「ここらへんはどう?」
「車が来たらよけなくちゃいかんのではないか?」
「ここは?」
「日陰であって、しばらく滞在すると体が冷え切ってしまうおそれがある」
などと意見の一致を見ないままに林道を進んでいく。時間はとっくに昼を回っている。
私たちはいまだに昼食をとるための場所を決めかねていた。
自転車旅にかぎらず"昼食をとる"という行為は日々悩みの種になっているのではないだろうか。
「いいや、そんなことはない。私は毎日来々軒の冷やしチャーシューワンタン麺に決めている」とか「毎日が愛妻弁当」などという方は別にして、大抵の人は「今日は何を食べようかなあ」と、背広の袖をプラプラさせながら昼休みの街角をうろついているのではないだろうか。
かくいう私も、家職を常としている身でありながら、「今日は何を食べようかなあ」と、起きたまんまのパジャマの袖をプラプラさせながら台所をうろついている。
冷蔵庫をのぞき、常備菜のフタをとって、中のモノをつまんでみる。コンロにのった鍋のフタをとって、中のモノをつまんでみる。お釜のフタを取って残りご飯の分量を確認しつつひとつまみ。なんだかだんだんめんどくさくなってきて、コタツの上のミカンを一個食べたら、「もういいや」、で、昼飯問題から逃げをうってしまうこともままある。
しかし、これが自転車旅の途中となると、逃げをうつわけにはいかないのである。
自転車乗車中はお腹が減る。
お腹が減りすぎるとハンガーノックというものをおこして動きがとれなくなる。そんな事態に陥らないために、こまめに行動食をとり続けるのだけれど、走行練習でもない限りお昼はお昼できちんと食べたい。ハイキングに行ったってお昼のお弁当は最大の楽しみでしょう?
美味しくて、お腹にもたれず、すぐにエネルギーになってくれて、手間がかからず、ゴミのでないモノを、なるべく景色の良い、車にじゃまされない、冬は体の冷えない、夏は体の熱をとることができる場所、で食べたいのだ。
かくして、今日も尾根線を走る林道を辿りながら、ザックやバッグの中で出番を待っている、手作り弁当やスーパー弁当、コンビニ弁当をかかえて、ブツブツと文句言うお腹をなだめなだめ、少しでも条件の良い場所を求めてペダルを漕いでゆく。
でもね、適当なところで折り合いをつけないと、いつのまにやら林道を降りてしまって、幹線道路にぶつかって、もうどうしようもなくて、コンビニの駐車場でお昼を食べ、店員さんにけげんそうな顔で見られる、なんてことになるである。
青梅・塩船観音と二ツ塚峠
地図:国土地理院「立川、青梅、五日市、八王子」
ぐぐーっと気持ちのいい朝。
フロントバッグに手作りのお弁当とワンバーナーを詰め込んで、立川と日野を結ぶ立日橋北詰の多摩川堤を上流に向けて出発。
いやあ、いい天気だなあ。
睦橋手前にある福生南公園でひと休み。
ひと休み、といっても、毎度ここのアスレチックで、ひと遊び、になってしまい、かえって体力を消耗してしまったりもするのだ。
熊川の多摩川中央公園では地元の方たちが大凧を揚げる準備をしていた。
「すぐにあげるんですか?」と聞くと
「風がねえから無理だなあ」と笑っていた。
ごもとっも。
もう少しいくと、別のグループが大凧を準備していた。神社からお神楽の太鼓も聞こえていたから、何かのお祭りで奉納するのかもしれない。
公園を過ぎればすぐに羽村の堰に着く。
ここは玉川上水の取水口。ここから玉川上水をたどるコースもおすすめである。
でも、本日はさらに上流へと進んでいくのだ。
羽村の堰からは奥多摩街道を走らなくてはいけない。
川沿いの道はまだ続いているけれど、神社の階段でどんづきになる。
まあ、私たちは奥多摩街道で車とバトルしながら走るより、階段を担ぎ上げる方がマシなので、毎回こちらの道をとることにしている。
神社の境内は七五三のお参りでにぎわっていた。
なるべく幹線道路を走りたくないから、ひたすらひたすら川に張り付いて走る。
川の方へと降りていく道を発見し、そちらへいってみると、行き止まりであった。
川に張り付いて走っていると良くあることなのだ。突き当たりは養鱒場だった。釣り堀もやっているらしい。登り返すのは手間だけど、こんな発見があるのもうれしいものです。
発見といえば、今回最大の発見は『ホームクリエ・ICHIRO LAND』.
多摩川橋を越えて、圏央道をくぐる道がないものかと、こりずに川沿いの道をいく、と、やっぱりどんづまり。そのどんづまりにそれはあった。
まずは、くるりんくるりんとまわっている観覧車にびっくりする。観覧車横には小鳥が飛び交い、ウサギがはね回る小屋がある。小屋の向こうには丸木のお家。お家の陰に多摩川に張り出すように作られたテラスが見える。
「いったいここはなんなのだ?」「喫茶店なら一服していこうか?」
お家の正面に回ると『スタッフに声をかけて自由にお入りください』と、書いてある。
なんどか大声を出していると、素敵なお嬢さんが現れた。テラス(ウッドデッキ)を見せてほしい、とお願いすると快諾してくれた。
張り出すように作られているのではない、まさに張り出している。デッキの隙間から下を流れる川が見える。
小鳥やウサギのほかに、烏骨鶏もいるしグッピーもいる。そして、なんとデッキの下で馬(ミニホース)も飼われているのだ。
「いったいここはなんなのだ」
「ここは建築の展示場のようなものなのだ」
お家の見本もあるし、家具も売っている。風呂もあって、DIYの材料もあつかっている。
詳しくはこちら。
いやあ、あのテラスは一見の価値あり。
コーヒーは出ないけど、自動販売機があるから、そこで購入してテーブルでくつろぐことができる。
驚いたりくつろいだりして、すっかり時間を食ってしまった。毎度のことながら早くも予定していたコースを全部回ることができそうもなくなってきた。
ここで、多摩川とはいったんお別れして小作と河辺の間でJR青梅線をくぐる。
野上、今寺東原、大門の交差点を過ぎて、今日のメインポイント"塩船観音"に到着。
国宝の千手観音と花の咲いていないツツジの大群が出迎えてくれる。
塩船観音は『花のお寺』とも呼ばれている。
春のツツジ、夏のあじさい、秋の萩。中でもツツジのシーズンは観光バスも群れをなしてやってくるとのこと。確かに斜面を覆っているツツジが一斉に咲いたらさぞ壮観なことだろう。その間を善男善女が連なるように歩いている様もさぞ壮観なことだと思う。
ここで昼食をとるつもりが、よーく考えてみたらお寺の敷地内でワンバーナーをつけていいわけがない。あきらめて、見物のみにしておいた。
しかし、さすがに腹が減って仕方ない。お手頃価格のお団子があったから、それでお腹をなだめた。
塩船観音を出て、東青梅へ向かう。
出てすぐの切り通しがちょっと素敵な風景だったのでご紹介しておく。
青梅では『関東ちんどん選手権大会 in 青梅宿』というものが開催中なのであった。町のあちこちをちんどんやさんが練り歩いている。そちこちに露店が立ち、自転車の親戚のような人力車も映画看板の下を駆け抜けていった。
ここでまた、時間を消費したため、再び多摩川に戻ったときにはもう日が傾きだしている。
歩行者・自転車専用の鮎美橋を渡って"釜ヶ淵公園"に入る。
この河原でやっと念願の昼食にありつく。
本日は自前のおにぎり弁当に汁物代わりのカップラーメン、その他、である。
ワンバーナーがうれしい季節がやってきた。
釜ヶ淵公園には郷土資料館があり、古民家なんぞも移設されている。ああ、寄りたいなあ、が、しかしなんぼなんでももう余裕がない。
本日はまだ山を二つ越えて帰らなくてはならないのだ。
吉野街道を左折、調布橋の南詰め・長淵7丁目信号を右折。秋川街道に入る。車と併走しながらだらだらと二ッ塚峠を越え、下り初めてすぐの道を左折し、JR五日市線・むさしますこ駅を目指す。
本当は秋川街道をもう少し下って、武蔵五日市駅の手前で林道横沢小机線を辿り横沢入の風景を楽しみたかった。この後のことを考えると今回は割愛するしかない。残念。
じゃあ、まっすぐに帰るのか、というとそういうわけにもいかないのである。
増戸の農産物直売所で、夜の反省会鍋用の材料を買い込む。
ここのソフトクリームが濃厚で美味しかった!地元の材料で作っているとのこと。
さあ、いよいよ大詰め。
もう一発山越えをして八王子に向かうのだ。
山田大橋を渡り、その先の網代トンネル、上川トンネルを迂回するため網代トンネル北から右に張り付いている側道へはいる。ゴルフ場の中を行く結構きつい登り。きついことはきついが、眺めはいいし、道の雰囲気もいい。車はほとんどこないから、トンネルで汚い空気を吸って走るよりずうっといい。西日の空の下に秋川とオレンジの街が広がっている。
上川トンネルの南で山田宮の前線に合流。突き当たりで二ッ塚峠でお別れした秋川街道に再び出会う。後はここを車に負けじとすっとばしていけば八王子に出る。
車と競争する気が無い向きには、途中から川口川沿いの道をいくことをおすすめする。川口川は八王子で浅川に合流する。浅川堤の道ならさして車を気にせず都内まで戻ることができる。
さあ、日も暮れてきた。少しでも明るいうちに帰り着きたいなあ。