LinuxCon Japan 2011 Preview

[レポート]LinuxCon Japan 2011開幕 Linus Torvalds氏が基調講演「20年間の開発者の労力の先に今がある」

6月1日~3日、パシフィコ横浜にて開催される「LinuxCon Japan 2011」が開幕した。初日最初の基調講演はLinux生みの親Linus Torvalds氏が登壇。⁠20 Years of Linux」⁠Linuxの20年)と題し, Greg Kroah-Hartman氏との対談形式でキーノートが進められた。

開会の挨拶に立ったのはLinux Foundation ジャパンディレクタの福安徳晃氏。東日本大震災の影響から、一時はLinuxCon中止も検討されたが、開催を願う励ましの声やスポンサー、関係者の協力を得て開催に至ったことを明かした。そして、電力消費量が逼迫する中、開会中の電力の保証を約束してくれた横浜市に謝意を表した。

あいさつする福安徳晃氏
あいさつする福安徳晃氏

Linuxから20年、そのすべてを語れるのは一人だけ

そしてあらためて、今年誕生して20周年を迎えるLinuxのこれまでを振り返った。ヘルシンキ大学の研究室で始まったLinuxが、現在は世界中の証券取引所をはじめとする株式市場の70%で利用されており、エンタープライズから小型の組込み機器に至るまで、あらゆる身近な環境に広がっている。

続けて「この20年間のすべてを語ることができる人物は一人だけです。今日はその人をお招きしました」とLinux開発者、Linus Torvalds氏を紹介。キーノートを引き継いだ。

Linus氏の講演は、来場者の代表としてカーネル開発者のGreg Kroah-Hartman氏がインタビューする形で進められた。

キーノートの模様。左がLinus氏、右がGreg Kroah-Hartman氏
キーノートの模様。左がLinus氏、右がGreg Kroah-Hartman氏

Linux 3.0登場のいきさつ

まずは数日前に発表となったLinuxカーネルの新バージョン3.0の話題が上がった。Linus氏来日直前にRC1がリリースされたカーネル3.0.0が、その前のメジャーバージョン2.6系が8年間続いた後の大きなバージョンカウントのアップとなることついて、Linus氏はLinuxカーネルのバージョンアップの意味合いがLinux開発の初期とは変わってきた点を指摘した。

2.2~2.4になるまでのLinuxはバージョンアップのサイクルも長く、次々とメジャーな機能を実装し、そのために不安定になったり実用に問題が出ることもあったが、2.6系になると安定期に入り、⁠それ以前よりは)大きな機能追加やドラスティックな変更はない分、動かなくなるような破綻や不具合もなくなった。またバージョンアップの間隔も3ヵ月と短くなる。カーネル開発の方針も「常に安定したバージョンを提供する」ことに注力されるようになり、企業や業務での利用が大きく広がった。

このため、かなりの大きなトピックがなければ、2.6→2.8といった大きなカウントのアップができない状況になってしまった。⁠こうしたやり方を続けるのはもう十分だと思った。あなた(Greg氏)なら2.6.39と38の区別は簡単につくだろうけど、普通の人には覚えにくい。これからは3.0.1といったサブ番号よりももっと大きな3.1、3.2といった刻みでバージョンアップして行きたい」⁠Linus氏⁠⁠。

「できることは同じ、でも速く動く」

では、Linus氏が「安定している」と語る最近のLinuxカーネルの中で気に入ったフィーチャー(特徴、機能)はある? という問いにLinus氏は、⁠目を引く機能よりも退屈に見えるようなものが好きですね」と答え、例としてカーネル2.6.38で取り入れられた、実行速度改善の機能を挙げた。⁠これによって40%のスピード向上が見られた。できることはいつもと同じ。ただそれが速く動くのです」⁠Linus氏)

また、何か新しいフィーチャーが取り入れられるケースについては、⁠いろいろなやり方があると思う」としながら、⁠だれかの要望があって改善する場合と、今はまだユーザがいないような限界に挑戦する機能、でも5年後にはユーザがいるかもしれない、そういうフィーチャーの両方が必要。片方だけではダメだと思う」と答えた。特定の分野で少人数しか使っていないような機能でも、10年後にはさまざまな場所で使われるようになったものを見てきたとLinus氏は語る。⁠たとえばSMP対応などもその1つです⁠⁠。

さらに「そこにLinuxの成功の理由がある」とLinus氏は続けた。⁠AppleではMac OSとiOS、Microsoftでもハイエンドとローエンドでは違うOSを使う。でもLinuxはハイエンドからローエンドまで同じOSだ。これは組込みにおいて特に重要なポイントになる⁠⁠。

これに対してGreg氏が「そうすると、たとえばローエンドでは必要ない機能まで入ってしまうことがありますよね。また中には独自の実装を押し通す、たとえばARMコミュニティとか(笑⁠⁠」と水を向けると「3.0ではARMのツリーからジェネリックなところにコードを持って来ることに成功したよ。組込みのコミュニティが、我々もそのエコシステムの一部として認めてくれたんだ。まだ第一歩といったところだけどね」と、最新カーネルでは組込み系のコードにおいて一定の成果があったことを強調した。

「目を引く機能よりも地味なものに惹かれる」というLinus氏
「目を引く機能よりも地味なものに惹かれる」というLinus氏

次に、現状の課題となっているLiunxのデスクトップアプリケーションについての話題となった。Greg氏が「世界を支配するためには、カーネルが優れているだけでなくアプリケーションも必要です。今でも世界を支配したいと思っていますか?(笑⁠⁠」と問うと、Linus氏は「⁠⁠世界を支配』というのも、10年前なら面白い冗談だったが、最近は冗談にならなくなった(笑⁠⁠」と返したうえで、⁠デスクトップアプリケーションは増えているけど、既存の製品に割って入るまでにはなっていない」と認めた。そして「使い慣れたアプリケーションを変えさせる(納得させる)のは難しい。人は慣れたものを使いたがるものだから」と、アプリケーションを普及させる難しさを語った。

またLinus氏は1つの可能性として、インタラクティブなUIをさらに進化させる方法があると示唆した。⁠技術的には魅力的なデスクトップを作ることは可能になっている。すでにラップトップでLinuxをプレインストールしたマシンも登場している⁠⁠。

「進化は続けなければならない」

最後に、1つのプロジェクトに20年を費やしてきた感想を求められ、Linus氏は「たしかに20年は長いと思う。でも僕は1つのことを集中してやるのが好きなんだ。それにLinuxは単一のプロジェクトというわけではないしね。いろんなプロジェクトがある。それに20年も、経ってみるとそんなに長いわけでもないと思う」と語った。

Greg氏が「もうあと20年がんばりますか?」と訪ねると、Linus氏は笑いながら「あと20年したらさすがにもう若くないよ。もっと若くて才能のある人が現れるはず。そのときは喜んで役割を譲りたいと思っている。きっとそのときはやってくる。今やっているのはハードウェアの進化に合わせたメンテナンスといった作業が多い。それで良いと思う。ハードの進化が止まったら、IT業界も止まってしまう」と答えた。

さらに「そういう意味では、1960年代にメインフレームでやってたようなことを、我々は今でもやっていることになる。それは20年後も変わらない」と続けると、Greg氏が「新しいハードや新しい要求に沿った進化を続けていけばいいんですね?」と承け、⁠そう。1つ言いたいのは、⁠メンテナンスモード』には入りたくないということ。進化しない状態にはなりたくないんだ」と結んだ。

Greg氏がトークの最中にいきなり「20年のお祝いに」とLinus氏にウィスキーを贈呈。今にも宴会が始まりそうな気配に(実際は飲みませんでした)
Greg氏がトークの最中にいきなり「20年のお祝いに」とLinus氏にウィスキーを贈呈。今にも宴会が始まりそうな気配に(実際は飲みませんでした)

イノベーションは20年かけて実を結んだ結果

この後、会場からの質問が受け付けられた。

Linuxの開発をしていて、最も大きな転機となったことは何かという問いにLinus氏は「そういうことをよく聞かれる」と答え、そんなにスゴイことはなかなか起こらないと説いた。優れたアイデアというのは数多く生まれている。ただ、それが生まれたときに世界を変えると思われることはまれだ。むしろ、小さなアイデア、できごとの積み重ねが後になってみると大きな変化だったと思えることが多いのだ。

そう前置きをした上で、⁠個人的にすごいと思ったこと」として、まず19年前に個人で始めた開発が、会ったことも無い人に使われていたと知った瞬間、いったい何人が関わっているかわからなくなったときを挙げた。またLinuxのサポートをOracleが発表したときは「メジャーリーグに来たと思った(笑⁠⁠、IBMがLinuxのサポートを表明したときにも感慨深いものがあったという。

そして「ここで言っておきたいのはイノベーション自体が大切ではないということです。20年間、何千人もの人が毎日数時間かけて開発しているという事実、その上に現在のイノベーションがあるのです。イノベーションだけの綺麗ごとがあったからではなく、汗と労力を費やしたから現在があるのです」と、これまでのLinuxへの開発者の貢献を称えた。

また、Ubuntuをどう思うかという質問には「これはGregに聞いた方が良いよ(笑⁠⁠」と苦笑しつつ、面白く、特殊なアプローチだと評価した。⁠よりテクニカルでない、ユーザ中心のアプローチで成功していると思う。そこがすばらしい。他のプロジェクトには欠けているものだ。⁠こんなやり方があったのか』と気づかせてくれる」と続けた後「カーネルデベロッパの中には⁠貢献がない⁠と言う人もいるけどね」とGreg氏をチラリ。

Greg氏がこれを承けて「たしかにカーネルコミッタの間でいろいろな話が出ている」と答え、Ubuntu/Canonical関係者からのカーネルへのコントリビュートが少ないことを指摘した。⁠もちろん貢献している人もいるが、重要なのは⁠カーネルを成長させているかどうか⁠だ。使うだけでなくコントリビュートして欲しい。Microsoftの人だってCanonicalよりはやってくれてる(笑⁠⁠」とこぼす場面もあった。

また、Linux開発で最も技術的に苦労したことは? という質問には、Linus氏は技術的問題ではあまり苦労しないという。⁠どんなに困難でも、技術的なことなら何らかの形で解決できるものです。時間がかかったり、手戻りがあったりしても」と答え、本当の問題はプロジェクト運営の政治的なところにあると指摘した。数千人の規模で開発が進むLinuxでは、仕様を1つ決めるのも容易ではない。完全に違う考え方をする開発者の意見をまとめることに精神的に疲れるのだ。

「知っている人もいると思うけど、MLで罵詈雑言が飛び交うのも珍しくはない」というLinus氏。否定するのはあまり良くないとしながらも、自分たちのやり方が決まったら誠実に考えることを伝えるのが重要と説く。⁠曖昧な言い方をすると、NOと思っている方法を続ける人が出てしまうんだ。これはよくないから『これは酷い』とか『死んだ方が良いよ』とアグレッシブに言うことも…(笑⁠⁠」と自ら罵詈雑言モードに。これにはGreg氏が止めに入り「待って待って! フレームだって良いことがある。人の意見がよくわかるところ。相手が正しいこともあるでしょ」となだめると、Linus氏も相手が正しいとわかったら、素直に謝ることを心がけていると結んだ。

このように、終始カジュアルな雰囲気で進んだトークに、場内を埋め尽くした参加者も大いに盛り上がった。

キーノートの最後に福安氏から横浜の印象を聞かれたLinus氏だが「昨晩着いたばかりでまだどこにも行ってないんだ。よくわからないよ(笑⁠⁠」
キーノートの最後に福安氏から横浜の印象を聞かれたLinus氏だが「昨晩着いたばかりでまだどこにも行ってないんだ。よくわからないよ(笑)」

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