することを予定しており、前述した①のモデルの書き方や②のモデルの内容に比べて多少難易度が高いため、審査においてはオプション扱いである加点評価の対象としています。

昨年は、⁠並行性設計」のみでしたが、今年はさらに、⁠要求モデル」「開発支援」を加えた計3つの評価対象が含まれています⁠。

④オリジナリティ

オリジナリティは、新しい試みや日常の開発で出来ないことにチャレンジしたチームを評価するために設けられた審査対象項目です。上述した「追加課題」と同様、審査においてはこちらもオプション扱いになります。

図7 2011年大会のモデル審査基準の構成
図7 2011年大会のモデル審査基準の構成
※)
開発支援は、昨年は性能モデルを評価するための審査対象となっていましたが、今年からは追加課題に変更されました。

総合評価

ETロボコンでは、当初、モデルと走行結果を別々に表彰してきました。しかし、モデルだけ、あるいは走りだけに傾倒するチームが各部門の上位を占めることが多くなり、2008年大会からは、本来の目的である「モデルと走行結果の両方がバランスよく達成されている」という総合力の評価を導入しました。従来の、モデル部門、走行部門それぞれの表彰も行っていますが、大会の最終的な評価は、総合部門の順位で決まることになっています。

具体的には、モデル審査結果と競技の走行結果を、最低点を0、最高点を1として、それぞれ0から1の間に分散させ、それら2つの値の調和平均を取ります。調和平均を用いるため、一般的な平均(相加平均)だと同じになる場合でも、2つの値の差がより少ない方が高い値になります。つまり、モデル審査結果と競技の走行結果の平均が同じ場合でも、モデルだけ良かったり、走りだけ良かったりするチームより、モデルと走りが同程度のチームの方が総合評価では高い値を得ることになります。

この総合評価方式を採用してからは、徐々にモデルと走行結果がバランスされたチームが増えてきているように感じます。

図8 正規化後のモデル審査結果(2010年チャンピオンシップの総合評価結果)
図8 正規化後のモデル審査結果(2010年チャンピオンシップの総合評価結果)

モデル作成のポイント

これまでのモデルの傾向

ここでは、これまでのモデルの傾向を振り返りながら、より評価の高いモデルを作成するためのポイントをお伝えしたいと思います。

以下に、第1回大会から第9回大会までのモデルの傾向を示します。

図9 過去大会におけるモデリングの変遷
図9 過去大会におけるモデリングの変遷

これを見ると、最初は単なるライントレースだけだったコース課題が、年を追うごとにその数と難易度が上がり、それに伴ってモデルも進化してきているのがわかります。

最初はUMLによる設計モデルを中心としたものが多かったのですが、コース課題を走りきる必要性から、徐々に要素技術を盛り込んだ性能モデルが重視されるようになってきました。また、モデルの内容が濃くなるにつれて、妥当性を示すためのデータや可読性向上のためのサマリ記述など、モデルの可読性向上にむけての工夫も進んでいます。

良いモデルを作成するためのポイント

以上のことを踏まえ、モデルを審査する立場から、良いモデルを作成するためのポイントについて紹介したいと思います。

まず、ETロボコンのモデルは実開発と違い、コンセプトシートも含めてA3サイズ6枚に収める必要があるということに注意しましょう。当然モデル全部を掲載することは困難ですが、かといって一部だけを詳細に掲載しても全体が把握できなくなります。全体を俯瞰でき、かつ、重要な点についてはある程度まで詳細に記載するといったバランスの良さが求められます。

また、審査されるということを考えると、モデルを読みやすく、内容を理解しやすくするといった点にも注力することが重要です。前述したように、コンセプトシートの活用も有効です。ここでモデルのサマリや設計方針などを記述しておくことで、モデル自体の可読性が大きく向上しますし、残り5枚をモデルの内容だけに費やすことができます。

モデルの内容では、性能モデルと設計モデルのバランスが大事になります。

性能モデルでは、コース課題のクリアや走行性能を向上させるために必要な要素技術がきちんと記載されているかどうかが問われます。また、その際には、採用した技術や戦略などの有効性・妥当性もきちんと述べられていなければなりません。

設計モデルでは、性能モデルで記載された要素技術や戦略を、ソフトウェアとしてどのように実現しているかが問われます。特にETロボコンでは、ソフトウェアとして正しく動作するだけではなく、将来の拡張や修正が容易なように、ソフトウェアの内部がきちんと整理・整頓されて作られているかという点が重視されます。設計モデルでいえば、特に構造面のモデルのできがカギとなります。

ETロボコンのこれまでとこれから

ETロボコンも、いよいよ10年目を迎えます。

これまでの9年間を振り返ると、ETロボコンは運営側と参加者側の双方に対し、モデリングという面で大きな成果をもたらしたと言えます。

まず、参加者側への貢献としては、この9年間でのモデルの進化が挙げられます。多くのチームがロボコンに参加することでモデリングの腕を磨いてきました。特に、ここ数年の大会における上位入賞チームのモデルは、可読性・内容ともに、そのまま実際の開発現場に持ち込めるような、非常に高品質なモデルとなっています。

また、最近では、日常の開発では取り組むことのできないような新たな試みを持ち込むチームが増えています。SysMLの要求図やSPLのフィーチャー図を使った要求の表現、Simulinkなどの連続系モデルを取り入れたハイブリッドなモデリング、継続的な取り組みを効率化するためのSPL開発、そして専用のモデリング言語と開発環境を構築したDSM開発など、まさに組込み・リアルタイム分野において、これから期待される技術ばかりです。これは、ETロボコンがモデリングの教育のための「砂場」にとどまらず、最新技術の「実験場」としての役割を期待されていると言えます。

また、運営側では、これまでの上位入賞チームのモデラーが、モデル審査委員や技術委員など運営側に参加することで、ETロボコンの輪を大きく拡げてきました。今や、各地区独自の教育やモデル審査などは、それらの地区審査委員の方々が主体となって進めています。第1回大会の審査は、会場の片隅でたった3名で実施されたことを考えると、ETロボコンを通した「モデリングの輪」のすごさをあらためて感じずにはいられません。

2002年第1回UMLロボコン時の会場でのモデル審査風景
2002年第1回UMLロボコン時の会場でのモデル審査風景

1つの区切りとなる今年の10回大会は、これまでのライントレースの集大成となります。各チームのモデルにも、これまでの知見が存分に発揮され、非常に見応えのあるものになることが期待されます。

2010年ETロボコン・チャンピオンシップ会場に掲示された参加チームのモデル図
2010年ETロボコン・チャンピオンシップ会場に掲示された参加チームのモデル図

そして11年目となる来年からは、課題が大きく変更される予定です。現在は、まだ協議中ですが、こちらもぜひご期待ください。

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