本連載では、テスト技術者やテストに関係するSEのスキルアップに役立つ資格を紹介します。第2回は、日本でも資格試験が先日始まったばかりの「ITIL version3 ファウンデーション 」をご紹介します。
ITILとは?
ITILとは、IT I nfrastructure L ibraryの略で、ITサービスマネジメントを体系化し、ベストプラクティスをまとめたフレームワークです。ITサービスマネジメントというとちょっと馴染みがないかもしれませんが、要はソフトウェアやシステムがエンドユーザへ提供する機能は、エンドユーザから見るとITで作られたある種の“ サービス” として映ります。ASPサービスやSaaSのような、有償で顧客(外部の企業)へ提供しているようなサービスがイメージしやすいかもしれません。ITILでは特に社外に限らず、提供するソフトウェアやシステムをITサービス、さらにヘルプデスクや障害対応などITサービスを提供するための人の活動も含め“ サービス” としてとらえます。
ITILと聞いて、「 オヤッ?ITILってITインフラ担当者やシステム運用担当者のためのもので、テスト技術者が何で関係あるの?」と思われる読者の方もいらっしゃると思います。確かに、これまでのITILバージョン2(通称ITILv2)と呼ばれるものでは、サービス提供のための活動(サービスサポート)や、サービスの質に対する顧客との合意、そしてサービスの質の維持[1] 活動(サービスデリバリ)に注目が集まりすぎて、関係ないと思われているエンジニアも多くいらっしゃいました。これまで開催されてきたバージョン2のファウンデーション試験も、サービスサポートとサービスデリバリという運用に関係ある所から出題されていたので、このような誤解が生じたのだと思います。
ITILv3では、そのような誤解がないように、そのサービスを戦略的に立案する時から、サービス開始後の継続的な改善、そしてサービス終了までのサービスの一生、これを“ サービスライフサイクル” と呼ぶのですが、このサービスライフサイクルに対する活動を俯瞰できるように再構成がされました。その結果、ITILv3のサービスライフサイクルに対する活動は、図1 のように大まかに次の5つのステージとして表現されています。
1.サービスストラテジ
概要:顧客が満足するサービスを分析し、投資やリソース配分も含め戦略として立案する。
( 日本語版:TSO発行 ISBN978-0-11-311133-0)
2.サービスデザイン
概要:ビジネスの要求を満たすサービスをデザインする。サービスには開発や調達、あるいはASPのような外部のサービスプロバイダを利用して実現したり、それらを組み合わせる方法がある。
( 日本語版:TSO発行 ISBN978-0-11-311134-7)
3.サービストランジション
概要:正しい構成管理や変更管理のもとサービスのテストとリリースをし、サービスを利用できるようにする。
( 日本語版:TSO発行 6月末発売予定)
4.サービスオペレーション
概要:ITサービスをSLAに沿って運営する。障害が起きたらインシデント管理や問題管理として対応する。
( 日本語版:TSO発行 7月末発売予定)
5.継続的サービス改善
概要:顧客やビジネスのニーズの変化に応じて、必要であればサービスレベルを改善する。
( 日本語版:TSO発行 8月末発売予定)
それぞれのステージに対応した日本語版のITILv3の書籍は、すべてitSMFの日本支部に当たるitSMF Japan より販売されています[2] 。
図1 ITILv3のサービスライフサイクルの概念
テスト技術者がITILv3のサービスライフサイクルで関係している例を、サービストランジションから紹介します。
図2 はITILv3で、“ Service V-model to represent configuration levels and testing” と呼んでいるものです。この図では、先述のサービスストラテジからサービスオペレーションのステージによってサービスが構成されていくレベルをVの字の左側に示しています。下にいくほど粒度が細かく、ユーザ企業やその情報システム部門であればレベル1から2が関係し、開発するSIerやサービスプロバイダ、あるいは運用担当ベンダであれば、レベル3以下が関係するでしょう。V字の右側は、左側それぞれのレベルでの定義や設計、開発に対して、“ それが正しく統合されているか?” 、あるいは“ 仕様どおり実現されているか?” といった確認やテストが示されています。
ここで重要なのは、テストはすでに定義されている“ あるべき仕様” を確認するために行われ、独立して行われる作業ではないということです。たとえ開発プロジェクトのテスト技術者の一員であっても、“ 今、何のために、何を基準にテストを行うのか” は理解していなければ、まともなシステムやソフトウェアはできません。そのためにも、ITILv3のサービスライフルサイクルを正しく理解しておくことは有用なのです。
図2 ITILv3のサービスV字モデル
[1] ITILでは、サービスの質のことをサービスレベル と呼びます。サービスの提供を受ける顧客とサービスレベルについて合意した文書をサービスレベルアグリーメント、略してSLA と呼びます。また、SLAを策定したり継続的に管理することをサービスレベルマネジメント、略してSLM と呼びます。
ITILv3認定資格の体系
ITILv3の認定資格は、図3 のような体系で、次のような4つのレベルに分けられています。
ITILマスター
ITILエキスパート
インターミディエイト
ファウンデーション
ITILマスター は、以前はアドバンスト・レベルあるいはアドバンスト・ディプロマと呼ばれ、ITILv3の資格認定の中で最も高いレベルですが、認定要件については現在策定中です。
ITILエキスパート とその下のインターミディエイト は、図中のモジュール(科目)の取得単位によって区別されます。モジュールはITILv3のサービスライフサイクルに沿ったライフサイクル・モジュール(1モジュール3単位)と、能力で分類したケイパビリティ・モジュール(1モジュール4単位)があり、22単位以上でITILエキスパート と認められます。各モジュールの試験は海外でも秋口から順次開催される予定ですので、日本ではもう少し遅れると思われます。
ファウンデーション は、サービスの開発や提供をするSIerやサービスプロバイダが、本当に顧客が望むサービスを開発や提供するために必要な知識、あるいはシステム開発の発注や受け入れテストを行うユーザ企業の情報システム部門に必要なITILv3のサービスライフサイクルをベースに広く、浅く問います。
図3 ITILv3資格認定の体系
ファウンデーション試験の概要
日本での開催概要は、表1 のとおりです。アールプロメトリック 、ピアソンVUE といった試験センター企業が開催しており、全国数百ヵ所の試験センターで受験できます。それぞれの試験センターが、開催可能な日であればいつでも受験できます。試験センターの場合は、基本的にTOEFLなど他の試験と同様にPCに問題が出題され、解答を選択していく方式です。
また、独学が苦手な方には、ベンダ系のトレーニング企業が開催している講習会との組み合わせもオススメです。こちらの場合はPCで受験するのではなく、講習最終日にその会場で問題用紙が配られ、筆記で回答を記入する方式の場合もあります。
世界的にもバージョン3のファウンデーション試験はまだ始まったばかりで、今のところ公表されている合格率は80%程度です。バージョン2より出題範囲が広くなっているためか、バージョン2の合格率よりも低くなっています。筆者の予想ではこれから受験者層が広がり、さらにもう少し下がるのではないかと思います。
表1 試験開催概要
開催時期 随時
開催場所 全国の試験センター
試験時間 60分
問題数 40問
試験方式 四者択一
合格ライン 65%
合格率 約80%(海外)
まとめ
システム開発に関わるあらゆる方に、ITILv3のサービスライフサイクルのファウンデーションレベルは勉強していただきたい資格です。それによって、これまで存在した、ユーザ企業とSIer、上流工程のエンジニアと下流工程のエンジニア、障害受付を行う情報システム部門と運用ベンダーの間の壁が取り払われ、適切にテストがされた“ ユーザが本当に満足するサービス ” (情報システムやソフトウェア)が提供されるようになればと思います。
受験参考書
以下の資料は英語版ですが、ITILv3をざっと理解するのに有用です。
OGCの運営するWebサイト から、以下のPDFを無償でダウンロードできます。
An Introductory Overview of ITIL V3
itSMF発行 ISBN:0-9551245-8-1
Japanese - Glossary and Acronyms
日本語版の用語集で英語も併記されています。
またこれも英語版ですが、公式な受験参考書がitSMFから販売されています。サービスライフサイクル5冊の内容が簡潔にまとめられているので、受験しなくても手元に欲しい書籍です。日本語版の出版が待ち遠しいです。
Passing your ITIL Foundation Exam
TSO発行:ISBN978-0-11-331079-1