『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第20話 『ビデオゲーム・ハイスクール』Oculus Riftを利用した全世界同時ライブプレゼンシステム=ゲヒルンの中で倉橋歪莉は神になる。夕陽のストーンヘンジに集結した354人は未来を見る

  • 「ボットネット……それは私たち自身」

新宿にあるライブスペース=ネイキッドロフトに倉橋歪莉の声が響いた。会場のテーブルや椅子は全て片付けられ、なにもない空間に20人ほどの観客が蠢いていた。

網界辞典準備室の第二回プレゼン。プレゼンターは倉橋歪莉とあって、参加希望者は千人を超えていたが、安全のため少ない人数での実施となった。

  • 「私たちも彼女の世界にダイブしますか」

会場の片隅に準備室メンバーが陣取っていた。和田が落ち着いた声でつぶやく。篠田は落ち着きなく周囲を見回し、内山は顔をしかめる。

  • 「倉橋さんに言われたように、Oculus Riftを装着しましょう」

和田が言うと、全員が手に持ったOculus Riftをかぶった。視野角110度、遅延の少ないトラッキング、そして安価。話題のVRヘッドセットだ。一般参加者は入場の時から装着している。

一同は漆黒の闇の中にいた。時折、遠くを流れ星が横切る。

そこに真っ赤なプラグスーツを来た歪莉が現れた。一同の視線がそちらに集まる。いつもと違い自信に満ちた凛とした表情を浮かべている。

  • 「現代は補完と集積の時代です」

歪莉の声が響くと、会場に集まった全員が夕陽のストーンヘンジにいた。リアルタイムで互いの姿を確認し、会話もできる。このイベントのために内山が数日徹夜して作り上げたシステムだ。全参加者の情報をサーバに送り、位置情報とアバター情報を付加して送り返す。アメリカのゲーム会社で開発中のOculus Rift用対戦型FPSゲームのソースコードを参考にしたという。

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和田はドラミちゃん、篠田はガイフォークス、水野は中世の騎士の姿をしていた。全員そろうとわけがわからない。

  • 「なぜ、あなたは透明なんですか?」

内山は、透明なゼリーのような物体になっていた。

  • 「僕はこのシステムの管理者ですから、目立たないようにしました」
  • 「それにしても、これはすごい」

篠田が髭を撫でながら感嘆すると、透明ゼリー内山は少しうれしそうにぶるぶる震えた。

  • 「たいしたことありません。本番はこれからです」

内山は、誇らしげにつぶやいた。

  • 「さあ、世界へ接続しましょう。」

歪莉がそう言うと、風景がぐわんと歪んだ。すぐに元に戻ると、周囲に人が満ちていた。視界の右隅にストーンヘンジの全体像が小さく表示されている。

  • 「会場以外からの参加者を入れました。参加者は、全体で354名です。うち、海外からの参加は27名。リアルタイムで私たちは同じ空間にいるのです」

歪莉が説明した。

  • 「これが本番。リアルタイムで世界中とライブイベントできる。同時接続千人まで可能なシステム、ゲヒルンです」

内山が、つぶやく。和田はさぞかしドヤ顔をしているだろうと思って内山を見たが、ゼリー状のため表情どころかどこに顔があるのかもわからない。それにしてもゲヒルンというネーミングは内山らしい。

  • 「インターネットは人間の可能性を広げると同時に、その弱点や暗部も拡大しました。本当なら表に出ることのなかった危険な種子が世界中に撒き散らされたのです」

歪莉がそう言うと、瞬時に歪莉が増殖した。全ての参加者の隣に歪莉が現れたのだ。VRでなければできない芸当だ。参加者の正面に立ち、まっすぐに目を見つめ、手を取る。参加者は、Oculus Riftに加えてVRグローブを付けている。歪莉が手を握る画像が流れると同時にグローブが人間の体温を伝え、握っているかのような圧力を加える。

  • 「ウソだとわかっていても、どきりとしますね」

真っ赤な顔をした水野がつぶやいた。

  • 「それにしても、この倉橋さんはオリジナルとかなり違いますね」

歪莉に正面から見つめられ、手を握られる感覚に、違和感300%の和田が足下のゼリーに訊ねた。

  • 「本人が作ったシナリオ通りに動いています。僕は内容には関知していません。ちなみにオリジナルに比べると、VR倉橋さんは、ウエストは五センチ絞り、胸は十センチ膨らませています。いわゆるVR詐欺というヤツです」

内山が淡々と答えると、和田は目の前の歪莉の胸をのぞき込み、道理で大きいと思いました、と答えた。それから、まばたきによるジェスチャーコントロールで参加者一覧を表示させ、そこから綴喜堕姫縷(つづき だきる)を検索する。

  • 「私は堕姫縷さんに会ってきます」

和田がそう言った瞬間、彼女の姿はかき消えていた。リアルの和田は一歩も動いていないのだが、ストーンヘンジの和田は内山たちの前から姿を消し、堕姫縷の隣に現れた。

ストーンヘンジの石の柱のすぐ横。鮮やかな夕焼けがよく見える。堕姫縷は、実写のアバターを使っていた。二次元アバターが多い中で妙に艶やかに見える。

  • 「あら、どうしました?」

和田に気づいた堕姫縷が声を上げる。

  • 「テレポーテーションをやってみたかったんです」

夕陽に頬を染めた堕姫縷は、妖しいほどに美しかった。和田は瞬時見とれた。だが、美しい風景とは裏腹に頭の中には、⁠細菌汚染』が鳴り響いていた。倉橋歪莉の狂気は期待を裏切らないと和田はわくわくした。

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1巻 こちら、網界辞典準備室!
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
綴喜堕姫縷(つづきだきる)
容姿は女性、性別は男性。身長172センチ、体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、本社には詳細な人事情報がない。

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