1.スマートフォンはARに適したデバイス
急速に普及が進み、機能・性能ともに進化し続けているスマートフォンは、もはや携帯電話というカテゴリに収まらない、さまざまな可能性を秘めたデバイスとして期待が広がっています。ARもそのデバイスに期待を寄せる技術のひとつ。カメラとGPS、加速度センサーを搭載しているスマートフォンは、ARデバイスとして必要な要素も満たしているのです。
ARデバイスとしての可能性は、KDDIが2011年12月、ARに特化したオープンなプラットフォーム「SATCH」をリリースしたことで大きく広がりました。「SATCH」を活用することで、誰でも容易にARアプリを開発、公開できるようになったことでこれまでになかったような多彩なARアプリが登場してくるでしょう。
このたび技術評論社では、ARをより身近にすることを目的に、エンジニアやクリエイターを対象としたARアプリ開発コンテスト「第1回察知人間コンテスト」を実施します。応募期間は2012年2月7日から2012年3月31日までです(第一次審査はアイデアと開発キット「SATCH SDK」の利用ポイントを中心とした企画案を提出するというもので、アプリが完成している必要はありません)。
そして第一次審査通過者は、5月中旬に予定されている最終選考において、完成したアプリの提出とプレゼンテーションを行っていただきます。
そこで本連載では、コンテストで優勝、受賞を目指す方たちを対象に、ARの基礎知識からアプリ開発のポイント、SATCH SDK活用法について、さらに審査員による座談会レポートなどを紹介していく予定です。今回は、ARの基礎知識から最新のトレンドまでをご紹介します。
2."AR=拡張現実感"その技術の可能性
そもそも、ARとは何でしょう。ARは「Augmented Reality」の略で、一般的に「拡張現実感」と訳されています。しばしばVR「バーチャルリアリティ」に対する言葉として使われますが、厳密には現実世界から仮想世界(VR)までを段階的に分けた場合、ARは現実世界に最も近い場所に位置づけられます。"Augment"には「増加、増大、拡大」といった意味があり、ARは「現実世界にバーチャルな付加情報を合成して表示すること」と考えていいでしょう。ARは幅広い分野で活用できるため、1990年代から研究が重ねられてきた技術なのです。
たとえば医療分野では、人間の体に内臓や骨、血管などの映像を重ねて表示することで、より確実な診断や手術をサポートします。また、機械の部品画像に名称や役割、内部構造、修理のための情報などが合わせて表示されればメンテナンスが容易になります。さらに、世界遺産の建造物に、その歴史などの説明が合わせて表示されれば理解を深めることができますし、街中にあるアパートに部屋の空き状況や家賃などの情報が合わせて表示されれば便利です。
こういった、実際の風景や対象物に関連する情報を重ねて表示することがARの最大の特徴で、表示する情報は文字や静止画、動画、3Dグラフィックなど自由に設定することができます。3Dキャラクターを対象物と重ねて表示させて説明させるといったことも可能です。航空機や自動車のフロントガラスに追加情報を投影する「ヘッドアップディスプレイ」も一種のARといえるでしょう。この場合は、重ね合わせる映像を一度反射させ、利用者が違和感なく情報を読み取れるように凹面レンズによって焦点が遠くにあるように表示します。自動車では、先行車や対向車の情報やカーナビの3D映像などをフロントガラスに表示する研究が進んでいます。水泳やサッカーなどの中継映像にタイムやオフサイドラインを同時に表示することもARの一種といえるでしょう。これらは利用者の視点が固定されているため、開発が比較的容易です。
ARでは、現実の風景や物体に仮想的な要素を合成して表示するため、何かしらのディスプレイが必要です。そして、ユーザがどの角度から見ているかを判断し、その角度に合致した映像を重ねます。このため、以前はセンサーを組み合わせたヘルメット型のディスプレイが使われたりしていました。
また、対象物にマーカーを使用する方法も考案されました。マーカーは四角い枠に文字やマークが組み合わされたもので、カメラでマーカーを撮影したときの枠や文字などの見え方からユーザの位置を判別することが可能になりました。その後、風景や対象物の見え方からユーザの位置を計算できるようになり、現在ではマーカーが不要なARも登場しています。
このように技術進化とともにマーカーレスになるなど、スマートフォンの進化はARに大きな変革をもたらしました。高解像度のカメラとGPS機能を搭載し、さらにモーションセンサーによってユーザの動きを詳細に判別できるようになったのです。
3.スマートフォンを活用した現在のAR事例
スマートフォンの登場により、キャンペーンを中心にARが活用されるケースが増えました。マーカーなどにスマートフォンのカメラをかざすだけで、さまざまな3D映像を重ねて表示できることは、大きなインパクトになります。
2010年の「熱海ラブプラス現象(まつり)キャンペーン」では、熱海市内の観光スポットや店舗にマーカーを設置し、iPhoneのカメラでマーカーを写すことでゲーム中のヒロインと記念撮影ができるというものでした。また同年、「新劇場版ヱヴァンゲリヲン」の公開に合わせ、舞台となった箱根町でローソンと共同でキャンペーンを実施した際には、現地で等身大の機体をARで見ることができました。
また、PCのWebカメラを活用したARでは、オリンパスのミラーレスカメラ「PEN」を手に持って操作できるキャンペーンコンテンツや、メガネ、腕時計の試着なども登場しています。さらに、LEGOではパッケージを写すことで完成品が表示される店舗端末を設置している例もあります。
スマートフォン向けのARアプリも続々と登場しており、代表的なものには「Wikipedia」に掲載されている項目の位置情報と連動して情報を表示する「Wikitude」、位置情報から得られた関連情報をカメラの映像上に表示する「Layar」、マーカーにより正確な位置情報を取得できる「junaio」などがあります。「セカイカメラ」は特に紹介するまでもないでしょう。
しかしながら、スマートフォン向けのARの多くは、企業主導のキャンペーン用途が現時点では中心になっています。これは、まだまだARエンジンが高価であり、開発にも時間がかかることや専用のARアプリも開発する必要があるためと思われます。
こういった状況が、ARに特化したオープンなプラットフォーム「SATCH」の登場によって大きく変わろうとしています。「SATCH SDK」を利用することで、誰でも無料でARアプリを開発できるようになりました。対象物を識別するためのマーカーが不要で、対象物が60%以上隠れてしまってもコンテンツを表示し続けることができます。さらに、ARで表示されたコンテンツをタップすることで、さらなるアクションを行うこともできます。次回は、「SATCH」の詳細と新たに登場するであろうARアプリについて紹介します。