網界辞典づくりに向けたメンバーたちからのプレゼン。篠田は独特の世界観を繰り広げながら語り始めました。
「1970年3月31日、 日本赤軍派は、 フェニックス作戦を敢行しました。世に言う日航機よど号乗っ取り事件です。 “われわれは明日、 羽田を発 (た) たんとしている。われわれは如何なる闘争の前にも、 これほどまでに自信と勇気と確信が内から湧き上がってきた事を知らない。……最後に確認しよう。われわれは明日のジョーである”」
篠田の言葉は止まらない。和田は、
「篠田さんのお年だと、 大学生になったときには学生運動ブームは終わっていましたよね」
室員全員があっけにとられているのを尻目に、
「当時自分は小学生でした。しかし世界の戦場では同じ年齢の少年兵が立派に戦っています。事件の翌日の4月1日にアニメ 『あしたのジョー』 の放送が始まったのを昨日のことのように覚えています。ちなみに、 ハイジャック犯の声明文にある “明日のジョー” は正しくは “あしたのジョー” です」
篠田と和田の目が合った。完全に目が据わっている。和田は意識して、
篠田はしばし和田の視線を受け止めていたが、
「篠田さんは、 戦争や革命をしたかったんですか?」
和田は子供のようにストレートな質問を投げた。
「違います。私は “平坦主義者” です」
篠田は、
「ティモシー・ メイやデビッド・ チャウムの予言した世界が実現しているのです。サイバー空間は平坦な戦場です。この意味がわかりますか? 戦わない人間は死にます。いや生ける屍です。1日中ネットにしがみついてそのうち自殺するか、 社畜になって過労死するんです」 「なるほど、 興味深いお話です。では、 篠田さんに次の発表をお願いしたいと思います」
和田は華麗にスルーした。篠田は、
翌日、
歪莉の今日の服装はパステルカラーのワンピースだ。春を感じさせるさわやかな色使い。3時間以上かかったであろうナチュラルメイクは、
傍らを通り過ぎたとき、
昨日、
歪莉が念入りに装ってきたのは、
「倉橋さんは、 いつも早いですね」
和田がそう言うと、
「……遅刻が怖いんです」 「別に遅刻しても、 たいして問題になりませんよ」 「あたし、 子どもの頃からいろんなこと、 どうでもいいことを心配してました。いやなんですけど、 止められないんです。おかしいですよね」
和田の目が揺れる。おかしくないですよ、
「確かに、 おかしいですね。知人の入院している病院をご紹介しましょうか?」
和田が、
「篠田さんの次の発表は、 倉橋さんにお願いします」 「ひい」
歪莉が腰を浮かし、
「なにを驚いているんです。全員、 順番に発表するんです。水野さんは最初だったので甘くしましたが、 倉橋さんは厳しくチェックします」 「昨日のあれが甘いんですか……あ、 あたし、 和田さんになにか悪いことをしましたか?」
歪莉は震える声で、
今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!
- フェニックス作戦
- 『あしたのジョー』
- 平坦主義
- 平坦な戦場
- ティモシー・
メイ - デビッド・
チャウム - 『文学少女インセイン』
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。
- 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。
- 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。
- 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
- 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。