Webビスやアプリの開発において、
ユーザを主語にして議論することが大切
- ──今はさまざまな技術が登場する一方で、
ユーザ側の経験値の差も大きくなっているように思います。その中でどのようにAirレジを開発されているのか、 またUXディレクターとエンジニアのそれぞれの立場でユーザニーズをどのようにとらえ、 それをサービスに落とし込むときに何を見ているのかといった観点で、 いろいろとお話を伺えればと思います。まずサービスの開発や新機能の追加において、 どういったことに注意しているか教えてもらえますか。 鹿毛氏:ユーザの方々が実際に利用するシーンを想定することです。Airレジはリリースされてから1年半以上が経過していて、
お客様から要望をいただく機会も少なくありません。ただ、 その要望を鵜呑みにしてすぐに開発するのではなく、 実際に現場の方々にヒアリングし、 どういう環境で使っているのか、 要望された機能がどのようなシーンで必要なのかを確認したうえで、 具体的な中身や仕立てを検討するようにしています。 - ──ユーザからの要望は、
エンジニアの人たちとも共有されているのですか。 鹿毛氏:ヒアリングの際、
プランナーに加えてエンジニアや品質管理 (QA)、 デザイナが同行することもあります。そうすることで、 誰が使う機能なのか、 求められているサービスは何かについて、 目線をそろえるようにしています。 塚越氏:現場に行って話を聞くのは、
エンジニアとしてもすごく意味があることだなと感じました。仮に、 機能として複雑になったとしても、 実際に現場でお客さんの話を聞いたり、 お手伝いをさせていただいたりすると、 たしかに面倒だから直すべきだという判断ができるようになります。 若林氏:それと大切にしているのは、
「ユーザを主語にする」 ことです。エンジニアはどうしても 「どう作ればいいか」 が主語になってしまいがちです。そうではなく、 ユーザを主語にして、 あの人はこう使っている、 だからこれでいい、 これじゃダメと考えていく。この視点で議論できるか、 設計できるかがUXの品質を大きく左右しますし、 その意味でユーザにヒアリングする取り組みは重要だと考えています (図2)。
初心者に配慮しつつ上級者も満足できる奥行きを作る
- ──実際にユーザの話を聞く中で、
驚いたことはありますか。 鹿毛氏:ユーザのスキルのばらつきですね。iOSのキーボードの日本語と英語の切り替えがちゃんとわかっていない人もいれば、
さまざまなツールを使いこなしていて、 その1つとしてAirレジを使っている人もいます。 - ──UXを考えるとき、
そのユーザの幅の広さをどうとらえるかは難しいところですよね。Airレジはどのような方針なのでしょうか。 鹿毛氏:どちらを優先するかで言えば、
それは圧倒的に初心者です。ただ、 リテラシーが高くてAirレジを積極的に使いこなしたいと考えている人たちもいます。そのため、 ぱっと見はすごく簡単そうに見せつつ、 少し深掘りすれば実は複雑なこともできる、 そういった形を理想としています。 佐橘氏:Airレジは企画や開発をしている私たち自身が利用するサービスではないため、
できるだけ実際に使って気づきを得られるような工夫もしています。実はAirレジのメンバーが座っている席の近くにコーヒーメーカーがあり、 その横にAirレジをインストールしたタブレット端末を置いています (写真5)。コーヒーを飲むときは、 そこで実際にAirレジを使って会計する。顧客管理機能もあるので、 自分を顧客として登録したり、 レジチェックや入出金処理をやってみたりしています。このように実際にAirレジを使う機会を増やす取り組みは、 すごく意識している部分です。
客観的な理由を付けることで議論が空中戦になるのを防ぐ
- ──対立とまでは言わなくても、
UXディレクターやプランナーと、 実際に開発するエンジニアの間で意見が噛み合わないことはあると思います。たとえば要望された新機能がイケてないなと感じたときは、 エンジニアとしてどのように対応されていますか。 塚越氏:イケてるイケてないにかかわらず、
要望をそのまま受け取ってしまうのではなく、 それについてまずディスカッションし、 より理解を深めていきます。誰のためにそれをやるのか、 それによって解決する課題は何かといった部分については、 特に注意して議論するようにしています。このようにまず目的をしっかり理解し、 要望をそのまま実装すればいいのか、 それとも別の形で実装すべきなのかを判断するといった形です。 佐橘氏:たとえばUXディレクターやプランナーから
「こんな機能を追加してほしい」 といってワイヤーフレームが渡される。でも、 エンジニアとして中身を知っていると、 ワイヤーフレームどおりに作るのではなく、 別のやり方をすれば同じ結果を5分の1のコストで実現できるといったこともあります。こうした代替案は積極的に提案していこうとメンバーで話しているのですが、 その土台となるのが、 なぜそれをやるのか、 それは誰のためなのかという目的なんです。そこを知ることができれば、 エンジニアサイドからも提案しやすい。 - ──新たな機能を盛り込むとき、
UXの観点で意識しているのはどういったことでしょうか。 佐橘氏:
「すべてのUXやモノのデザインはちゃんと理由を説明できるはずだ」 とチーム内のUXディレクターが言っていた言葉が印象に残っています。ユーザのヒアリング結果、 あるいはユーザが求めているモノを考えると、 単なる画面レイアウトであっても、 こういう理由があるからこの要素を大きくするんだ、 これとこれは同じ概念だから色をそろえるんだといった話をしていたんです。直感や主観で落とし込むのではなく、 背景を理解したうえでUXを考えていく。それはエンジニアにも求められています。主観的な意見ではなく、 客観的な理由をベースに議論をするようにしています。エンジニアからすると、 デザインというのはフワっとしたものに感じてしまうのですが、 客観的な理由を付けることで議論を空中戦にせずに済みます。 - ──デザインというと、
どうしてもビジュアル方面に意識がいってしまいますが、 広義のデザインは課題解決であって、 そこにはきちんとした理由と目的があるはずということですね。 佐橘氏:その理由自体がある種仮説に近いものであっても、
それが明確になっていれば建設的に議論を進められる。それはすごく大事だと思います。
マネージャが語るUXディレクターの育成
- ──Web業界の動向を見ていると、
ここ最近はUXに携わるディレクターとプロダクトオーナーが分離している形が多いように思います。リクルートライフスタイルではいかがですか。 若林氏:Airレジのプロジェクトで言えば、
当初はUXディレクターとプロダクトオーナーが分離していましたが、 最近では融合が始まっています。両者を兼ねられる人材がいれば、 プロダクトの提供価値とユーザの体験価値 (UX) の一貫性を保ちやすいので理想的です。しかし、 両方の役割を1人でこなせる人材は少なく、 また育てるのにも時間がかかります。そのため、 UXディレクターとプロダクトオーナーをそれぞれ別の人材が担当する形をとることも多いですが、 両方を兼ねられる人材を増やしていくことも意識しています。 佐橘氏:ちなみに、
UXディレクターって体系立てて育成できるものですか? 個人の素養やセンスが大きいのか、 それともきちんと育成すればUXディレクターになるのか。 若林氏:問題抽出や解決方法の引き出しを増やしていくことで育つという部分はある。一方、
センスであったり、 ホスピタリティといった素養の有無も大きい。たとえばユーザとしてWebサイトやアプリを使っているときでも、 部屋の導線を考えるときでもいいけど、 それが使いにくい、 あるいは過ごしにくい場合、 それがなぜなのかを考えて修正することを自然にできる人は、 UXディレクターとしていくらでも育つし、 引き出しも増えやすい。
エンジニアから見たUXディレクターの理想像
- ──エンジニアから見て一緒に仕事がしやすいUXディレクターとは、
どのような人でしょうか。 佐橘氏:しなくていいことをスパッと決められる人は、
すごく働きやすいですよね。あれもやりたい、 これもやりたいと言ってくる人ではなく、 本当に必要なのはこれで、 ほかはオプションだからと割り切れる人。それと、 組織で動く以上、 どこかで決裁を取りに行くタイミングがあります。そのとき、 お伺いを立てるスタンスではなく、 現場で決めたことで決裁を勝ち取る、 そういった姿勢で物事を進められる人がいるチームは、 やっぱり生産性も高いですよね。 塚越氏:同じですね。決められる人、
ぶれない人。それと知識や経験の幅が広い人は話も伝えやすく、 コミュニケーションやチームの巻き込みがすごく上手な人が多い印象です。経験がないと何が大変かをわかってもらうのも大変で、 何かを依頼するときの頼み方も違ってきますよね。 - ──UXディレクターというからには、
自分自身もユーザ体験を持っているかどうかが重要ですよね。経験の幅があればあるほど、 それをUXに反映できると思うので。そのUXディレクターの育成にも関わりますが、 Airシリーズのプロジェクトで、 たとえばエンジニアからUXディレクターになりたいという人は受け入れていますか。 若林氏:大歓迎です。
鹿毛氏:積極的に来てもらいたいですね。
若林氏:私はもともとエンジニアで、
前職ではサーバサイドのコーディングをしていました。それでシステム企画に移り、 気づいたらUXディレクターになっていたんです (笑)。ただ振り返って考えてみると、 エンジニアとして問題解決のスタンスが身に付いていれば、 UXディレクターとして成長するのも早いと思います。技術がわかっているので、 何ができて何ができないのかをジャッジできることも大きい。 佐橘氏:たしかに社内のUXディレクターで、
もともとエンジニアだった人は多いですね。彼らを見ていると、 エンジニアとして中身を作り込むところから始めているので、 取捨選択の軸がしっかりしていると感じます。 若林氏:本当にそう。エンジニアは
「MUST」 と 「WANT」 をしっかり分けるべしといった、 生産性やQCD (Quality, Cost, Delivery) にこだわるスタンスが育ちやすい。UXディレクターとしても、 これは大切な素養でしょう。 - ──たしかに、
エンジニアとしての視点でUXを考えられるのはメリットですよね。本日はありがとうございました。