倉橋歪莉は、
いっそのこと窓から飛び降りて事故で欠勤しようかとすら思うほどだ。パソコンのフォルダはムダにたくさんできている。
歪莉には和田の求めているものがわからない。篠田の発表には好意的に見えたが、
考えれば考えるほど、
── 時計の音? 秒針のある時計なんてないのに……
不思議に思った歪莉が音のしている方向に目を向けると、
── なぜあたしは小堺一機なんて書いたんだろう?
小堺一機……
翌朝、
毎朝歪莉に何か言うことにしている和田だが、
果たして今日のプレゼンはどうなるのだろうと全員が不安と期待でいっぱいだった。
「さて、 時間になりました。本日のプレゼンは倉橋さんです。準備はよろしいですか?」
和田はつとめて事務的な口調で歪莉に話しかけた。
「はい」
歪莉は答えると同時に立ち上がり、
会議室に入ると歪莉は部屋の隅に自分のiPhoneを置き、
歪莉は羽織っていた黒いコートを脱ぎ捨て、
長い髪をまとめ、
「よい子のみんなは、 元気かな? 今日も元気にソーシャルネットワークについてお勉強しようねえ」
病的に明るい声で歪莉が叫びながら踊り出した。完全にアドリブだが、
「フェイスブックはY」
歪莉はそう言うと、
「グーグルプラスもY」
そのままの姿勢で続ける。
「でも、 ツイッターはT」
そう言うと、
「じゃあ、 LINEは、 何かな?」
異常なハイテンションを撒き散らす歪莉の笑顔の前に、
「みんな、 わからないの? LINEはTなんだよ」
そう言うと再び逆立ちして両脚を広げる。見ている方は、
気がつくと、
「いったい、 何が起きてるの?」 「平成版 “ええじゃないか”?」 「あれ、 倉橋さんでしょ? 危なくない? ってか、 すでにそういうレベルじゃないかも」 「倉橋さんなの? 出雲の阿国かと思った」
会議室の扉が開けられ、
普段の歪莉ならこんなにたくさんの人間に見られたら、
和田はBGMの向こうに世界がきしむ音を聴いた。ここはすでに彼岸なのだと思う。今年のお盆休み、
今週登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!
- 『THE TOXIC AVENGER』
- ビアズリー
- 立花道雪
- 『エマージェンシー清水さん』
- 岡村靖幸
- ”ええじゃないか”
- 「出雲の阿国」
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。
- 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。
- 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。
- 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
- 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
- 古里舞夢
(ふるさとまいむ) - 年齢36歳。身長165センチ、
体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、 和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。