進化を先取る現場から

第2回ソニックガーデン 倉貫義人―「育てる」負担をなくし、各人が腕を磨ける組織

先進的なとりくみを続ける現場に訪問し、チームや個人としてどう成長していくべきかを取材するインタビューの第2回です。今回は自社サービスと受託開発の両方に取り組み、リモートワークや「納品のない受託開発」など働き方や組織運営で改善を続けているソニックガーデンの倉貫さんにお話を伺いました。

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【インタビューされた人】
倉貫義人(くらぬきよしひと)

⁠株⁠ソニックガーデン
Twitter:@kuranuki

ほぼ全員がプログラマーという会社組織

─⁠─ソニックガーデンさんにはいま何名いらっしゃるんでしょうか?

倉貫:全社で24名ですね。5人で始めて、2016年7月から創業して6年目に入って、24人に増えました。24人中21人がエンジニアです。残りの3人は私と副社長ともう1人いるんですが、その3人も少なくとも30歳まではエンジニアをしていたので、全員エンジニアのバックグラウンドがありますね。

─⁠─会社の思想、ポリシーとしてエンジニアだけを採用するということでしょうか。

倉貫:そうですね。会社として庶務的な仕事や経理の仕事などは、やっぱり人数が増えてくると発生します。昔は副社長が一生懸命がんばって自分でやっていたんですが、さすがにほかの方に頼みたいということで事務の人を雇うことを考えました。ただ事務の人が正社員でいたとしても、ウチにはキャリアアップの道がないんです。

─⁠─なるほど。

倉貫:それは良くないなと思ったのと、ウチとしてもウチの会社だけやってもらうためにフルタイムの人が必要かというとそうではなかったので、別会社を作りました。我々と同じくらいの規模の会社の事務経理を請け負う会社をグループ会社として作って、正社員2名でやっています。パートタイムでいろんな契約社員で働くママさんたちにリモートでいろんな会社の事務、庶務をやってもらっている会社で、我々はそのうちのいちクライアントですね。

─⁠─では子会社だけれども、あくまでいちクライアントという形で。

倉貫:そうです。本社部門って外とつながりがなくなって、組織の中で淀んじゃうケースがあるんですね。僕のポリシーとして全員がお客さんと接するべきだと思ってるので、こういう形だと経理事務やっている人たちも我々がお客さんだし、ほかのお客さんもいるしということで、活き活きできるなと。

─⁠─なるほど。疎結合にするというか、プログラマー的思想ですね。僕自身もプログラマーなので、組織や運営にプログラマー的思想は活かせることがあるなと日々感じます。

いわゆる教育はしない「見習い」制度

─⁠─組織については「見習い」という制度があるのがユニークだなと思うんですが、どういうしくみなんでしょうか?

倉貫:我々の会社ではキャリアとしては中途採用と新卒採用があって、中途採用の人たちは「一人前」っていうのが一番上のキャリアですね。⁠一人前」のプログラマーになると自律的に動けて、裁量労働で、会社のことを自分たちで改善をしてもいいし、好きに仕事してもいいことになっています。でもいきなり中途で入って「一人前」の集団に入れるかといえば、やっぱりスキルの差もあるし働き方も差がある。そこでまだ「一人前」になっていない人たちを間に置いておく場所が「見習い」です。

─⁠─なるほど。

倉貫:以前は「見習い」には師匠として「一人前」の人が付いて教えながら育てるようにしていたんですが、そうすると「見習い」の人が増えてきたときに師匠の負担が増えるんですね。で、師匠の人たちは「一人前」だからといってもう十分かというとそうでもなくて、まだ自分たちも上を目指したい人たちなんですね。プログラマーはみんなそうだと思うんですけど、もっと新しい言語を学びたいし、もっと新しいアーキテクチャを知りたいし、もっと良いコードを書きたいといった想いが強い。人を育てるより自分を育てたいという気持ちのほうが強いんですね。教育よりも自分を育てたい、自分の腕を磨きたいと思ってるのに、下が付くと下の面倒を見なきゃいけない。下が2人となってくると「それは結局マネージャーじゃん」みたいな(笑⁠⁠。

─⁠─はい(笑)。

倉貫:マネジメントはしないけど教育することで結局自分の時間を削られる、しかも自分より下の人ばっかり見ていると何が起きるのかというと、会社でデキる人が去っていってしまう。それはもったいないなと思っています。スポーツの世界だと真逆で、デキる人が下の面倒を見るために自分の腕を磨く時間がないということはなくて、プロ野球でもサッカーでもデキる人は、逆にいろんな雑用が外されて腕を磨くことに集中できるわけですね。修行中の人たちはまだ駆け出しだから、バイトしながら音楽活動続けるみたいにいろんなことをやりながらやらなきゃいけない。

─⁠─そうですね、たしかに。

倉貫:できればできるほど自由になっていくっていうのがスポーツだとかアーティストの世界で、我々もプログラマーのことをアーティストと言っているのならそういうふうにやろうと。だから「一人前」の人たちに「見習い」の人を育てる負担を持たせると負担が大きいので、教育はいったん忘れて、自分たちを磨くことだけに集中しましょうとなりました。なのでチーム分けをして「見習い」の人のチーム、⁠一人前」の人たちのチームに分けるようにしました。そうするとチーム内の人は同じレベルの人しかいないのでそこで切磋琢磨していくし、上を目指すしかないし、逆に言うと下を見なくていいってことは自分を育てなきゃいけないのでそれはそれでプレッシャーになる。

─⁠─教えていますという言い訳ができない。

倉貫:なので頑張る。そして「見習い」の人は「見習い」の人で、⁠一人前」の人たちのチームに入るっていうことがけっこうなモチベーションになって、頑張る。縦割りの組織構造ではなく、トップチームと呼んでいるその「一人前」のチームと「見習い」の人のチームに分けて仕事するようにしていますね。

─⁠─単純に考えると「見習い」の人は誰か「一人前」の人についてもらって一緒に頑張ってもらおう、となりそうですが。

倉貫:僕らもチームを分けようと考えたときに、できる人を3組に分けて「見習い」中の人を付けようと考えたのですが、負担が全然減らないので意味ないんじゃないかと。

─⁠─「見習い」の人たちは「見習い」どうしで切磋琢磨して学んでいく。

倉貫:そうです。そこでコードレビューもするし、プログラム談義もするし、技術についての勉強会もする。やっぱり同じレベルの人たちなのでちゃんと勉強会が成立するんですよね。⁠一人前」の人と「見習い」の人で勉強会しちゃうと置いてけぼりになっちゃうし、何か困ったことがあったときに助けてもらえるかというと、助けあいにならずに一方的に助けるだけになっちゃいますし。

効率化で短縮した時間を部活に使う

倉貫:ソニックガーデンではプロジェクト型ではなくコンサル型の仕事と呼んでいるのですが、一案件に何人か付けるというスタイルではなくて、1人のエンジニアが複数のクライアントさんを受け持ってお仕事をさせていただいています。そのためチームで組むといえば仕事上でチームでくくることはあんまりなくて、各自が自分のお客さんを持っている。ではチームとして何の活動をしているかというと、コードレビューだったり、特定技術、たとえばSQLはちょっと弱いですという人はSQLの詳しい人に相談するといったことをチーム内で行っています。ただ基本的には各自が自分のお客さんを持っている、っていう状態になっていますね。

─⁠─チームというと1つのプロジェクトを複数人で分担するというイメージがありますが。

倉貫:個々で働いているけど、個人事業主の集まりではなくて、そこはやっぱりチームで助け合いができるようにする。そこが目指している姿ですね。

─⁠─受託で受けている案件と、自主サービスとだと、けっこう性質が違いそうですね。
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倉貫:違いますね。受託のお仕事は基本的にお客さんありきなので、お客さんに一定量の品質とボリュームを提供しないといけないものなので、きっちりしていますね。きっちりしているのは当たり前なんですけど(笑⁠⁠、定量的にサービスを提供する。僕らの場合はお客さんとの契約上時間で契約をしないというやり方をしていて、毎週何時間働きますよという契約ではないんですね。なので成果を出すための時間を圧縮できるほうがよくて、それがエンジニアのモチベーションになるので頑張れる。頑張ったら何が起きるのかっていうと、自由な時間ができるんですね。フルタイムの中でも自由な時間ができる。その自由な時間はよくある会社だったらたぶんまたそこに新しい案件を入れると思うんです(笑⁠⁠。

─⁠─忙しい人に仕事が集中する(笑)。

倉貫:エンジニアはやっぱり好きなことをやっているほうが活き活きと働けます。僕らは「お金を稼ぐよりも時間を稼ごう」と言っていて、お金をある程度稼げたら、残りの自由時間は遊ぼうと言っています。好きなことして遊びましょうと。ただ、エンジニアの人たちに遊びなさいと言ったら、プログラムするんですよね。まぁそれでいいじゃないか、(笑⁠⁠。で、昔はその空いた時間で新規事業をやりましょうと言っていたんですが、それにはやっぱり開発以外の時間が必要なんです。

─⁠─そうですね。

倉貫:マーケティングするとか、ヒアリングするとか、なんだったら営業に行きましょうといったことがリーンスタートアップとかでは言われていますが、⁠それエンジニアがやるのか?」みたいな。せっかく時間を圧縮したんだからプログラミングしようよという話になって、新規事業と呼ぶのはやめて部活と呼ぶようにしたんです。

─⁠─ああ、部活。

倉貫:仕事をきちんとできた人は残りの時間で部活をやる。部活はいくつ入ってもいいし、部活なので儲からなくてもずっと続けていてもいい。遊びなので勤務時間以外もやってもいい。するとかなり自由に遊べます。最近部活の中でようやく芽が出てきたのが「イシュラン」というサイトで、乳癌の患者さんがお医者さんを探す、いわゆるお医者さんの食べログみたいなもの。これも部活からスタートして、3年くらい前から細々といろんなWebサイトをスクレイピングしてちょっとずつデータを増やし、大きくなってきました。広告も何も入れておらずまだ儲かっていませんが、もしこれを新規事業と言っていたら半年でやめとけと言ってたと思うんですよね。お金にならないからからしんどいだけでしょって。でも部活だからまあいいかなという感じで続けてもらってたら、なんと今、県名と「乳癌」で検索するとすべての県の「乳癌」キーワードでイシュランらが1位を取るようになってくれてですね、そうするとようやくお金の匂いがしてくるんですよね(笑⁠⁠。

─⁠─おおー(笑)。

倉貫:3年越しでようやく今マネタイズの匂いが出てきて、これは逆に新規事業やりましょうと言っていたら生まれなかっただろうなと思っています。

全社集会ではなく、社長ラジオ

─⁠─ソニックガーデンさんではリモートワークを長い間実施されていますよね。リモートワークでよく言われるのはコミュニケーションの難しさですが、オンラインとオフラインはどう使い分けていらっしゃいますか?

倉貫:基本はほぼオンラインです。仕事に関して言うとオンラインで完結できると思っていて、業務をするだけだったらチャットやビデオ通話など、100%オンラインです。オフラインでも、仕事以外のしょうもない話をする機会だとか、お酒飲みながらダラダラと話したりする機会はありますね。今は半年に1回合宿をやって全国から集まっていますね。

─⁠─いいですね。

倉貫:ただ20数名いると、合宿でせっかく集まっているのに話ができない人もいるんですね。なので全員集まる合宿はやめようと判断して、今は個別のチーム単位でしかやっていません。全員集まるというのはもうウチの会社はないですし、スタンドアップミーティングもいつみんな仕事を始めるかわからないのでできませんから。ただ、朝礼の代わりはしようと、15名くらいに増えてから始めたのが、毎朝私が5分間だけPCで音声を収録してみんなのスマホに配信する、というとりくみです。

─⁠─おもしろいですね。

倉貫:みんな好きなタイミングでスマホから聞けるんです。社長ラジオって呼ばれているんですが、それを営業日は休まずやるというポリシーで1、2年やっています。

─⁠─僕もブロードキャストする機会が減ることはリモートワークの一つの課題だと思うんですよね。そこをどう補うかと考えたときに、単純に集まるだけもちょっと違うなって感じますけど、音声はテキストと違って感情も込められるし良いですね。

倉貫:そうです。テキストでみんなに伝えるというのは、もちろん業務連絡で伝えることもあるんですが、それは結果だけというか。カチッと決まったことを伝えるにはテキストがいいんですけど、ふんわりとしたことを伝えるのにテキストにするのもしょうもないしと思って、じゃあ音声が一番ちょうどいいかなと考えました。一応みんなからは掲示板上でコメントがもらえるようになっているので、見た人がコメントをくれてそこでやりとりしたりするってことはありますね。たとえば「リモートだとやはりチャットは大事です」という話をしたところ、⁠DMではなくてオープンな場所で質問したほうがいいよ」といったノウハウがコメントで出てきたりします。

─⁠─なるほど。テキストになるとすごくかっちり書かないといけないというか、どうしても正確さっていうのが求められてしまうので、あまりふわっとしたことは言いづらいというのもありますね。
今回はソニックガーデンのオフィスでインタビューさせていただきました。取材当日はちょうど合宿が行われており、オフィスも賑やかでした
今回はソニックガーデンのオフィスでインタビューさせていただきました。取材当日はちょうど合宿が行われており、オフィスも賑やかでした

良いチームとは

─⁠─最後に倉貫さんの考える良いチームとはどういうチームでしょうか?

倉貫:そうですね。弱い人を助けたり、弱い人に足並みをそろえるのは良いチームではなくて、それぞれがベストなことをやった結果として助け合いができていたり、結果として高いパフォーマンスが出るという状態を目指してやっていけるのが本当のチームだと思っています。やっぱり得意不得意はあるので、それぞれの得意分野をみんなが活かしていったら結果としてパフォーマンスの高いチームになるというのが目指している良いチームですね。

─⁠─助け合いイコール良いチームではないですよね。

倉貫:もちろん結果として助け合いは起きるんですけど、そこがチームの大事なところかっていうとそうではなくて。下を救うのではなくて、それぞれがベストなパフォーマンスを出したうえでチームとして総合的に結果を出せるのが良いチームということでしょうか。

─⁠─なるほど、納得できます。本日はありがとうございました。

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