「この角度だね」「ここからだとふるさと館の屋根が見えるから」「ここだここだ」
青年達が車の行き来の激しい道ばたでいっせいにカメラを構える。
「何あれ?」
娘に聞くと駅前に観光案内所で貰ったマップを開いて
「ほら、ここ。○○が××と一緒になんたらするシーンの背景がここなんだよね」
なるほど、マップには市街地の地図と一緒にふるさと館の屋根がビルの向こうに見えているアニメーションの背景画が掲載されており、矢印が現在地を指していた。
秩父札所巡りで訪れた秩父の町は、アニメの聖地でもあったのだ。
「ご当地アニメ」そんな分野が生まれたのはいつ頃からだったのだろう。
埼玉の商店街を舞台にした作品が話題になったあたりではないだろうか。
僕がテレビアニメに夢中になっていた頃は、キャラクター達が動き回る舞台は、富士山の近くの研究所であり、日本のどこかの森の中であり、友引町であったりした。あくまでも架空の舞台上でキャラクター達が息づいていた。
ご当地アニメでは、架空の町ではなく、実際に存在する町、過去や未来ではなく現在と同じ時間の中に存在する場所でキャラクター達が暮らしている、という設定で作られている。
作中でキャラクター達は現実の店名や商品名を口にし、使われる背景も町並みはもちろん、看板までリアルに再現している。
それだけにその場所に行けば、キャラクター達に会うことが出来る、という気持ちが強くなるのだろう。その場に彼らがいないとしても、ついさっきまで、または明日になれば、同じ場所にやってきて、今立っているこの場所で、あの台詞を言い、きびすを返して去っていくはずだ、とリアルに感じることが出来るのだと思う。
テレビや映画に使われた場所に出かけていって、主人公になりきったような気持ちなることはあった。
今はもう無い渋谷ハチ公広場の噴水にザブザブと入っていったことがあるし、江ノ電の極楽寺駅でその気になってみたり、井の頭公園で……って、話しが某青春ドラマシリーズに偏っているけど。
でも、これはわざわざその場所を観に出かけていったわけではない。渋谷や吉祥寺、鎌倉に遊びに行ったら、たまたま見覚えのある景色に出会って、酒の勢いにまかせてその気になってしまっただけのことだ。
アニメーションや特撮もののファンでもあったので(今でもだけど)、アニメーションの制作会社に通って放映で使われたセルをもらったり―あの頃はほとんどのセルはゴミとして処分していた。アニメブームが起こっていきなり貴重品になったのだ―絵コンテのコピーを分けてもらったりした。
特撮の撮影所のゴミ捨て場には編集されたフィルムの切れ端やミニチュアの破片らしきものが転がっていて、それらを拾って宝物のように大事にした。
登場するキャラクター達への思い入れもあったが、それよりも作品がどうやって作られているのか、どんな人が作っているのかの方に強い興味を持っていた。
今、アニメの聖地を巡礼する人たちは、作品の中に身をおきたい、作品の中に自分が入り込んでキャラクター達と一体化したいという願望に突き動かされているのだと思う。
ご当地アニメのパワーはすごい。
秩父の町は『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』であふれていた。
駅には作品のポスターが貼られ、商店街の街路灯にはフラッグがはためいている。
オリジナルのグッズ、地酒のラベルも『あのはな』(と略すのが正式だそうだ)でいっぱい。
秩父神社の境内の絵馬にも彼らが描かれ、駐車場にもいわゆる"痛車"が並び、全く違う作品のコスプレをしたおねーさんがイベントチラシを配っている。
観光案内所で配布している聖地巡礼用マップはお一人様一枚まで。
札所巡りでウロウロしている僕らの前を、巡礼マップとカメラを持った幸せいっぱいの顔をした少年、青年、中年が通り過ぎていく。
ひとつの作品でこれだけ町が活気づくのであれば、こんな素晴らしいことはない。
四国・松山の町に坊ちゃん列車が走り、坊ちゃん球場が出来、坊ちゃん駐車場に坊ちゃんうどんがあるように、秩父の町もあのはな一色に染まる時がくるかもしれない。
なんてことは絶対にないのだろうな、と思いつつ、札所巡礼を終え駅に戻り土産物を買おうと商店の軒をくぐると、漬け物を入れる段ボールが一個200円で売っていった。ポップには「主人公の部屋に置いてあったのと同じしゃくし菜漬けの段ボール」としてあった。
なんだかなあ……
秩父札所・三十四観音霊場巡り 札所1番から12番
地図:国土地理院二万五千図 秩父、皆野
今回は車で秩父入りしました。駅に隣接している駐車場は収容台数が多く、一日駐車しても最大料金1000円。これなら大人5人集まれば電車賃よりも交通費が安くて済むんです。
駅前の秩父観光情報館で秩父鉄道刊行の【ちちぶ札所巡り】パンフレットを貰います。自由に手に取ることの出来るコーナーには置いてないのでカウンターでその旨を伝える必要があります。アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』の聖地巡りマップもこちらで入手できます。
秩父鉄道・お花畑駅の踏切を渡って秩父神社の参道へ。石畳の歴史ある商店街でもあります。レトロな建物があちこちに見受けられておもわずペダルが止まります。
秩父の鎮守様・秩父神社。札所ではないのですが、まずはお参りしていきます。
本堂は周囲を左甚五郎が手がけたと伝えられる彫り物で装飾されています。これは正面の『子育ての虎』。
札所はこういった見応えのある建築物が多く、ひとつひとつじっくりと見てしまい、なかなか先に進むことが出来ません。
秩父神社はアニメファンの聖地でもあるようで、アニメのキャラクターを描いた絵馬が大量に奉納されていたり、コスプレをしたおねーさんがチラシを配っていたりで楽しい限りです。ここで痛車というものの実物に初めて遭遇しました。自転車版もあるのですよ。お金かかるだろうなあ。
繁華な町並みを離れ、秩父鉄道沿いを南へと走ります。
行く先々に「まんじゅう」「まんじゅう」「まんじゅう」の看板が目につきました。その中の一軒「まんじゅうやさん」というストレートな看板に惹かれてまんじゅうを購入。
おおのはら駅を過ぎて秩父鉄道の踏切を渡り、国道140号を横切って山へと登ります。坂道の途中、定峰川を越えてすぐのところに札所一番・四萬寺(しまぶじ)があります。札所巡りの無事を祈ってじっくりとお参りしていきましょう。
納経帳や笠、白衣など気分を盛り上げるためのグッズも手に入ります。ただし納経帳に御朱印をもらうには各札所で300円かかることをお忘れなく。
境内のベンチに腰をかけて先ほど買ったまんじゅうをパクつきます。「すまんじゅう」というネーミングがいいですね。あんこのたっぷり入った酒まんじゅうでした。これで400円は安い!
門前にある渋い旅館・旅籠一番(泊まってみたいものです)の左手の路地を入ります。入口に「巡礼道」の案内があります。
川沿いに少しだけ下って、道はすぐに登り返します。
道ばたの道祖神、古い道標
うわー日本の原風景だなあ。こういうところをダラダラと山に向かっていくのは最高の気分です。
な~んていっていたら、予断を許さない勾配に突入してしまいました。どんどんきつくなっていきます。
坂道のピークには二番への大きな看板が。
ここまできついけど距離はないので、無理をしないで自転車を押してしまいましょう。
札所二番は看板からすぐです。急な下りの途中にあるので通り過ぎないように。
札所二番・真福寺の入口です。この上にあるがっかりな建築物が本堂かと思ったらさにあらず
さらに石段を登った先にどーんと控えておりました。
我々が立ち去る時、がっかりな方の建物に手を合わせて帰ろうしている人がいたので教えてあげました。訪れるならご注意を。
二番から竹林の中を下って市街地へと戻ります。
札所二番・真福寺は無人です。納経。御朱印は住宅地にある光明寺で行っています。光明寺は新築ピカピカでありました。
住宅地を抜け、横瀬川を渡ります。正面に見えているのは武甲山ですね。
札所三番・上泉寺は、田圃の向こう。山を背景にゆったりと建っています。
三番から四番へ。再び横瀬川を渡り返し住宅地の路地へと。
突き当たりにあるのが札所四番・金昌寺。
山門にでっかい草鞋が奉納されています。
仁王様に草鞋を奉納するのはなんでですかね。旅人が力を授けて貰おうとしたのでしょうか。だとしたらサイクリストもあやかりたいところです。
この見事な造形。
札所の建築物はりっぱな彫刻が施されていることが多いのでお参りをした後、必ず目線をあげてみましょう。
金昌寺の境内には「よんばん食堂」がお店をはっていました。
きさくなおばちゃん達がやってます。
机の上の大皿にはミョウガの塩漬け、甘酢漬け、茄子みそ油炒め、干し竹の子煮物、ワラビ、蕗などがてんこ盛り。これらは無料でいくらおかわりしてもいいのです!
うどん、そばには黙っていても山菜の天ぷらがついてきます。これだけ食べても600円。
食後にお茶と一緒にお煎餅までごちそうしてくれました。
札所五番の手前に納経所・長興寺があります。
こちらもまだ新しい建物でした。
道ばたにポツンと立っている札所五番・語歌堂(ごかのどう)山門の奧に本道があります……が、門のまわりもお堂のまわりにも塀も木立もなく、すか~んと空いてます。一見、不思議物件に見えてしまいます。
六番札所・卜雲寺に行くには七番の前を通過してなくてはいけません。元の七番札所が焼失して移動してしまったためです。
立ち寄っていきたいところですがここは番号順にうっていきましょう(札所を訪れることを"うつ"と表現します)。
六番・卜雲寺に辿りつくのにちょいと迷いました。
案内板はあるのですが、七番が移動してしまったためかわかりづらいのです。
最後は急な坂を押し上げて
六番札所・卜雲寺
元に戻って札所七番・法長寺です。
三峰口へ向かう西武鉄道をくぐって八番へ向かいます。武甲山が目の前に近づいてきました。
札所八番・西善寺。ここはやたらと禁止事項が多いようです。御朱印参拝者以外は境内の撮影も禁止です。
素敵な山門も無粋な看板で台無しな気がします。
寺の横手から武甲山の眺めは最高。
こちらの撮影は禁止されておりません。
西武鉄道をくぐり返し、元七番・牛伏堂の跡地を訪ねてみました。とくに看板もなく、資材置き場になっておりました。
三菱マテリアルの巨大な敷地に面して札所九番・明智堂が建っています。お堂のなかにはちょっとしたアート作品(じゃあないんだけど)が天井から下がっています。
堂内は撮影禁止だったので、出かけてみてのお楽しみにしてください。
そろそろ日が西に傾いてきました。次回のコース取りが楽なようにできれば十二番までうっておきたい。ちょいと急ぎます。
札所十番・大慈寺
急な石段を登りきったら、山門からの眺めを楽しむのをお忘れなく。
札所十一番・常楽寺は国道299合沿いです。
道路沿いなので空気が悪いです。
なぜか鳥居が参道からずれて立っています。面白百景に登録したいところ。
本日最後の十二番へは、羊山公園脇の路地を使います。羊山公園には武甲山資料館や、やまとーあーとみゅーじあむがあります。時間があれば覗いてみたかった。
札所十二番・野坂寺の妖しげな山門
境内も妖しさ満載。どういう感覚と思いで造形されたのか、考えているうちに思考がカオスの彼方に迷宮入りしてしまいます。
山門後ろの脱帽ものの仏様に見送られて西武秩父駅へと向かいました。
次回も秩父三十四札所巡り。
13番からスタートします。
道標
巡礼道は「江戸巡礼道」「明治巡礼道」などいくつかのバリエーションがあります。古い巡礼道を走っているとあちこちの分岐で出会うことの出来る道標。みぎ九番と刻んでありました。
こちらも助かる巡礼道の道標。わかりづらいところの電柱や個人宅の塀などにさりげなく掲げてある、心優しい町の気遣い。
道標ではないのですが、彼は行く先々で出迎えてくれます。こじゃれた雰囲気にしてしまった札所からは撤去されているのは残念なことです。