[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第九回「初日」

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家から自転車で小一時間、城跡の山に、初日を見に出かけた。

冷え切った未明前の国道は、元旦だというのに意外に交通量が少なく、年越しをした銀杏たちが、前後のホイールの下でポリポリとつぶれていく音が良く聞き取れるくらいだった。

JR線の駅前を右に折れて、霊園の真ん中の道を一山越える。大きな寺院の脇を入れば城山の入口に着く。

北条氏と秀吉軍、最後の激戦の舞台となったこの山城の夜は、首なし鎧武者がそぞろ歩き、悲運の女官やお姫様が舞踊ったりする怪談話の宝庫、心霊スポットの真打ちにランクされている。なるほど、入口の鳥居からしてなにやら凄みのある感じがするし、急な登山道は敵の侵入を阻むためにくねくねと曲がりくねりながら本丸へと続いている。道端には切り出された石がゴロゴロとしていて、その影から鎧武者が出てくれば首くらい無くても不思議ではない(やだけど⁠⁠。

しかし、今夜は自転車が仲間と一緒であるし、同じ目的を持った人たちがゾロゾロと登ってゆく。今夜は彼らー⁠ー首が無かったりする方々ー⁠ーに用事はないのだ(いつもなくていいのだが⁠⁠。

本丸だった山頂は東に向けて大きく開けている。まだ夜は明けようとしていない。

持参していったワンバーナーにコッフェルをセットして、シャリシャリに凍ってしまったボトルの水を入れる。日本酒をたっぷり加え、ニンニクをひと欠片放り込んで火をつける。煮え立ってきたら、豚バラ肉、下茹でしたほうれん草(下茹でをしておかないとあっという間にアクだらけになる⁠⁠、ネギ、豆腐を使っての『常夜鍋』※1⁠。仲間のバーナーではお燗をつける。ヤカンに直に酒を入れるからたちまちつくのだ。

それぞれ毛布や寝袋にくるまって、鍋をつつき、フウフウいうほど熱い燗を呑みながら日の出を待つ[2]⁠。⁠来年はうちもあれだな⁠⁠、防寒具だけで足踏みをしながら両手をこすり合わせている家族連れの声に、⁠ふっふっふっ」と、ほくそ笑む。

彼方の稜線にぼうっと明かりの帯が浮かび上がった。明るさが増すにつれ、稜線の手前に海があるのがわかる。そうか、東京湾をはさんで房総半島の向こう側から日が昇ってきているんだ、と、位置的に考えてみれば当たり前のことなのだけれど、考えずにいたものだから、なんだかとても得したような気分になった。

山のシルエットに沿って明かりがのびてゆき、スパッと帯を断ち切るように光が射した。初日の出。パンパン、合掌。

稜線を乗り越えた陽光が、海をスルスルと渡ってくる。街を越え、横一線に並んで歓声をあげている山頂の人々の顔を朱色に染める。誰もが満面の笑みを浮かべていて、もうガタガタふるえている人はいない。

あれがサンシャイン、あれは新宿、こっちが東京タワーで、あ、あれはベイブリッジ、ランドマークタワー。三浦半島がのびて、その先に江ノ島が見えている。傍らの山に目をやるとケーブルカーが走っていた。

振り向いて仲間に何か言おうとした時、斜め後ろの老夫婦と顔が合った。ご主人が「もう何年も夫婦でここに通っているけど、こんなに素晴らしい初日に出会ったのは初めてですよ」と言った。

その顔つきがあまりに良かったので、それ以来、この山城に初日を見に行くのは止めることにした。

などという洒落た理由がなくても、初日の出ツーリングはとんとご無沙汰している。大晦日からの年越しで酒が入ると、朝日はおろか、お日さまが西に傾くまで寝入ってしまうようになったからだ。

それでも、毎年、松の明けない内に⁠初走り⁠は、やっているのです。

今回は毎年恒例の「適度な積雪に轍を残して、富士山を拝む、七転び八起き」なコースをご紹介します。

鹿留林道~二十曲峠 富士山拝顔ラン

国土地理院五万図:都留、山中湖

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何年前になるか、東京にも大雪の降った翌日、このコースに出かけていったことがあった。結果は惨敗。列車が東桂まで動いておらず、手前の谷村町から走り出そうとしたのだが、駅前からかなりの積雪でまともに前に進むことが出来ない。オマケに139号線は車線しか除雪が終わっていなくて、歩道には斜めに雪が積もっている始末。林道はあきらめ、えっちらおっちら雪をかき分け大月駅までなんとか走って、駅前のイタリア料理屋で新年会をして帰ってきた。

積雪の予想されるコースに出かけるときは前日の天候も考慮に入れるようにしてください。

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晴天の富士急行・東桂駅を出発。JRホリデー快速が直接乗り入れているのでアプローチはすごく良くなった。139号線に出たところのスーパーで食料を買っておく。余裕のあるときは、ここで鍋の材料を仕込んで峠で食べると旨いのだ。鍋とはいかなくても、サムーイ峠でのカップラーメンやスープなどの汁物、お茶の入れ立てくらいはあった方がうれしいから、邪魔になってもワンバーナーはバッグに入れておきたい。

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鹿留入口信号で139号とはすぐに別れて左へ、鹿留川沿いをいく。右手に立派な神社がおわしますので、初詣がまだの人は手を合わせていきましょう。

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大きな切り株が看板になっている材木屋を過ぎると、右手が切り立った崖、ホリデーロッジ(フィッシングセンター)を通り過ぎれば、もう峠まで車と出会うことはめったにない(といえ、ハンターや林業の方の車と出会わないとは限らないので油断は禁物⁠⁠。気候によりけりだけれどゲートを過ぎてダートが始まる頃には、積雪も始まっていることと思う。凍結部分を避けてサクサクとした雪面を選んで走っていこう。

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てんげん橋を過ぎると右側に日当たりのいい広場見える。きれいな東屋も建っているので、ここらで休憩を取ることにしている。川沿いの樹林の中を散策できる木道も整備されているから、体を動かしながらのんびりしていくといい。

広場からすぐにグッと登りが来る。立派な木造(+鉄筋コンクリ)の橋を渡って標高を上げるに従い、少しづつ雪も増えてくる、が、これは序の口。左に大きく曲がりこむと尾根へと一気に引き上げてくれる激坂に出会う。同行者の中には、この坂を一気に登ることが出るかどうかでその年の体力を占うのだ(体力を占う……って、よくわからないが⁠⁠、という人もいる。普段、ガンガン走っている人にはなんと言うこともないだろうが、私らには⁠激⁠なのだ。ガンガンの人は、タイムアタックで占って欲しい。

激坂を登り切ったところで一息。道はヘアピン状態で右に巻いてゆく、少し登るがこれで尾根へと出ることが出来る。

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尾根道に出ると雪も増える。アップダウンを繰り返し、くねくねと峠を目指して高度を上げてゆく。雪さえなければリラックスして走ることが出来る快適な道だ。路面は凍結して、その上にうっすらー⁠ー場所によってはたっぷり(ランドナーのガードに雪が詰まって、サイドブレーキ状態になり、仕方なくガードを外して背負って走ったこともある)ー⁠ー雪が積もっている。もう、峠までは4~5km。あせらず、積雪に注意しつつ、風景を楽しんでペダルを進めよう。⁠一度もこけずに峠まで行けるか」とか「一度も降りずに峠まで行けるか」などという大会宣言をすると、転倒者が続出して面白い。

尾根を回り込むと、一度ドンと富士山が顔を見せる。これは「峠か!」と思わせぶるために山の方が向こうからのぞきに来た感じで、すぐに山あいに隠れてしまう。でも、これは本当に峠の近い合図。人によっては何度かの転倒ですでに乗車をあきらめ押しに入っているかもしれないけれど、もう少しです。

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峠に着くと、西側の視界を遮るものは富士山しかない。この見事な富士を撮らえるために三脚がずらっと並んでいるところを見ても、ここが富士の絶景ポイントであることがわかる。

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ひとしきり富士を眺めたら、暖かい食事で元気を回復して、あまり体の冷えないうちに下ってしまおう。夕日が近づくにつれて、写真を撮るために上ってくる車が増えるし、夕日の絶好タイムが過ぎればドッと車が降りてくる。こちらがわに雪が着いていることは少ないが、それでも、路面がガチガチに凍っている部分が多い。カーブを曲がったとたん大凍結、大転倒もありえる。繰り返すが、こちらはメインストリートなので交通量が多く、大事故につながる恐れがあるから、臆病なくらいゆっくり下って欲しい。

ゆっくり下るので、かなり冷える。登り、休憩時、下り、平地走行で温度調整が出来るよう防寒対策は万全に。

峠を下りきって、つきあたりを右へ、道沿いに走れば忍野八海に出る。漬け物や味噌を売るお土産屋が軒を並べている。焼きお団子、そして名物のお蕎麦も堪能できる。富士の伏流水がこんこんと湧いているから、ボトルの水を詰め替えて、これをお土産にする。

この後は、めったに開いていない売り切れごめんの蕎麦屋がある峠を越えて、富士吉田に出るもよし、忍野の蕎麦を我慢して吉田のうどん[3]をたぐり込んで下吉田や葭池温泉駅に出るもよし。ある程度自転車に乗っている人なら、午前中に東桂を出発していれば、おそらく日の高い内にここまで来てしまっていると思うので、そのまま大月まで走ってしまうといいだろう。

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