不惑のApple
2016年4月、Apple Inc.は創立40周年 を迎えました。自然人にとってはやっと人生の半分といったところですが、Dog Years換算で280年。その間に起きたコンピュータの世界の変革は、江戸時代全期(265年)以上に長く感じられます(表1 ) 。
表1 アップルとIT業界の歴史
Year Apple IT
1968 intel創立
1969 TCP/IP誕生
1975 Microsoft創立
1976 Apple創立
1977 Apple ][
1980 Nasdaq上場
1984 Macintosh
1981 IBM-PC
1982 Sun Microsystems創立
1985 Steve Jobs解任
1990 Software Design創刊
1991 PowerBook
1994 PowerPC Mac Amazon創立
1995 Windows 95
1997 NeXT買収;Steve Jobs復帰
1998 iMac Google創立;DEC、Compaqに吸収合併
2001 iPod, Mac OS X v10.0
2002 Compaq、HPに吸収合併
2003 iTunes Store
2004 Facebook創立
2006 Intel Mac Twitter創立
2007 iPhone
2008 App Store
2010 Sun、Oracleに吸収合併
2011 Steve Jobs逝去;Apple時価総額世界一
2012 IBM、PC市場をLenovoに売却
2014 Swift 1.0
この40年、DECもSunも吸収合併で消滅し、IBMもPC事業を手放してしまったことを思えば、同社が継続していること自体が奇跡と言っても過言ではないでしょう。実際、Steve Jobs復帰前後は事業破綻一歩手前まで追い詰められ、同氏の復帰後の初仕事はMicrosoftの出資でそれを乗り切ったぐらいです。それが今や「世界で一番価値ある企業」 。息を呑まざるを得ません。
しかし同社の40周年は、ちょっとほろ苦いものでもありました。同月26日(現地時間)に発表された16年第2四半期決算 で、同社は13年ぶりに減収減益だったのです。時価総額世界一も、GoogleあらためAlphabet がすぐ後ろに迫っています。「 ピークオイル」ならぬ「ピークスマフォ」で、同社は今度こそ「オワコン」ならぬ「オワカン」( オワったカンパニー)となるのでしょうか?
筆者の意見は、99% No、1% Yesです。
99%
同社に対する最大の懸念は「Steve Jobsはもういない」というものでしょう。実際同氏が復帰しなければ、同社は21世紀を待たずして終わっていた可能性が高かったのは否定しがたい。
しかし“ Jobsless” 時代にも同社はIT世界の第一人者であったことは、それ以上に否定しがたいのです。現在のノートパソコンの形を事実上定義したPowerBookの登場は「Jobsless 第1期」ですし、そしてSwiftの登場は「Jobsless 第2期」です。なぜ同社は40年の長きにわたり、「 ただ生き残った」にとどまらず「デジタルデバイスのアイコン」であり続けたのでしょうか。
「過去の栄光は、自ら殺す」という同社の文化に、筆者はその答えを見いだしています。Apple ⅡをMacで殺し、Mac OSは OS Xで殺し、iPodをiPhoneで殺し、……同社の歴史は、同社製品自身の血で真っ赤に染まっています。
その点で見ると、同社はJobs逝去以来「殺し」がなくなってしまったように見えなくもありません。外部ポートのほとんどを「殺した」MacBook発売後もMacBook Airは売られていますし、iPhone SEにいたっては「筐体の黄泉返り」にすら踏み切ってます。
しかし同社史上最大の「殺し」が行われたのは、2012年なのです。何が殺されたのでしょう?
内部留保、です。
1995年以降、利益を100%内部留保していた同社は、2012年7月よりこれまでの姿勢を一転し、自社株買い、株主配当、そして社債を通じて株主に対する利益還元を開始しました。16年第2四半期決算によると、それから2016年5月現在までの通算で1,630億ドル(約18兆円)にも達しています(図1 ) 。
図1 Apple's cash positions
ポストJobs時代のAppleは、同社そのものと言っても過言ではない同社株というその一点において別物になっていたのです。
かつてIT企業というのは「配当したら負け」という文化がありました。いや、おそらく今もそうでしょう。配当するぐらいだったら再投資すべきだし、配当せずともその分株価に反映されるなら株主も損をしないからです。Jobs第2期のAppleもそうでしたし、Alphabet(Google)もAmazonもFacebookも創業以来未配当です。
しかし、イノベーションというものは悲しいほど投資額に相関しないものでもあるのです。少し古いデータですが、2013年の「R&D Top 10 」を見てみましょう(表2 ) 。ITではSamsung、Intel、Microsoft、Googleとお馴染みの名前が並びますが、すでに時価総額世界第1位だったAppleの名はどこにもありません。「 A look at Apple's R&D expenditures from 1995-2013 」によると(図2 ) 、同社は46位、投資額$4.5B、売上比率はわずか3%。
表2 R&D Top 10
順位 企業名 投資額 売上比率
1 Volkswagen $13.5B 5.2%
2 Samsung $13.4B 6.4%
3 Intel $10.6B 20.1%
4 Microsoft $10.4B 13.4%
5 Roche $10.0B 19.0%
6 Novaltis $9.9B 16.8%
7 Toyota $9.1B 3.5%
8 Johnson & Johnson $8.2B 11.5%
9 Google $8.0B 13.2%
10 Merck $7.5B 17%
図2 A look at Apple's R&D expenditures from1995-2013
投資額とイノベーションが相関しないのは、AppleどころかITを無視してさえ成り立ってしまうのでトヨタではなくVolkswagenが同リスト首位であることからもうかがえます。それだけお金をかけても「Dieselgate 」を起こしてしまったのですから。
̶̶だとしたら、使い切れないお金は株主に戻すのが正しいということになります。
それではなぜAmazonのように顧客に戻さないのか。
それをやってしまうと、コモディティになってしまうからだ、というのが筆者の見立てです。Apple製品に課せられた役割は、それぞれのカテゴリの質で一番であることであって、量で一番であることではないのです。さしずめビールなら、ヱビス。発泡酒はほかに任せればいい。仮に量まで深追いしたら、今度は独禁法が控えているのはWindowsの歴史を見ればわかります。それよりさらに重要なデバイスとなったことが誰の目にも明らかになった現在、そうなる可能性はWindowsの時以上に高いのではないでしょうか。
「the firstでもthe mostでもなくthe best」という点において、悪くない意味で同社は「相変わらず」であるというのが筆者の意見の99%です。
1%
では残りの1%は何かといえば、「 大失敗」の少なさ。
Apple Musicをめぐる混乱も、iPadやApple Watchの「冴えなさ」も、Google GlassやWindows 8と比較するとずいぶんと「控えめ」に感じます。そのクラスの「大失敗」はそれこそ「第一次Jobsless時代」のNewtonまでさかのぼってしまいそうです。「 パチンコガンダム駅」が爆誕したiOS 6の地図アプリケーションのときには意地の悪い期待もしてしまったのですが……。
ではSwiftは?
本連載の主題は、プログラミング言語Swiftです。そしてSwiftがオープンソース化された現在、Swiftの未来=Appleの未来という構図は崩れています。仮にAppleがなくなってもSwiftがなくならないという未来は、SunがOracleになってもJavaがなくならない以上に確定的に思えます。どころか、Android Appsの開発言語がJavaからSwiftになる可能性すら喧伝されています。少なくともSwiftの「Androidポート 」は、すでにマージされています。
Windowsでも、Swiftが使われるようになる可能性すら、LinuxがWindowsで直に動かせるようになった現在否定できなくなりつつあります。Visual Studio CodeはすでにSwiftをサポートしていますし、Windows Insider Preview上ではすでにLinux Subsystem上でSwiftが動くことは確認済みです(図3 ) 。
図3 Swiftが動く!
それでもやはり、SwiftがAppleの子であることの重要性はいまだ薄れていません。SwiftはまずもってObjective-Cキラーとして産声を上げましたが、Swift自身もまたSwiftの餌食であることは、Swift 2がこれ以上ない形で示しました。
そのSwift 2も、Swift 3に殺される運命にあります。次回はそのSwift 3が主題となるはずです。
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