南波六太という人物
ムッタは、もじゃもじゃ頭がトレードマークな自動車系エンジニアの30歳に差しかかった男性。基本的には明るい人物ですが、誕生日がドーハの悲劇の年生まれであることから自らが不運を呼び込む運命だと思い込んでいる節があり、時折ネガティブに考えてしまうことも。また弟のヒビトが大雑把で大胆な性格をしている一方で、ムッタは几帳面で細かいことを気にする神経質かつ繊細な一面も持っています。そのため観察力に優れており、エンジニアらしい発想力や創造性をもって困難に立ち向かっていく姿が描かれる場面が多くあります。
好奇心とチャレンジ精神も旺盛で、子どものころにギター・ピアノ・トランペットなどから演奏する楽器を選ぶ際「全部やってみなきゃ決められない」と言ってすべて試してから一番難しいと感じたトランペットを選ぶというエピソードもあり、本来は逆境に向かっていく精神力の強さがあります。
そんなムッタですが、物語が始まった時点では自身の夢は諦めており、さらに弟のヒビトが宇宙飛行士となったことがコンプレックスになっていて、自分の限界を悟って子どものときの輝きを失っている大人として描かれています。そんなとき弟を侮辱した上司に頭突きをして会社をクビになり、無職をしていたムッタのもとにJAXAからの新規宇宙飛行士選抜試験の書類選考通過通知が届いたことから物語は動き出します。
対立する考えへの立ち向かい方
弟のヒビトの計らいで新規宇宙飛行士の選抜試験に臨むことになったムッタは一次審査、二次審査をくぐり抜け、三次審査に臨みます。三次審査は5人ごと3チームに分かれて閉鎖環境で2週間生活し、その間でさまざまな課題をこなし、最終日に各チーム5人の中から2人だけ宇宙飛行士にふさわしい人物を推薦するというものでした。その中でムッタが活躍した中でも、特に印象的な出来事を紹介します。
ある日、宇宙開発への税金投資にネガティブな発言をしている有名コメンテーターに抗議文を考えてください、という課題が各チームに出されます。それに対し、宇宙開発は新技術を生み出す可能性があることや人類の進化につながっていくため必要な投資であるなど、各チームでさまざまな意見があがります。ムッタも最初はそのようなことを考えていましたが、最終的には白紙を出し「抗議をしない」という回答を提案します。主張の違うお互いの意見はそれぞれの立場では正しく、そのような状態になっている人を言葉で変えることは難しい。そして「もうすぐ日々人が月に立つんだ。日本人が初めて月に行くんだよ。みんなきっとワクワクしながら夜空を見上げると思うな。そしたらみんなの意識に宇宙が降りてきて──もっと宇宙が近くなる。誰に批判されたって日々人が帳消しにしてくれるよ。」とムッタは言います。結果、この案はチームの回答案としては採用されなかったものの、カメラごしにムッタの発言を聞いていたJAXAの責任者は「僕らにはそんなヒマはないよ」と言い抗議文を送ることを取りやめます。
大きな意思決定の中で対立した考えが生まれる場面は日常的にあり、意見が対立した場合、議論を重ねて収束する方法がよくとられます。ですが、対立者をすべて納得させてから行動に移すばかりでは、既存の価値以上のものを生み出すチャンスを失うこともあります。ときには議論を行うより前に体験させることを優先し、経験からより踏み込んだ理解をすることで新たな方向性や可能性が見いだせることもあります。そのため対立構造になったとき、理論のみの議論や感覚的な議論を繰り返す場合には、相手に体験させることが、可能性を広げるために大切なアクションになるという学びです。
失敗を乗り越えることの価値
選抜試験に合格し宇宙飛行士候補生となったムッタがNASAで行われる最初の訓練の際に、失敗の重要さについて語ったエピソードがあります。その訓練は5チームに分かれ、砂漠を70キロ横断して行軍順位を競い、ゴール地点で行われるキャンサットの大会での順位を競うというものです。キャンサットとは、小型衛星で用いられる技術と類似の技術を利用して製作される模擬人工衛星(以下、ロケット)のことです。作中のルールとしては飲料水缶サイズの小型のロケットを空中に打ち上げ、パラシュートで降下したあと、降下した位置から走行してゴールフラッグにどれぐらい近付けたかを競うといったものでした。またロケットの製作費は行軍順位に応じた予算が決められており、ムッタたちのチームは行軍順位が最下位で600ドルという一番予算が少ない状況です。加えて、各チームにはサポート役のエンジニアが付くのですが、ムッタたちには残っていたピコという一番やる気がなく見た目もだらしないエンジニアがサポートにつくことになりました。
そんな中、ロケットの設計は完成しますが、この設計では500ドルはかかってしまうことをムッタは懸念しました。ほかのメンバーの「600ドルあるから十分足りる」という意見に対して、ムッタは「モノ作りには……失敗することにかける金と労力が必要なんだよ」「いい素材を使ってるモノがいいモノとは限らねえんだ。だけど──失敗を知って乗り越えたモノならそれはいいモノだ」と言い、失敗して壊れることを前提で最低でも2機作れるぐらいの余裕があったほうがよいことを説きました。ムッタのその発言を聞いて技術者魂を揺さぶられたピコは、少しずつ協力的になっていきます。
そうして試作を重ねている中、大きな問題にぶつかります。それはロケットがゴールフラッグに向かって走る際のタイヤが小さすぎるため、凸凹した道にある障害を越えられないという問題です。タイヤの直径を大きくすることでこの問題は解決しますが、今度はタイヤがロケットの中に収まらない問題が発生します。その解決案としてムッタが提案したのが、タイヤにスポンジを使うこと。スポンジであれば縮めて格納することが可能で、軽い・安い・加工もしやすい、そして着地のときのショックも和らげるメリットもあることを説きます。それを聞いたピコは自分にもない発想が出てきたことに驚き、ムッタを認め、より協力的になっていきました。現役のエンジニアであるピコを唸らせたスポンジという発想は、ムッタにエンジニア時代の失敗があったからこそ出た発想でしょう。
本気のチャレンジと本気の失敗
「本気の失敗には価値がある」というのは、『宇宙兄弟』でのムッタの名言の一つです。
マネジメントにとって一番の敵は自分自身。油断すると、絶対成功しなければいけないというプレッシャーや失敗を責められることへの不安に負け、忖度をしてしまったり無難な選択をしてしまったりする。経営者でも、マネージャーでも失敗はあります。むしろ本気のチャレンジを繰り返して失敗を重ねてこそ、大成功を収めることができ、今までになかった価値を生み出すことができるのではないでしょうか。『宇宙兄弟』はそういった勇気をもらうため、お勧めしたい一冊です。
本連載は今回で最後になりますが、ほかにもマネジメントの学びになる漫画はたくさんありますので、またいつか紹介させてください!
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