- 「ご説明しましょう。倉橋さんは現象学少女あるいは妖精事務員たみことなって被験者の精神世界にダイブしています。精神世界を保護していたATフィールドを無効化し、
相互主観性を破壊しています。そこにあるのは、 素の被験者の世界です。モンスターとして倉橋さんの前に現れたのは、 被験者が認識しているビジネスという概念。化け物になってしまったのは、 相互主観性が破壊されているため、 共通の相貌認識が不能なためでしょう」
内山がずらりと並んだ計器を背に解説を始めた。その場の誰も理解することができないことを得意げに語る姿は、
- 「相互主観性がないということは、
倉橋さんと被験者はエスノメソドロジー的実験の一環として、 バトルを始めようとしているのか?」
眉を顰めた顔で篠田が、
- 「その通りです。互いに理解できない存在同士が対峙すれば、
戦いは避けられません。倉橋さんがその戦いに勝てば、 彼女なりに被験者のビジネス世界を解釈することが可能になります」
背中をそらして内山が答えると、
- 「もし負けたら?」
水野が心配そうな声を出す。
ホログラフではビオランテの如く不定形かつ適当な造形のモンスターが、
- 「まどマギみたい」
堕姫縷がつぶやくと、
- 「イカ煎餅みたいな造形は、
むしろシャムシエルでしょう」
和田が返した。横の篠田は、
永遠に続きそうなモンスターの触手攻撃にも終わりがきた。たみこの一瞬の隙をついて、
- 「あっ」
たみこは、
- 「えすくれめんとぉぉぉ」
どこに口があるかわからないが、
- 「えすくれめんとぉぉぉ」
モンスターは再び咆哮し、
- 「やめろ! やめさせてくれ! 本当に大丈夫なのか?」
水野が悲鳴をあげて、
- 「あれはあくまで心象風景あるいは夢のようなもの。心配にはおよびません」
内山は冷ややかに答えたが、
- 「大漁だあぁぁぁぁぁぁ」
モンスターが叫び、
- 「なんですか、
このリョナ展開は?」
あきれ顔の和田は内山をにらんだが、
- 「そんなことよりも、
負けたらどうなるんだ? 答えろ! 内山!」 - 「負ければ、
被験者の世界観で倉橋さんのビジネス世界が解釈されます。果たしてそれが我々にとって解読可能かどうかは見てみないとわかりません」 - 「ききたいのは、
そこじゃない。彼女の身に危険はないのか?」 - 「すでに説明した通り、
彼女はこれ以上悪くなりようがありません。同じことは被験者や我々にも言えます。エスノメソドロジー的実験バトルで負けても状態は悪化しません。すでに正常との境界線ぎりぎりですからね」 - 「……僕だけは違いますけど」
- 「なんの成果もあげられませんでしたぁ」
- 「精神が不安定のようですね。いつも通りとも言えますが」
- 「もういいでしょう。外しますよ」
- 「水野さん……ありがとうございます」
- 「被験者の世界観で、
世界が解釈しなおされています」 - 「ザ・
ブックです。あそこに、 彼の世界が凝縮されています」 - 「世界を回収しました」
- 『プレスリーVSミイラ男』
- ビオランテ
- まどマギ
- 資本論
- シャムシエル
- えすくれめんとぉぉぉ
- リョナ
- なんの成果もあげられませんでしたぁ
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。 - 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。 - 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。 - 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。 - 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。 - 古里舞夢
(ふるさとまいむ) - 年齢36歳。身長165センチ、
体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、 和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。 - 綴喜堕姫縷
(つづきだきる) - 容姿は女性、
性別は男性。身長172センチ、 体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、 バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、 本社には詳細な人事情報がない。
水野が甲高い声で内山に怒鳴る。そこにいた誰もが、
内山は平然と全員の予想を裏切る答えを口にした。
内山の言葉に全員が、
内山が小さな声で漏らすと、
歪莉が目覚め、
内山の冷静なノリツッコミに、
水野は歪莉に駆け寄ると、
感激した歪莉が嗚咽を漏らしながら礼を言い、
ホログラフは花畑から一転して荒廃した都市の風景に変わっていた。イカ煎餅のモンスターは、
老人は一冊の本を大地に置く。
内山はそう言うと、
内山の言葉を耳にした和田は、