ライフハック交差点

第1回 どのようにしてGTDを実践するか?

午前8時半。あなたはデスクにつくと、目を閉じていてもできる慣れた手つきでパソコンの電源を入れ、デスクトップが表示されるまでのひととき、鞄の中から手帳とやりかけの仕事が収められているフォルダを取り出しています。

今日の予定は...そう、会議が10時から始まるのでした。それなら事前にあのプレゼンテーションに目を通しておかないといけません。同僚をつかまえて話しておくべきこともあります。彼はもう来ているのでしょうか。

でもそういえば、昨日のあの件はどうなったのでしょう。気になるので、まずメールを読んだ方が良い気がします。新しいニュースがないかも気になります。

しかし立ち上がったパソコンにログインして、あなたがブラウザのアイコンをクリックしようとマウスを動かすころには、今朝の最初の電話が鳴り始めています。

次の瞬間、何をすればいいのでしょうか?

Life + ? = Lifehack

一人の個人が把握しなければいけない情報が爆発的に増えている反面、仕事や雑事は減るどころかますます増えている気さえします。あなたが上述したようなビジネスシーンでばりばりと働いているビジネスマンであれ、卒業論文の作業に追われている学生であれ、あるいは日々の家事に追われている主婦であれ、ライフハックは次第に時間に追い詰められている私たち一人一人のニーズに答える形で人気を得たのだと思います。

人それぞれに様々なライフハックがあって、ブログや掲示板では無数の人々が自分の経験やテクニックを交換し合っています。この連載では、この数年で人気を博したさまざまなライフハックを比較してみたり横断的に考察して、皆さんが自分だけのライフハックを考えるきっかけになればと思っています。

第一回は、ライフハックのブームの火付け役ともなったDavid AllenのGetting Things Done(GTD)にまつわる話をご紹介したいと思います。GTDの基本については、別連載GTDでお仕事カイゼン!で見事にまとめられていますので詳しくはそちらをご参照いただくとして、ここでは「どのようにしてGTDを実践すればいいの?」という話題をご紹介したいと思います。

GTDするべきか否か、それが問題だ

アメリカのライフハック系ブログでは、時折「GTD Purist(純粋GTD信奉者⁠⁠」という言葉がでてきます。これはGTDをDavid Allenの本にでてきたその通りに構築しないといけないと考えている人のことを揶揄した言葉です。GTDの基本は簡単ですが、それでもこんな言葉ができてしまうほど、GTDの実践の仕方には千差万別があって、様々な人がさまざまな取り組みをしています。実際に存在するかは別として、典型的なGTD purist像は、

  • すべてのタスクをGTDのスキームに沿って処理しないといけない
  • 43個のフォルダをきちんと使っていないといけない
  • 週間レビューは必ず週一回しないといけない

と、ちょっと思い詰めている人のようです。でもいかがでしょう。ここまで完全にGTDを実行していると、仕事をしているのかGTDをしているのかわからなくなってしまう気はしませんか?

実際、GTDをどのようにして「実装」するのか、という質問はライフハック系のブログで最も繰り返し話題になっていることの一つです。

すべてを実装する必要があるの?

43foldersのMerlin MannとDavid Allenの対談、Productive Talkの第7回で、Merlinはまさにこの点をDavid Allenに質問しています。⁠どのようにGTDを⁠実装⁠するのが一番良いのか?」という問いです。

それに対してDavidは、どのようにGTDのシステムを維持するかではなくて、それを意識しないようにするのが問題なのだと答えています。⁠GTDの習慣が車のクルーズコントロールのように動作して、何も考えなくてもGTDのシステムにそって行動ができるようになるまでには、だいたい2年くらいかかるよ」と彼はコメントしています。Davidのコンサルティングをじかに受けている人でも、⁠ああ、そういうことだったのか」と得心がいくまでそのくらいはかかるのだそうです。

ここで出てくるクルーズコントロールというのは自動車の追加機能で、アクセルを踏んでいなくても速度を維持して、ドライバーの疲労を軽減してくれるものです。つまり、GTDも同じで、必死にアクセルペダルを踏みしめてGTDを実践している段階から、意識しなくても普段の仕事をプロジェクトリストやコンテキストに振り分けられるようになるまでには訓練が必要だということです。

また、GTDに挫折する人の多くは、一度に全部を完璧にやろうとしすぎて、GTDのシステムに心を奪われすぎているとDavidは指摘しています。いったん、タスクを頭で暗記せずにリストで処理する習慣が身についたなら、実際のGTDのワークフローやシステムは透明な背景となって消えてしまうべきなのだということです。

このことををふまえた上で、これからGTDを実践しようとしている人にむけて彼は二つのことを勧めています。

一つ目は、頭のなかにあるものをメモするための時間を確保することです。たとえばGTDに慣れていないうちは、朝の30分ほどを頭をクリアにするための時間として専用にとっておくのが良いそうです。この習慣はいくつものブログで「時間をファイヤーウォールする」と呼ばれている習慣で、他に何もやらない聖域の時間をあらかじめ区切るというものです。この時間は他の仕事や電話のような中断を一切受けずに、頭をクリアにするためだけに利用します。

二つ目は、すべてを書き留めるという習慣です。⁠いま、何が君の頭に浮かんでいる? それを書き留めるんだ。何か気になっていることがあるか? それも書き留めるんだ⁠⁠。こうして、入力されてくるすべてのタスクを頭の中から手帳に移してゆく習慣がまずできれば、あとのGTDのプロセスは非常に楽になるのだという話です。

「GTDに挫折した人にアドバイスはある?」という質問に対するDavidの答えは「GTDは挫折しやすいけど、もう一度始めるのも楽なんだ」というものでした。さらに、Davidは「2年かかると言ったけど、やればやるほど良くなっていくのさ。とにかく続けてみることが大事なんだ」と続けています。本を読んで実行してみたけど挫折してしまったという人も、まずは頭のなかの雑念を書き留めるところから、再起動してみてはいかがでしょう。

少しずつGTDの習慣を身につける

GTDを一度にすべて実践するのではなく、簡単なことから少しずつ習慣づけてゆこうという試みも生まれました。それがZen HabitsのLeoが提唱しているZen to Done(ZTD)です。

ZTDはGTDに取って代わるものではなく、考え方を変えた取り組み方です。複雑なプロジェクトリストやTo Doリストの維持に時間をとられるよりも、まずGTDの実践に不可欠な「頭をクリアにする」習慣や、⁠週間レビューをする」といった習慣を段階的に身につけようというものです。全部で10の習慣で構成されていますが、不可欠だと思われる5つを選んで紹介します。

第1の習慣、ユビキタス・キャプチャー

ここでいうユビキタスとは人生に入り込んでくるすべてを、という意味です。飛び込んでくる情報や、⁠あれをやらないと」と頭で覚えていたすべてを手帳やメモ帳に記録していく習慣のことです。情報を頭で抱え込むのではなく、例外なく頭の外にメモすることによってものごとに忘れる余地を与えないことと、また手帳に対する信頼感を作ります。この信頼感があとのステップで意味をもってきます。これは上でDavidが勧めていたのとまったく同じテクニックです。

第2の習慣、インボックスの処理を高速化

ちゃんとGTDをしている場合には、⁠2分以下のタスクは実行」⁠それ以外はレファレンス、あるいはプロジェクトリスト、あるいは他人に回送する」といった複雑なステップが入ってきます。しかしZTDではまず、インボックスから取り出したタスクについて「これについて何をするつもり?」という質問だけに答えるように習慣を作ります。ステップ1のキャプチャーの習慣と、この「その場で決断」という習慣の二つだけで、何一つ仕事をする前から仕事を制御下においているという心理的な余裕が生まれてきます。

第3の習慣、最重要事項を選ぶ

GTDのあらゆる細部にわたって一週間に一度レビューをするのが最初は負担かもしれませんので、まずは次の一週間で最も重要なタスクに印をつける習慣をつくります。あらゆる小さなタスクはステップ1のユビキタス・キャプチャーの段階ですでにキャッチしているはずですが、些事に奔走するだけにならないためにも、まず最重要事項を決める習慣をつくると、エフォート(努力)に対するパフォーマンスの割合が格段に上がります。

第8の習慣、簡単化

GTDに慣れてくると誰もがここにおちいるのですが、思いつくものすべてをToDoにいれていると、そのリストの長さが非常に長くなり、自分の人生がToDoリストに人質にされているような気分になってきます。これはGTDのシステムに振り回されている症状ですので、その場の思いつきだけで「いつかやる」リストに加えられていて、今ではすでに興味や重要性を失っているプロジェクトをあっさりと消去できる習慣を身につけるという段階が必要になります。

第9の習慣、ルーチンを作る

GTDはいろいろな実践の仕方が考えられる「ゆるい」システムですが、そのゆるさが逆にGTDを実践するときに「いつ何をすればいいのか、わからない」という足かせになっている場合があります。これを防ぐために、朝仕事を始めるときは最重要事項のチェック、メール確認は昼、仕事を終えるときにスケジュールチェックというように、日々の自分の仕事のパターンをGTDを意識した一つの流れ作業として書き出しておくことで、能率の高い行動パターンそのものを少しずつ習慣にしておくことをします。

ここで紹介したものだけでも、一つのステップあたり30日間を目安に習慣をつけてゆくと、⁠GTDを実践しているぞー」という感じから、何も考えないうちからGTDが実践できているという状態に少しずつ変わってきます。

やりかたは人次第

GTDは万能の仕事術ではありませんが、ストレスを格段に軽減させて仕事をこなすためのフレームワークとして非常に有効なものです。ある人にとって一番有効なのはユビキタス・キャプチャーかもしれませんし、ある人にとっては「すべてをインボックスに」という習慣かもしれません。大事なのはこれらの自分流にカスタマイズして、システムとしてのGTD自体は忘れてしまっているのに、でも仕事は最小限の力でこなせているというクルーズコントロールの状態を作り出すことです。

私も日々失敗しながら、それを探してゆくプロセスを楽しみつつ、自分だけの新しい習慣作りを目指している最中です。みなさんもぜひ自己流GTDに挑戦してみてください。

次回はGTDとライフハックのツールとして、オンラインのものがいいのかアナログのものがいいのか、という永遠のテーマについての話題をご紹介したいと思います。

Happy Lifehacking!

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