はじめに
国内外でlifehacksという言葉をよく見かけるようになりました。lifehacksとはどういったものでしょうか? またなぜそれが話題なのでしょうか? 本稿ではその起源や、国内外で話題になった代表的なlifehacksを紹介していきます。
lifehacksとは?
- 「やる気を出す10の方法」
- 「すぐやる技術」
- 「ミーティングで眠くならない方法」
こうしたブログのエントリーをよく見るようになりました。いわゆる「lifehacks」と呼ばれるものです。2005年はじめごろから、生活と仕事をシンプルかつ快適にするさまざまな技がブログなどで紹介されるようになったのです。
海外の代表的なlifehacks系ブログには43 Folders、Lifehackerなどがあり、国内だと筆者が運営しているidea*idea、シゴタノ!などが有名です(図1~図4)。また、はてなブックマークなどのソーシャルブックマークサービスなどで、lifehacksタグで分類されている記事も少なくありません。
lifehacksとはいったいどういったもので、なぜこれほど話題なのか。以下でこのトレンドが意味するところを探っていきます。
lifehacksの起源
筆者はlifehacksをテーマにしたブログを立ち上げていることもあり、よく「lifehacksって一言で言うと何ですか?」と聞かれます。
そもそも「hack」(ハック)とは、プログラマが自分の仕事を片付けるために書いている、自分だけの小さなプログラムのことです。もともとは技術用語ですが、それを仕事や生活全般に広げた「自分だけのやり方」が広くlifehacksと呼ばれるようになったようです。
lifehacksの定義にはさまざまなものがあります。最初にlifehacksのコンセプトを提唱したのはカリフォルニアのテクニカルライター、Danny O'Brien氏と言われています。
彼はlifehacksのコンセプトを思いついたときのことを、次のように語っています。
lifehacksのコンセプトは、技術者たちと雑談しているときに思いつきました。
技術者たちは日々の仕事を片付けるために小さなプログラムを書いていることが多いわけです。でもそれらは本当にささいなプログラムなので、売られていたり公開されているわけではありません。
お互いにどんなプログラムを書いて仕事を片付けているのかを教え合っていたら、いくつか共通のパターンがあるのではないかと思えてきました。
そこでもうあと数人にいろいろ聞いてみたところ、驚くべきことにみんな似たようなやり方で仕事を片付けていることがわかったのです。
そこでそれらをlifehacksとしてまとめ、Emerging Tech[1]のコンファレンスで発表したのです。
実際にDanny氏が技術者たちに「仕事のやり方」を聞いてみたら、それは小さなプログラムというよりも、あるシンプルな習慣というべきものでした。
たとえば彼はEmerging Techのスピーチの中で、技術者たちの習慣について、次のような共通点を紹介しています[2]。
「技術者たちは何かを思いついたらブログに書くか、誰かに言うようにしています。アイデアはそれについて何らかの行動を起こさないと腐っていくものだからです」
「技術者たちは複雑なアプリケーションを使いません。シンプルなテキストファイルを好みます。みんなtodo.txtを持っているのです」
「技術者たちは11時間かかる単調な作業を片付けるために、10時間かけてスクリプトを書きます。彼らは反復作業を嫌います。たとえ10時間かかっても、スクリプトを書くほうがおもしろいならそうするのです」
出典:Interview: father of "life hacks" Danny O'Brien - Lifehacker
lifehacks系のブログでは数多くの便利なソフトウェアや、仕事のやり方、情報管理の仕方、モチベーションの上げ方などが取り上げられています。
もちろんそこに取り上げられているそれぞれのやり方がlifehacksなのですが、その根底に流れるのは「仕事をシンプルかつ楽しくするような習慣を生み出そう」という考え方です。
lifehacksの定義について考えるときに個人的に思い浮かべるのはトヨタの「カイゼン」(改善)です。「カイゼン」も、どのやり方が「カイゼン」というわけではありません。日々の作業をより効果的にするために日々どこが変えられるのか、それを考え続ける文化が「カイゼン」なのです。
lifehacksも同様です。デジタル時代にいかに日々の仕事を改善していけるか、それを考え続けることがlifehacksにつながるのです。
本紙ではいくつかの考え方やツールを紹介していきますが、ぜひあなた自身でもあなただけのlifehacksを生み出してください(そしてブログなどで公開してみましょう!)。
代表的なlifehacks
以下では国内外で話題になったいくつかのlifehacksを取り上げていきます。先にも述べたとおりにlifehacksとはその内容よりも、それを生み出す習慣だと思います。これらを見ながら、「自分ならこうする」「他にもこういうやり方があるのでは?」と考えてみるとよいでしょう。
やる気を出す10の方法
lifehacksにはこうした「~の10の方法」「~するための7つのコツ」など、リスト形式をとっているものが数多くあります。一つ一つは当たり前かもしれませんが、こうしてまとめることにより、いざ実行を移すときのチェックリストとして使うことができます。
そうしたリストの代表的なものの1つがこの「Top Ten Motivators」です。いわゆる「やる気を出す10の方法」です。その内容を簡単にまとめると次のようになります。
海外ではこうしたまとめ系のエントリーが多いようです。すべて英語ではありますが、日本では先述したシゴタノ!で多くの記事が翻訳されています。興味がある人は読み解いていくといいでしょう。シゴタノ!では「睡眠時間を短くする14のコツ」「仕事を効率よく進めるための9つのコツ」なども紹介されています。
いやなTo Doを片付ける方法
海外のlifehacks系ブログ、43 Foldersで話題になっていた記事です。「Cringe-Busting your TODO List」とありますが、直訳すると「なんとなくいやな気分がするTo Doをやっつける方法」となるでしょうか。
仕事を片付けるためにTo Doリストを作っている人は多いでしょう。しかししばらくすると何日もそこに居座り続けるTo Doが出てきます。やらなくちゃいけないのだけれどなんとなく片付かない…。そうしたやっかいなTo Doはどうすれば片付けることができるでしょうか。
43 FoldersのMerlin氏はそのための方法を次の7つのステップに分けて紹介しています。
つまりはTo Doリストの中にある「なんかいやな気分のするTo Do」を心理的に軽くなるような形式に書き換えてすぐに着手する、という手法です。当たり前といえば当たり前かもしれませんが、To Doリストにいつまでも居座るいやな感じのするものにシステマチックにアプローチする手法として覚えておきたいものです。
これを1日1回、1つの「いやな感じのするTo Do」について毎日実行しただけでもあなたのパフォーマンスは劇的に上がることでしょう。
バブルマップ
さきほどの「いやなTo Doを片付ける方法」をさらに推し進めたのが、筆者が開発した「バブルマップ」です。この手法ではTo Doリストをリスト形式ではなくて、図に落とすように推奨しています。
つまり一つ一つのTo Doを1行の文章で書くのではなくて、漫画のふきだしのように「バブル」形式で描いていくのです。その際、バブルの大きさが「いやな感じ」を表すようにします。つまりいやなTo Doは大きく、そうでないTo Doは小さく描いていきます(図5)。
こうすると自分が本当に片付けたいTo Doが一目瞭然です。心理的に「重い」To Doを直感的に把握し、優先的に片付けることができるようになります。1日が終わったときに「たくさん作業をしたけれどなんとなく達成感がない…」ということがなくなるのです。
またTo Doリストでは1つのTo Doが終わるとそこに横線をひいたり、横のチェックボックスにチェックを入れたりしますが、バブルマップではバブルを塗りつぶして消していくことになります。この手法の利点は大きなバブルを消せばずいぶん気持ちがいいことと、部分的にバブルを消していくことができる点です。
普通のTo DoリストではTo Doが部分的に終わったときにはまだチェックすることができません。しかしバブルマップでは部分的にTo Doを塗りつぶすことにより、「今日は半分ぐらいこのいやな仕事が終わったな」と視覚的に確認できます。この点だけでも仕事が終わったあとの気分はだいぶ違うはずです。
筆者はこの手法をすでに数ヶ月間使っていますが、いくつかのコツがあります。まず1つ目はバブルの大きさは多少大げさに描くことです。あまり意識していないと全部が全部、似たような大きさになってしまいます。それよりは気になるTo Doはおもいきり大きく、そうでないTo Doはおもいきり小さく、としたほうがよいでしょう。人によって違うとは思いますが、大きく描くいやなTo Doは1日に3個程度が使い勝手がいいでしょう。
また2つ目のコツは、バブルにするまでもない細かいTo Doはバブルマップの下のほうに普通のリスト形式で書いていくことです。これはあまりに些細なバブルで紙がいっぱいになってしまうことを防ぐためです。あまりに細かいバブルがたくさんあると、バブルマップを見た時点でやる気が失せてしまいます。
心理的にいかに楽なTo Doを作るかということから考え付いたこのTo Do管理手法、ぜひ試してみてください。
こまぎれ時間を活用する方法
忙しい現代においてはさまざまな「こまぎれ時間」が発生しています。それは仕事がさまざまな要因(電話、メール、メッセンジャーなど)で邪魔されたことによる結果かもしれませんし、生活上のどうしようもない状況によるものかもしれません(待ち時間だとか、電車が遅れただとか)。人により程度の差はあれ、ちょっと考えただけでもさまざまな「こまぎれ時間」が存在していることがわかります。
- テクニカルサポートに電話したらやたら待たされたとき
- ディスクのデフラグをしているとき
- 役所に行ったら最低1時間待たなくちゃいけないとわかったとき
- 飛行機の時間が遅れたとき
そうした「こまぎれ時間」を嘆かわしいものとして受け入れるか、細かな仕事を片付ける良い機会として捉えるかによって生活の質は大きく変わってきます。
43 Foldersではそうしたこまぎれ時間を計画的に使おう、と推奨しています。たとえばこまぎれ時間にできることには次のようなものがあるでしょう。
こうして考えると「こまぎれ時間にできること」はいろいろあります。重要なのは生活の中でのこまぎれ時間にイライラせずに、それを作業時間として捉えられるかどうかなのです。一つ一つはたいした時間でなくても、この時間を有効活用できれば、ずいぶんと同僚に差をつけることもできるでしょう。
また、このこまぎれ時間をさらに有効活用するための実践的なアイデアもこの記事で紹介されています。参考にしてみてはいかがでしょうか。
新しい習慣をインストールする「地雷作戦」
「習慣が人を作る」のは疑いようのない事実です。ただし新しい習慣を身につけることが困難なことも事実です。
そこで43 Foldersでは新しい習慣をインストールするための「地雷作戦」を紹介しています。これは発想の転換で、一言で言うと新しい習慣を実行しないことがかなり難しくなる方法です。ある特定の状況に陥ったとき、それを避けるしかない、という状況を作ることから「地雷」作戦と呼ばれているようです(個人的にはあまり好きな言葉ではないですが…)。これはいくつか実例を挙げたほうがわかりやすいでしょう(表1)。
表1 地雷作戦の例
身につけたい習慣 | 地雷作戦 |
クレジットカードを使いすぎたくない | クレジットカードを文字通り氷の中に凍らせてしまう |
もっと運動したい | TVのリモコンを職場に持っていき、そこに置いたままにする |
二度寝をしたくない | アラームを遠ざける。時間になったら照明がついたりTVがついたりするように設定しておく |
こうした「新しい習慣を実行しないことが難しくなる方法」は他にも思いつくことができるでしょう。忘れ物をしないように「忘れてはいけないメモ」を明日履く靴に入れておいたり、ジョギングをすることを忘れないように毎晩ジョギング用の格好で寝る、なども人によっては有効でしょう。
おわりに
~ Hack & Hitの法則 ~
これまで挙げたさまざまな手法は、現在も増え続けるlifehacksのほんの一部でしかありません。また内容によってはあてはまる人もいれば、あてはまらない人もいるでしょう。
しかし先にも述べたとおり、lifehacksとは日々の仕事や生活をシンプルかつ便利にするためにちょっとした工夫をできるかどうか、その習慣のことだと思います。この習慣をシックスアパート(株)の金子順氏(編注)は「Hack & Hitの法則」としてまとめています。
技術者ではない人は、「作る」を「工夫する」に読み替えるとよいでしょう。
ブログやソーシャルブックマークサービスのおかげで、個人のアイデアを簡単に広めることができるようになりました。そうした意味で、自分の便利が他の人の便利になりやすい世界になっていると言えます。lifehacksの根底にあるものは個人の知識やノウハウの共有です。自分が気づいた日常の「これってなんとかならないだろうか?」をちょっと工夫して公開してみましょう。それが多くの人に受け入れられることによって、それは立派なlifehacksになるのです。