株主総会の2日前の深夜、
株主総会といえば、
歪莉はプレッシャーのあまり怪文書でも流したくなった。先に怪情報で株価が下がっていれば責任を問われないと思ったのだ。しかしすぐに思い直した。他人が自分に仕掛けた悪さの尻尾はつかめないが、
突然のプレゼンター指名以来、
メールもなにも全部見られているに違いない。会社が社員のデータを勝手にのぞき見ているのだ。それだけではなく、
自分を盗聴してなんになるんだと思う一方、
幻聴や妄想が統合失調症の典型的な症状だというのは、
歪莉は会社の社員の顔を思い浮かべた。頭も性格も悪いのがそろっている。そもそもIT技術者は愚かだ。チューリングの停止性問題やチャイティンのオメガを知らないから、
そこまで考えてプレゼンのことを思い出した。社内いじめじゃないか、
自分をいじめている連中に復讐してやりたい。猫の死体を買ってきて盗聴しているヤツらの家のポストに詰め込んでやる。陰口をたたいているヤツらの口を畳針で縫い付けてやる。ネットのうらみはらさでおくべきか!!!
歪莉はネットの匿名アカウントのフォロワーの中でもとくに自分をちやほやしてくれている数人に、
途方にくれた歪莉は頭を冷やすために深夜の街に散歩に出て、
バチバチと音を立て、
- 「こんばんは」
歪莉の挨拶に輪子はつぶれかけた目を向けたが、
- 「古い機械の記憶はすべて白日の下に晒されることになるね」
歪莉の横を通り過ぎる時、
- 「どういう意味?」
- 「計算速度が向上すれば数年後に全ての暗号は実用的な時間内に解かれ、
電子署名は意味を喪失する。電子の記録は改竄し放題になる。デジタルデータの実効性は常に数年間しか保証されない。匿名暗号通信もログを残しておけば、 数年以内に全て解読されるさ」
突然なんの話だろうと訝しく思うが、
- 「あたしの死体を買ってくれない?」
とりあえず口を開くと、
- 「いいけど、
その金、 誰がいつ受け取るの? 自分は死んでるから受け取れないよ」
輪子はまったく動じず、
- 「あっ、
なんてバカなんだろう。死んだらなにもできない」 - 「死んだら屍屋になればいいのさ」
- 「屍屋!? あ、
あたしがどれだけがんばってきたと思ってるの? この会社で認められるためにいろんなことをしてきたんだってば」
言ってから屍屋を営む輪子にひどく失礼な言い方だったと気がついた。
- 「でも、
不幸なんだろ?」
輪子は気にする様子もなく、
- 「それはそうだけど……きっと運が悪いのよ」
- 「運が悪いのは努力を怠るための言い訳。だって運が悪いというのは成功確率が他の人よりも低いということだから、
試行回数を増やせばいいだけのことでしょ。他の人が10回に1回するのに自分は100回に1回しか成功しないなら、 10倍やればいいだけのことだよね」 - 「なんで正論を言うの? 正論なんか聞きたくない」
- 「そうやって逃げてばかりだから行き場がなくなるのさ。逃げればその場所には戻れなくなる。どんどん居場所が減っていって、
屍屋に行くしかなくなる」
歪莉は言い返す言葉もなく、
チアノーゼになりながら赤ワインを嘔吐するもうひとりの自分がリアカーの荷台にいたような気がして歪莉は身震いした。これじゃ粗忽長屋だ。
突然ですが、
『網界辞典 終わっちゃったよアンケート』
- 網界辞典 終わっちゃったよアンケート
- http://
www. surveymonkey. com/ s/moukai
今回登場したキーワード 気になったらネットで調べて報告しよう!
- 『羊たちの沈黙』
- 「設立以来もっとも順調に成長しているのは資本金」
- 致死量ドーリス
- NSAの職員の中には、
自分の恋人や配偶者のメールやネSNSのやりとりを勝手にのぞいていた連中もいた - チューリングの停止性問題やチャイティンのオメガを知らないから、
納期という概念が成立すると信じている - どのようなシステムも究極的には、
正しく動作することを誰も保証できない - 屍屋の輪子
- 計算速度が向上すれば数年後に全ての暗号は実用的な時間内に解かれ、
電子署名は意味を喪失する - 粗忽長屋
- お覚悟はよろしくて?
- 和田安里香
(わだありか) - 網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、 体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、 どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、 自分の趣味のプロジェクトを開始した。
- 倉橋歪莉
(くらはしわいり) - 法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、 誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、 フラストレーションがたまりすぎると、 爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では 『裸の王様成田くん繁盛記』 というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです」。
- 水野ヒロ
(みずのひろ) - 網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、 体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、 最近自分の人生に疑問を持つようになり、 奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に 「そんなことは誰でも思いつきますけどね」 などと口走るようになり、 打ち合わせに出席できなくなった。
- 内山計算
(うちやまけいさん) - 網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、 体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
- 篠田宰
(しのだつかさ) - 実例担当
年齢44歳、身長165センチ、 体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
- 古里舞夢
(ふるさとまいむ) - 年齢36歳。身長165センチ、
体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、 和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
- 綴喜堕姫縷
(つづきだきる) - 容姿は女性、
性別は男性。身長172センチ、 体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、 バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、 本社には詳細な人事情報がない。