主人公・北野優二
北野優二(以下、優二)は大手スポーツメーカー・ライテックスにあこがれを持つ主人公です。学生時代にはずっと陸上をしていてライテックスの靴のファンになり、「ライテックスという会社に入社したい」という夢を持つようになり、その夢を実現し北海道から上京します。そんな優二の信念は、「私の周りの人の幸せが、自分自身の幸せ」だということ。
優二はその信念に従って自分が面接に遅刻しそうな場面でも他人にタクシーを譲ったり、道端で困っているお年寄りを助けたりする「いいひと」なのです。自分がどれだけ窮地に立たされていても、他人を思いやり他人を助ける行動をし、ときには他人の夢に協力するために自分の営業成果すら譲ったりもするお人好しとも言える人物です。
また優二は、彼に悪意を向けてくる人間に対しても態度を変えず平等に接します。「先にオレが好きになるから、向こうも好いてくれる」という考えが彼の中にあります。どれだけ他人から叱責されても自分を思ってくれている言葉だと前向きに受け取ったり、叱った人の理由や立場を考えそれをくんで行動したり。常に前向きに相手を思いやりながら人に接することが、彼自身の行動原理となっています。結果として、優二に出会った人たちの多くは彼のファンになり彼の支援者となっていき、それが彼の強さとなって逆境の中でも大きな成果を紡ぎだしていきます。優二の信念に伴った行いは、彼自身の徳となり帰ってくることになるのです。
このような優二のスタンスは、Drucker[1]のいうこところの「強みの総和」を生みだしていくマネジメントのヒントになりそうです。
前進させる、という責任の取り方
あるプロジェクトで、優二は上司から「オレのかわりにドロをかぶってくれんか…!?」と言われます。そして優二は「進退伺い」ではなく、「進伺い」と書いた紙を提出します。それを受けた上司はなんだ? これは……と「退」の字がないことに困惑します。優二は「オレ、前に進むことしか考えてませんから!」と答え、「退く気も、同じ所にとどまってる気もありません。前に進ませてください! それが、オレにできる責任のとり方だと思います。」と続けます。優二の中では、後ろに退くことが責任の取り方ではなく、最前線を突き進みドロ水があったとしてもそれをかぶりながら前進することが責任の取り方であるという考えがありました。あとに続く人たちのために自分が汚れることをいとわない姿勢とともに。
社会人をやっていると責任を取って辞するという場面を目にすることはありますが、「責任を取るからこそ現状を打破するまでやりきる」という優二の姿勢にはハッとさせられる人も多いかもしれません。
また優二は「誰かのためにドロはかぶることはできないけど、自分の大事なもののためなら、ドロをかぶれます」とも言います。社会に出て働ている人の中には、仕事はあくまで仕事でありそこまで自分が責任をとり犠牲になってまでやることはない、と思う人もいるかもしれません。でも、現状を理想的な状態に変化させたり業務などでの大きな壁を打ち破ったりするためには、誰かが最初に楔を打ちこまなければなりません。そこにはドロまみれになる覚悟と勇気が必要です。
このような優二の責任への向かい合い方は、マネジメントに携わる方の責任に対する考え方のアップデートにつながっていくでしょう。
自分をクビにするということの一つの解
入社して3年目の優二は、副社長じきじきにあるプロジェクトを任されます。それは「リストラプロジェクト」。そのリストラ対象者は管理職がメインで、最優先リストには創業から会社を支えてきた社員も含まれています。さすがに優二も「社員としてじゃなく、人間としてこういうことをしてもいいのか」と迷いもありました。しかし社会人生活の中で出会った多くの人たちと花見をしていたとき、その人たちの笑顔を見て優二は決心します。リストラは誰かがやらなくちゃいけないことで、この人たちの笑顔が一人でも守れるなら「悪い人になろう」と。そして腹をくくりリストラプロジェクトを敢行していくのです。
優二がリストラプロジェクトで最初に行ったことは、副社長に自身の出世を直談判したことでした。それには管理職になって、自分もリストラされる可能性がある状態にするという理由がありました[2]。「安全な場所にいる人の言葉じゃ、みんな真剣に受け取れないんじゃないか」と考えての優二の行動です。
次に優二はリストラ対象者を呼び集めて、リストラ対象者自らがプロジェクトメンバーとして自分たちのリストラ案を作りましょう! という提案をしました。その際「リストラの責任をとれるのは自分自身しかいない」という考えと同時に、ここに集まった人たち自身がリストラ対象者であるとも伝えました。当然全員が納得することもなく、紆余曲折もありましたが、一部の人たちの協力を得ることができ「ReSET」(リセット)という会社員人生をやりなおすという制度が生まれます。簡単に言うと、経験値を重ねて出世した人たちがもう一度新入社員に戻れるという制度で、「自分のために自分で自分をリストラして自分を再構成する」という思想です。当然キャリアがリセットされるので給与も新人同様となってしまいますが、退職金を分割して支給するなどで補填するしくみなども考えています。
この「ReSET」を使ったイチからやりなおせる選択肢があることで、自分をクビにし第二の人生として自分の新たな可能性を見つけることにチャレンジできる。自分をクビにすることを恐れず、変化を楽しみチャレンジしていく人たちが多い環境こそ自律した組織となり、より成長と成果が生み出される環境となるでしょう。これはマネジメントが目指すべき一つの方向性なのかもしれません。
『いいひと。』と僕
この漫画と出会ったのは僕が社会人1年目のときです。当時は組織で働くという意義やキャリアに関しても迷っていて、自分がナニモノであるのかを見失いかけていました。そんなときに『いいひと。』を読んで、自分の信念を持ちながら目の前にある課題に立ち向かい、まずは経験を重ね能力を磨いていこう、と勇気をもらいました。
30歳を過ぎてマネジメントに悩んでいたときに再度読み、次は違った視点で学びを得ました。それは、自分自身をクビにすることを恐れないということ。そしてそれができる人ほどより多くのチャンスを得て、社会や組織から必要とされる人材になっていくことを身を持って学ぶことができました。
もし今組織で働くことに疲れていたり悩みを抱えていたりするマネージャーがいるなら、ぜひ一度読んでみてほしい作品です。
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