はじめに
私はシステムエンジニア(SE)のマネージャをしています。このたび「エンジニアのジレンマ」というタイトルで連載をさせていただくことになりました。
システムエンジニアは、システム開発プロジェクトに参画し、それぞれの立場でプロジェクト内の役割を果たす事が主な仕事です。しかし、目に見えない「システム」というものを設計・構築していくため、他の業種に比べて様々な問題が発生する確率が高いと確信しています。
私自身、これまで何度もお客様事情と社内事情の板ばさみにあったり、社内の役割分担に悩まされたりと失敗を繰り返しながら、上手くいく術(立ち回りといえば良いでしょうか)を身に付けてきました。
昔は「もうやめたい」「明日、会社に行きたくない」と何度思ったことか……。それでも何とか稼働させた時の感動をやりがいに切り抜けてきました。私のツレがもし、一番きついときに「そんなにつらいなら会社をやめたら?」と言っていたら、ポッキリと気持ちが折れてた自信もあります。まぁ、ツレが弱音を吐いたくらいでは許してくれない鬼嫁だったのが救いだったでしょうか(本心です)。
このような「同じような悩みはみんな持ってんじゃないの?」というのが率直な意見です。というのも、システムエンジニアがうつになる割合も高いように思いますし、システムエンジニアという仕事の限界さえ感じることがあります。
そこで、過去の経験や周りで起こった出来事を振り返り、エンジニアの立ち位置について考えるというのが、本連載の主旨です。皆さんに、この経験を伝授したい、気持ちを共有していただければ幸いです。
なお、元になる経験はとてもリアルなものですが、内容には一部フィクションを含みます。リアル過ぎて書けないこともあるので、その点はご勘弁を。
エンジニアの理想
最近、我が社にも新入社員が入社してきました。ピッカピカの1年生です。システムエンジニアの仕事内容はもとより、まだ社会人と学生の違いも十分理解できていない方たちです。
何人かの新入社員に「どんな仕事がやりたいの?」と聞いてみると、「世の中の役に立つ仕事がしたいです。例えば、介護関係とか、環境関連とか……」と複数の人から答えが返ってきました。「まぁ、システムエンジニアの現実の厳しさを知らんからなぁ。そのうち現実の厳しさが分かってくるだろう」と思いつつも、その目は初々しく、とてもかわいく思えました。
それから数日後、来年度の新入社員採用の面談をする機会がありました。会社の将来と面接に来た学生の人生を左右する大事な仕事で、ワクワクドキドキでのぞみました。
その面接の中で、あろうことか「何故、システムエンジニアになられましたか?」と逆質問を受けました。
面接対策を謳うWebサイトの中には、逆質問してみようというコーナーがあるくらいですので、ある程度予想はしてました[1]。「Webの通りだな」と思いつつ、質問に素直に答えました。
「当時、これからはコンピュータが注目される時代と思ったんで、世の中の役に立てると思ってSEを目指しましたよ」
ありゃ、これでは新人くんと一緒です。システムエンジニアになりたかった時の理想なんて。いやいや、面接の時だから本音が言えなかっただけ? 他の面接官から見ても愚答に見えたのでしょう。その後、フォローの説明や回答が横から入りました。
もっと気の利いたことが言えなかったのだろうかと思う反面、若かりし頃の自分の気持ちややりたいことを振り返りました。「なんでシステムエンジニアになりたかったんだろう?」と。
「世の中の役に立つ」は大げさでも、営業には向いていないし、プログラムを作るのも好きだし、「システム構築を通して、お客様に喜んでもらう」のが私のエンジニアになる動機だったのは間違いありません。考え抜いた結果、ひとつの思いが出てきました。
それは「あなたに発注したい(頼みたい)」と言ってもらえるお客様との信頼関係の構築です。シンプルだけど素直な気持ちに気付きました。多くの人も似たような価値観なのではないかと思います。
しかし、この喜ばれたいという期待と嫌われたくないという不安が、時に大きな問題を巻き起こすこともあるのです。
システムエンジニアの仕事内容について
ここで、システムエンジニアの仕事内容について、少し触れておきたいと思います。今後、いくつかの事例を紹介していくのに、そのようなものは分からないとか、自分の仕事と違うとか指摘されても困りますから。でも、自分の仕事と違っても参考になると思いますので、ご安心を。
エンジニアは大きく分けて、プロダクトエンジニアとシステムエンジニアに分かれます(あくまでも大きく分けてです)。営業をセールスエンジニアと言いますが、ここでは営業職は含まないことにします。
プロダクトエンジニアは、製品開発(パッケージ商品や基本ソフトのようなもの)に携わるのが主な仕事で、一般的にお客様先に出る機会が少ない職種です。一方、システムエンジニアは業務アプリケーションを構築するのが主な仕事で、お客様先に出る機会が多い職種です[2]。
また、システムエンジニアの中にも、色々な立場があります(図1)。専門的に一つの事を行う人もいれば、一人で全部こなす人もいます。
さらにシステムエンジニアは業種でも分かれていて(金融系、製造系、流通系、公共系など)、多くの場合は業務知識も要求されます。
これが全てできるシステムエンジニアのことを、世の中ではスーパーSEと呼びます。多くの人がスーパーSEになれるのかと言えば答えはもちろんNOです。ほとんどのシステムエンジニアは「スーパーでないSE」です。
しかし市場は許してくれません。競合他社も多く、なかなか自分の思い通りにコトが進まずに悩むのです。本連載では、各場面での色々な立場でのジレンマをとりあげます。
システムエンジニアは「コンピュータのプロ」という殺し文句がジレンマのはじまり
システムエンジニア以外の方からは「コンピュータのことなら、システムエンジニアに何でも任せれば良い」と思われています(たぶん)。しかし、業種も広ければ専門分野も広く、一人で何でもできるわけではということは分かると思います。特に業種特有の知識は永年の経験がないと身につきません。
けれど実際の現場は、「やって当たり前」「知ってて当たり前」といった接し方をされ、知らないことがあれば「プロなんでしょ」と批判され、失敗したら能力がないとみなされてしまいます。
でも考えてみれば、その通りです。お客様は多額のシステム投資をしているのです。この何とも言えない期待感(お客様だけでなく社内の期待も含め)に応えようとする気持ちが時には成長を促し、時には大きな失敗をうみます。「実力不足や経験不足」と「プロである自負」がうみ出すジレンマをごまかすことが不幸のはじまりとも知らずに。
エンジニアとは、できないことができないと正直に言えない生きものであり、いつもプロジェクトが失敗する恐怖と背中合わせです。最近では、プロジェクトマネージメントの技術が大きく取り上げられていますが、恐怖を拭い去る手段をみんな求めているためでしょう。
今回は第1回ということで、システムエンジニアの仕事について、理想と現実を考えてみました。
次回以降は、具体的な陥りやすい事例を元に、お客様に喜ばれたいと思いながらも、時には怒られ、嫌われ、泣きつかれを繰り返してきた苦い経験と些細な喜びについて、経験や考察を元にエンジニアってどんな生きものなのかを考えていく予定です。