すべては提案活動から
2008年秋以降、景気が急速に悪化し、多くの企業は設備投資を控えています。システム投資においても、経費削減に即効性が期待できるもの、システム導入しなければならない理由があるものを除き、買い控えをしているケースが多いようです。IT業界は不況の影響を大きく受けている業種の1つでしょう。
過去を振り返ると、1990年代のバブル景気崩壊後の数年間も同じような状況がありました。バブル崩壊からIT業界が復活した経緯は、1995年頃からWindowsや電子メールシステムを始めとしたグループウェアが登場し、現在では当たり前となっているPCの導入やLAN構築等のインフラ整備をするお客様が増えはじめたことによると思います。
オープンシステム[1]が登場したのもこの頃です。お客様の立場からすると、ハードウェアベンダーに依存しなくても様々なベンダーとの取引が選択できる機会が広がり、より良い提案を受ける機会が格段に増えたのです。
ITベンダーにとっては、これまでお客様から個別に受けていた提案依頼が複数のベンダーに出されるため、過当競争となりました。
1990年代後半からこの競争が急速に加速していきました。私自身、会社対会社で永年付き合ってきたお客様が、別のベンダーに声を掛けて本気で提案依頼を受ける場面に遭遇し、「これまで一緒に苦労してきたのに、そりゃないよ」と思うこともこの頃から増えました。ひとつひとつの提案で競合他社から受注を勝ち取ることは、競争相手が増えたことにより、一層大変になりました。
2000年代に入り競争は更に激化していきましたが、ゆるやかながらも景気が右肩上がりだったため、各社は競って事業を拡大していきました。しかし、サブプライムローン問題に端を発した不況で需要は急激に落ち込み、本当の意味でお客様への価値を提案できるベンダーしか生き残れない時代を迎えています。そして、提案力のないベンダーは市場から退場しなければならない時代がやってきました。
今回は、提案活動におけるエンジニアのジレンマについて考えてみたいと思います。
提案依頼に至るまでの道のり
著者は主に製造業のお客様を担当しています。製造業のお客様の多くは、生産管理システム[2]を導入するにあたり、半年~数年の間、システム導入検討を行うのが一般的です。また、一度ベンダーを決定すると比較的長く導入したシステムを利用するのも特徴です。
そのため、案件が成熟する早い段階からお客様にアプローチを行い、案件化するまでに長い時間をかけて、お客様との信頼関係を構築するプロセスが大変重要となります[3]。
多額の投資を行う上、最低でも5年以上の長い付き合いを行うベンダー選定は慎重に行われるのです。実際、2週間以内に提案書を提出するようにといわれ、徹夜で何百枚もの提案資料を作成したにも関わらず、簡単に落とされた経験は何度もあります。
営業とSEの立場の違い
案件が成熟するまでのお客様との関係構築は、主に営業の仕事になります。営業はすぐに案件化するかどうかを見極めながら見込み客を探し、長い時間を掛けて、お客様との関係を構築していきます。
苦労の末、見積依頼がお客様より出た際には、必死にお客様の見積依頼に応えようとするのは当たり前のことです。この時点で、執念も熱意もない営業は、受注はまず取れないと考えていいでしょう。まさに種から育ててきた案件を刈り取る営業の醍醐味といえます。
ある時、営業から永年狙いをつけていたお客様より、生産管理システムの引き合いを頂いたとの報告を受けました。商談になったお客様は、営業が実に5年間も定期的に通いつづけていました。早速、見積を行いましたが、結論を述べると、そのお客様の予算とわが社が見積もりした価格には倍以上の大きな乖離がありました。お客様の話を聞けば聞くほど、簡単なシステム導入ではなく、それなりの費用が掛ることが分かってきたのです。
その際、営業担当者は血相を変えて、システムエンジニアである著者に迫りました。
- 「この案件がとれなかったら、その責任をとれるの?」
- 「今回は、戦略受注でやりたい。必ず借りは返すから」
- 「エンジニアの力が足りないから高い見積もりになるんじゃないの?もっと安くできるように出来る優秀なエンジニアをアサインしろ!」
- 「見積金額に合わせて機能を絞って提案できないか?それがプロの仕事だろう。機能が膨らめば別見積りで提案するから」
まさに押したり引いたりで、営業担当者も必死に迫ります。
システムエンジニアの立場では、受注が決まった後にお客様に迷惑を掛けないことがもっとも大切な責務です。一度トラブルが発生してしまえば、見積額はすぐに4~5倍に膨れあがります。約束した納期も守れなくなってしまいます。何とかしたい、しなければならないと思いながら、どうしてもリスクを考えてしまいます。
営業とシステムエンジニアはお互いの立場を理解しながら、受注獲得に向けて大きなジレンマを産みます。幸いにして落とし所を見つけても、競合他社が普通では考えられないすごい提案をしてくることもしばしばです。負ければ、これまでの苦労はゼロになってしまいます。
営業に引っ張られるように、どんどん提案はエスカレートし、最終的には値引合戦となっていきました。それでも、「提案から降りよう」「それなりの金額を提示して綺麗な形で落とされよう」と、口が裂けても営業にはいえませんでした。
エンジニアの心得
幸いにも、この注文は最終的に著者が腹をくくる形で、条件をつけて何とか受注することができました。また、後から必要となった機能追加に対しても別費用で頂くことができ、トラブルもなく無事稼動したことから成功したプロジェクトといえます。
いつも、このようなケースとは限りません。過去に何度も同じような状況に直面し、受注活動に負けたり、受注後にトラブルが発生するケースの方が圧倒的に多く、「いい所まで善戦はしたが、競合先が無茶をしたので一歩及ばず」が一番良い結果とさえ思う時期がありました。身に覚えのある方も少なくないのではないでしょうか?
振り返ると、成功の要因はいくつかありますが、「受注をとると決めたら中途半端な対応をしなかった点」が最大の要因でした。そんなの当たり前と思われますが、相手の出かたを見ながら動きを変えると、なかなか明確な対応ができずに中途半端になり、良い結果を産まないものです。
その証拠に営業担当者に押される格好でなし崩し的に受注した案件は、ことごとくトラブルになりました。受注をとると決めたら「営業担当者と一緒になって会社を説得し、全ての責任を背負う」ことがとても重要です。自分事にしてしまうのです。
同様に、案件を降りると決めたら「営業をなんとしてでも説得する」ことです。私は本稿では紹介していない一つの出来事をきっかけに、そのような考えが持てるようになりました。自分がラストマン[4]であるという自覚が持てた時に、エンジニアがとるべき行動は明確になるでしょう。そのスタンスが営業担当者やお客様からも理解され、ジレンマから多少なりとも解放されました。
悩めるエンジニアへ
2009年度以降は、更に競争が激化していくことが想定されます。苦労して獲得した見積依頼は、採算がとれるものだけではないでしょう。営業担当者と対等に会話するために、自分がラストマンである覚悟を持って行動指針を決めてはいかがでしょうか。