ARに特化したプラットフォーム「SATCH」の登場によって、誰でも容易にスマートフォン向けARアプリを開発、公開できるようになりました。そしてついに、KDDIと技術評論社による、「SATCH」を使用したARアプリ開発コンテスト「第1回察知人間コンテスト」の決勝戦および表彰式が開催されました。100件の応募から2回の審査を勝ち抜いた4チームが東京・原宿の「KDDIデザイニングスタジオ」に集い、プレゼンを行いました。今回は、その模様をお届けします。
ほのぼの系から学術系まで、最終審査に残った4作品
KDDIと技術評論社の共催による、「SATCH」を使用したARアプリ開発コンテスト「第1回察知人間コンテスト」。ついに5月25日、決勝戦および表彰式が開催されました。当日、会場である東京・原宿の「KDDIデザイニングスタジオ」には、100点の応募の中から2回の審査を勝ち抜いた4チームが集まりました。会場は立ち見が出るほど盛況で、熱い視線が集まる中、決勝戦の火ぶたが切って落とされたのです。また、この様子はUstreamでも生中継されました。
この決勝戦で「ARのちょっと先の未来」を垣間見ることができた
まずは本コンテストの審査委員長、AR三兄弟の長男である川田十夢氏が登壇し「『第1回察知人間コンテスト』の決勝戦となる今日は、とても特別な日です。まだジャンルも確立されていないARですが、最終審査に残った4作品はもちろん、今回いただいた応募作品は非常にバラエティに富んでいて、ARの多彩な可能性を示唆していると思います。この決勝戦で、ARのちょっと先の未来を垣間見ることができるでしょう」と述べました。
続いて、審査委員の紹介がありました。審査委員は以下の通りです。
- KDDI モバイルARアーキテクト:小林亜令氏
- ワンパク 代表取締役 クリエイティブディレクター:阿部淳也氏
- アドビ システムズ テクニカルエバンジェリスト:太田禎一氏
- バスキュール号 プロデューサー:西村真里子氏
- 面白法人カヤック ディレクター:野崎錬太郎氏
- ミクシィ コアプロダクト開発グループ:鈴木理恵子氏
- 技術評論社 クロスメディア事業部:馮富久
とびでる★ぬりえ
そして、いよいよ最終審査に残った4作品のプレゼンテーションが始まりました。トップバッターは、ICD-クリエイティブチームの「とびでる★ぬりえ」です。このアプリは「塗り絵をARで拡張したもの」といいます。塗り絵には、何色に塗るのかを考える楽しさ、枠の中を綺麗に塗るゲーム性、完成したときの達成感があるといった楽しさがあります。これをARで拡張することで、絵からキャラクターが飛び出したり、キャラクターが反応するなど、さらに楽しいものにできる。それを実現したといいます。
遊び方はまず、元絵に画材で色を塗ってアプリを実行、カメラの画像に表示される枠に塗り絵を収めます。すると、塗り絵の「象さん」が「ぱおーん」と鳴いて飛び出し、別に用意した「りんご」を食べに行きます。色の違う塗り絵も同様に認識できますが、システム的に真っ黒な塗り絵は認識できません。塗り絵をARアプリとして利用することで、情操教育や指の運動、生活習慣の学習といった塗り絵のメリットに加え、ペット感覚やコミュニケーション、鳴き声を聞くといった今までにない知育効果が期待できるとしました。
今後は塗り絵の元絵の数や、アニメーションパターンの数を増やしていき、機能においてもひとつの塗り絵から複数のキャラクターを動かしたり、別々の塗り絵を同時に動かす、塗り絵の色などに応じた個性を表現するといった強化を行っていくといいます。その後、実際に川田十夢氏が色を塗った絵を使ってデモが行われました。象のアニメーションが表示されると、場内から歓声が起きました。
「とびでる★ぬりえ」に対し審査員からは、「夢のある作品。塗り絵という誰でも知っているものを新しい技術で拡張することに未来を感じた(西村氏)」「色を抽出してテクスチャに貼ることで、エンジンが色を認識しないことをうまく活用している(小林氏)」「子供向けという切り口は今までになかったもの。これからが楽しみ(太田氏)」「将来性という点は、二次審査でも話題になった。審査員の脳をつついた、審査員をも拡張した作品(阿部氏)」などの意見が出ました。
★★★★★~5stars
2番目に登場したのは、チーム5starsの「★★★★★~5stars」です。このアプリは、本の表紙をかざすことでAmazonのカスタマーレビューを知ることができるというもの。本を購入する際の参考に有効なレビューですが、購入した本が期待した内容と違っていたということもあります。実際に書店で本を探す方法も有効ですが、たくさんの本の中から目的の本を見つけることも大変な作業です。そこで、本の表紙をアプリからかざすことでAmazonの評価(星の数)をアニメーションで表示させるようにしました。
複数の本の表紙を同時に認識して星を表示することもでき、実際のデモでは星が表示されるたびに拍手がわき起こっていました。さらに、星をタップすることで、Amazonのカスタマーレビューのサイトを開くこともでき、その場で詳しい評価を確認することもできます。アプリの仕組みは、本の画像情報とISBN番号を対応させたデータベースを作成し、認識した本の画像をISBN番号に変換、それをキーにサーバへリクエストを送っています。サーバからAmazonのカスタマーレビューを取得し、レイティングの数値を取り出してSatchに返しているといいます。
チーム5starsによると、細長い画像の認識が苦手なこと、認識する対象の数が50に制限されることが課題であるとしました。さらに実用化に向けたイメージとして、たとえば書店でフロアごとに本のトラッキング情報をサーバに用意することで、アプリを活用できるようになります。また、書店や出版社のお勧め情報をPOPとして表示したり、本の索引情報を参照できるようにすることも可能になる。対象は本だけにとどまらず、CDやDVDにも対応できるため、CDショップやレンタルビデオ店でも活用できると可能性を示しました。デモでは実際に、CDのラベルから評価情報を表示させていました。なお、ここで使われたのは秋田県のローカルヒーローや出身歌手の作品でした。チーム5starsは秋田県にあるのです。
審査員からは、「膨大なデータのトラッキングに対しては現在、約50に制限されています。また、データベースの参照にはフィルタをかけて特定するという形になります。将来的にはサーバ連動の仕組みを開発中であり、サーバ側で認識できるよう努力を続けています(小林氏)」「今回はAmazonのAPIを活用していますが、mixiやFacebookなどといったソーシャルネットワークのAPIを活用することで、友達などの評価も得られるようになると思います(鈴木氏)」といった意見がありました。
顔N'S(ガンズアンドソーシャル)
3番目に登場したのは、雑魚雑魚による「顔N'S(ガンズアンドソーシャル)」です。怪しい装束で登場した二人組「雑魚雑魚」がプレゼンを行ったのは、顔の動きで楽器を演奏するというもの。また、それを記録しておき、ソーシャルアプリと連携してランダムな仲間とアプリ上でバンドを組み、曲を演奏できるアプリです。楽器は「ヴォーカル」「ギター」「ベース」「ドラム」の4種類が用意されており、顔の動きで演奏します。
具体的には、Satchの顔認識機能を活用し、自分の顔をアプリ上に写すことで「顔ズ(ガンズ)」のメンバーになり、その証にロックな髪型が顔の映像にオーバーレイ表示されます。認識されるとリズムが鳴り始め、リズムに合わせて顔を上下左右の4方向に向けることで、各パートの音色が再生されるのです。現時点では実装されていませんが、演奏が終わると顔の回転パターンと音色がサーバにアップされ、ユーザを4人そろえてジャムセッションをすることも可能になるといいます。
シンプルながら「誰でも簡単に楽器が演奏できる」ことをコンセプトにしたといいます。実際のデモでは、画面に表示された4人のユーザが同時に顔の向きを変えるのがユーモラスで、会場から笑いが起き、大いに盛り上がりました。審査員からは「『顔ズ』という名前だけで、よくここまで引っぱったなというのが率直な印象ですが(笑)、顔認識で演奏しようという発想がバカバカしくてロックだと思いました。楽しかったです(野崎氏)」。
「Satchには顔認識機能があって、今回応募作品にも顔認識機能を活用したものが数多くありました。今は顔の動きを活用していますが、本当に認証に使ってもいいでしょうし、複数の認識を重ね合わせるなど多彩な活用法があると思います。KDDIでも「てのりん」というアプリを出していますが、顔や手のひらは学習することなく使うことができるので活用性が高いと思います(小林氏)」「事前審査のとき、審査員までデモに参加したのですが、これがすごく楽しかったんです。飲み会のときに役割分担して使えば『なにこれ!』みたいな感じで盛り上がれると思いました(西村氏)」といった意見が出ました。
ARレントゲン
最後のプレゼンは、ARレントゲン制作チームによる「ARレントゲン」でした。このアプリは、文字通りにいろいろなもののレントゲンを見ることができるという、学習教材などに有効なもの。動物や昆虫、飛行機、建物といった13種類のアイテムが用意されており、手のマーカーから読み出します。マーカーで表示されるアイテムは3Dモデリングされたもので、拡大や縮小、角度を変えて見ることができます。さらに、シリンダーのマーカーを使うことで、シリンダーをかざした部分の中身、つまり、馬の場合はその骨格を見ることができます。
さらに別のマーカーをかざすことで、プラスアルファの動きを加えることができます。馬の場合は走り出したり、鳥の場合は飛び始めます。デモでは機能を紹介するたびに歓声が沸き起こりました。クモや飛行機、風車小屋なども紹介され、そのモデリングも精密さにも会場から感嘆の声が漏れました。ただし、モデリングのために鳥の丸焼きを研究したり、博物館で撮影しようとして怒られたといったエピソードも紹介され、会場は大いに盛り上がりました。プラスアルファの機能も、飛行機を操縦できたり、風車小屋に風を送るなど細かいところまで作り込まれていました。
続いて、顔認識を使用したアプリも紹介。これは男性か女性かを選び、カメラに写した顔に3Dの顔をかぶせて表示します。さらにシリンダーのマーカーをかざすことで、骨格が表示されるというものでした。最後に今後の方向性を動画で紹介、マーカーを使わない認識や、実物を対象としたレントゲン表示などを説明しました。この中には第二次審査で審査員からリクエストされた要素も反映されており、その対応の早さにも驚きの声が上がりました。
審査員からは、「クリエイティブに対する追求がすごいなと思いました。ひとつひとつのアイテムにこだわりがあり、第二次審査での指摘をすぐに反映してきたスピード感も素晴らしい。(太田氏)」という意見がありました。
賞金100万円のグランプリの受賞者は!?
そして審査のあと、各賞の発表と表彰式が行われました。グランプリは、ARレントゲン制作チームによる「ARレントゲン」が受賞しました。準グランプリにはICD-クリエイティブチームの「とびでる★ぬりえ」、特別賞には雑魚雑魚による「顔N'S(ガンズアンドソーシャル)」、チーム5starsの「★★★★★~5stars」がそれぞれ受賞しました。
審査委員長である川田氏は「僅差での結果となりましたが、グランプリとなった『ARレントゲン』には、1枚目のマーカーは足し算、2枚目のマーカーは中身を見せるという引き算、これを組み合わせることで現実感を拡張している。そのコンセプトが素晴らしかった。そして、現在のSatchとスマートフォンの性能を限界まで引き出していること、さらに二次審査から1週間ほどという期間で大きく伸びたスピード感と技術力という、3つのポイントを高く評価しました」とコメントしました。
グランプリを受賞したARレントゲン制作チームの須子氏は、「ほかの作品を見て『これは無理だな』と思っていたから、受賞できて感無量です。ありがとうございました」とコメントしました。準グランプリのICD-クリエイティブチームについては「いろいろ意見が分かれたのですが、塗り絵の将来性を変えたこと、今後のコンテンツが楽しみなことが高いポイントを獲得した理由でした(阿部氏)」「将来性という意味では、色の塗り方によって性格が変わるということは、動物の色という既成概念を覆すことでもあり、自由な感性を育めることでもあり、とても期待できると感じました(鈴木氏)」。
準グランプリを受賞したICD-クリエイティブチームは「100件という申し込みの中から準グランプリに選んでいただいたことは、非常に光栄です。まだ完成途中という認識があるので、もっともっと伸ばしてARの可能性を広げていくことができればと思います。また、先ほどGoogle Playにアプリを公開しました。ぜひ使ってみてください」と述べました。
特別賞の雑魚雑魚については「二次審査から非常に目立っていて、突き抜け感が強かったこと、顔認識をきちんと使っていたこと、使う場所を考える楽しさがポイントだったと思います(馮氏)」「みんなで楽しく遊べることはとても大切。いつも持ち歩くものだけに、楽しめることも重要だと思います。おめでとうございました(野崎氏)」「アプリをみんなが楽しく使っている姿がイメージできた。これは大事なこと。ぜひとも、もうガンズ以外のことはやらないで欲しい(笑)(川田氏)」「何よりも本人たちが楽しんでいる感じがよかった(太田氏)」とコメントがありました。雑魚雑魚からは、「無駄に作ったデモムービーをほめていただいてうれしかったです。これからも身近な人がクスッと笑えるようなアプリを作っていきたいです」とコメントしました。
チーム5starsについては、「出版社の立場としても、書店とネットをつなぐアイデアはすごくいいと思った。アイデアはオーソドックスだけど、今後、背表紙で認識できるようになるのは期待したい。また、最近はオンラインで完結するなかで、リアルへ目を向けたことに将来性を感じました(馮氏)」「サーバサイドでの認識は現在検討していて、早い時期に提供できると思います。また機会があったら背表紙認識版を見たいと思います。CDも、かざすだけで試聴ができたら楽しいですし、今後は実店舗のレジを通すことなく買い物ができるようになるかも知れないという将来性も感じました(小林氏)」。チーム5starsは、「実はこのコンテストについてわたしは全然知らなくて、同僚が申し込んでいました。第一次審査の通過から加わりまして、サンプルも使いやすく比較的簡単にできました。これからも作って行きたいです」とコメントしました。
川田氏はコンテストを総括して、「KDDIがスポンサードしていただいたこと、そして実際にスマートフォン端末に入るものをコンテストしていただいたことが非常に大きかったと思います。また、今回の作品がいろいろなシーンを想定したもので、ARそのものの可能性を広げるものだったと思います。ぜひ今後も第2回、第3回と続けていって欲しいと思います」と述べました。
8月には「SATCH VIEWER」も提供開始、いよいよ本格フェーズへ
コンテストの終了後、KDDI 新規ビジネス推進本部、オープンプラットフォームビジネス部の伊藤盛氏による「SATCH VIEWERのご紹介」が行われました。その中で伊藤氏は、SATCH SDKの累計ディベロッパー登録数が想定より1.4倍で推移しており、調査によってARへの期待度が非常に高く、また「SATCH SDK」は開発者が感じる大きな3つの課題をクリアしていること、認知度が最後発でありながら16.3%の認知度を獲得していること、期待度が高いことを紹介しました。
また、8月下旬には「SATCH VIEWER」の本格提供版として、あらゆるものを認識対象に活用できる「なんでもAR」、SATCH VIEWER専用のコンテンツ再生プレイヤー「SMLプレイヤー」の提供を開始すると発表しました。さらに、より簡単にARコンテンツを作成できる「SATCH VIEWER開発者版」「SML」「SATCH Studio Lite」も発表しました。そして、これまでプライバシー問題として指摘されていた「Wi-Fi Macアドレスのハッシュ値」取得を停止し、よりリスクの少ないUUIDに変更すると発表、近日改修版SDKを公開予定であるとしました。
続いて、KDDI 新規事業統括本部 新規ビジネス推進本部長である雨宮俊武氏による総括が行われました。雨宮氏は、「今回のコンテストは、どの作品も見ていて楽しかったというのが正直な感想で、感謝したいと思います。Ustreamの視聴者も(オンタイムで)述べ3,000人を超えたそうで、本コンテストの応募数も100作品とのこと。たくさんの人に作っていただき、レベルも上がっていると感じています。KDDIでは今後もARをしっかり推進していきたいですし、『世界は見えているより、もっと楽しい』というコンセプトに楽しいものを提供していきたいと思っています。技術的なことよりも、楽しいことが伝われば十分。もっといいプラットフォームになっていくと思います。第二回も近いうちにアナウンスできると思うので、皆さんも一緒にARを盛り上げて欲しい。今後ともよろしくお願いします」と述べ、イベントを締めくくりました。
イベントの終了後には、懇親会が開催され、参加者を中心に審査員や関係者が楽しく懇談する姿が見られました。雨宮氏は「ARはいま、夜明け前の状態。素敵な朝を迎えられるよう、いい準備をしていきたい」と述べ、川田氏は「ARに関わる人はみんな友達、この友達の輪をもっともっと広げていき、ARを盛り上げていきましょう」と述べました。
■ 関連サイト
SATCH Developers
http://satch.jp/jp/