ゲームをおもしろくするコツ

第3回来るべきVRの世界―立体視の歴史、ゲームの目指すべき方向

「今年(2016年)はVRVirtual Reality元年である」という言葉をよく聞きます。これは加速度センサ付き両眼視差立体視ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使ったシステムのラインナップが、ソニーのPlayStation VRの発売で充実するからです。そのため、HMDのことをVRと勘違いしている人も多いですが、3D映画のような立体感のあるビジュアルが、どちらを向いても楽しめるのがVRゲームなのではありません。今回はVRの中心技術である両眼視差立体視と、VRゲームの目指すべき方向について紹介します。

両眼視差立体視とは

人は2つの眼を持っていることで、物を立体的に見ることができます。左右の眼が見ている画像の微妙な違いを、脳が立体感として認識しているのです。逆に左右の眼が立体感と誤認するような、微妙な違いを持った画像をそれぞれの眼に見せると、人はそれに立体感を感じてしまうのです。これを両眼視差立体視と言います。

しかし立体感を感じる手掛かりとなるのは両眼視差だけではありません。小さな筋肉で水晶体の厚みを調節してピントを合わせるのですが、そのときの筋肉の緊張具合でピントが合っている物までの距離を脳は知覚しています。また、目が2つあることで起きる現象として、近くの物を見るときには寄り目になることがあります。距離によって目の寄り具合が変化することを「輻輳(ふくそう⁠⁠ 」と言います。脳は目の寄り具合からも、物までの距離を知覚できるのです。

両眼視差は脳が距離情報を得るための大きな手掛かりとなるため、ピントや輻輳が間違っていても脳は立体視を成立させてしまいます。これは両眼で視差を手掛かりに距離を知る訓練が十分にできているからで、この能力が形成されるのは6歳くらいと言われています。逆に6歳以下で両眼視差のみによる立体視を行うと、ピントと輻輳から立体情報を得る能力の発達に著しい影響があるのではないかと懸念されています。このあたりはまだハッキリとはわかっていないのですが。それゆえ子どもが遊ぶ機会の多いニンテンドー3DSには、両眼視差立体視のかかり具合を調節する機能があるのです。

アナグリフとステレオビューア

両眼視差によって立体視を行おうという試みは、19世紀には赤青メガネを使うことで実現されました。⁠アナグリフ」という名前が付いています。赤と青で同じ紙に視差のある絵を描き、それを赤青メガネのフィルタ効果で左右の目に振り分け、両眼に異なる絵を見せるわけです。

アナグリフのように単一の画像から2つの目に情報を分離する方法のほかに、両目に最初から別々の画像を見せる方法があり、代表例がステレオビューアです。これは近い位置でピントが合うように、凸レンズを介して左右別々の画像を見せます。アナグリフの場合色の情報が失われてしまうのに対し、ステレオビューアはきれいな立体像を見ることができるため、景勝地のお土産として人気があります。

レンチキュラーと視差バリア

メガネや専用のビューアを使わず、画像を直接見るだけで両眼視差立体視ができる方法もあります。これらは裸眼立体視と呼ばれます。代表的な方法がレンチキュラーと視差バリアです。

どちらの手法も、2つの画像をストライブ上にしたものを用意し、レンチキュラーは細いカマボコ型レンズを、視差バリアは縦格子を置き、右目と左目で別々の画像を見せることで立体的に見えます図1⁠。視差バリアはニンテンドー3DSに使われている技術です。

図1 レンチキュラーと視差バリア
図1 レンチキュラーと視差バリア

この2つの方法は、装置を付けなくてよいので見る側としては楽です。しかし、見る方向や画面との距離が限られてしまうため、映画のような席によって環境が異なる場合は使えません。

偏光フィルタ

アナグリフに次いで、映画で使われるようになった技術が偏光フィルタです。光は波動として伝わり、その波には方向があります。特定の方向の波を持った光だけを透過させるのが偏光フィルタです。

立体視では、右目には右の45度傾けたフィルタ、左目には左に45度傾けたフィルタを使ったメガネをかけ、2台の映写機の前にそれぞれの目に合わせたフィルタを置いて、左右の画像を分離します。

偏光フィルタを通した画像は色も犠牲にならず、距離や見る角度にも依存しないので、映画に向いています。またTVモニターでも、1列ごとに方向が異なる偏光フィルタを画面に貼り付け、1列おきに左右映像を表示することで、メガネを通した立体視ができます。ただし1列おきなので画像解像度は半分になってしまいます。

液晶シャッターとHMD

液晶技術が発達した1980年代は、2つの立体視が生まれました。一つは液晶パネルをシャッターとして使い、映像は1フレームごとに左右画像を交互に表示し、メガネをそれに同期させて左右それぞれの画像だけを見せる方法。もう一つは、ステレオビューアのように左右の目の前にそれぞれの目に合わせた画面を用意し、目のピントが合うようにレンズを組み合わせたHMDです。

液晶シャッターはメガネに電源が必要ですが、表示装置側はコンテンツで左右対応を行えばよいので、映写機が1台しかない劇場の映画や、特に3D機能のないモニターを3D対応させるために使われます。欠点としてはフレームレートが半分になることと、シャッターに対してフリッカー(ちらつき)を感じる人がいることです。

対するHMDは、かけたまま動き回ることができるので、80年代に位置を検知するセンサと組み合わせて、部屋の中で別世界にいる設定のVRゲームが作られました。このころ初めて「バーチャルリアリティ」という言葉が使われだし、⁠今後のゲームの方向性はこちらだ!」と盛り上がったのですが、残念ながら筆者も実際にプレイしたことがないくらい一般の人には浸透しませんでした。

その原因は次のようなものです。

  • 安全な場所が確保できない
  • 画面の解像度が低い
  • 液晶の応答性が悪い
  • 位置センサの応答性が悪い
  • 3DCGがフラットシェーディング[1]で立体感が得にくい

これらは技術的な問題であり、当時は克服できなかったため、VRゲーム自体消えていきました。のちにステレオビューア式のHMDゲームとして『バーチャルボーイ』が登場しましたが、赤一色の映像で時代の流れには乗れませんでした。

両眼視差立体視が身近に

両眼視差立体視が脚光を浴びたのは、映画の世界からでした。

CGの利点は、同じシーケンスで左右の目に合わせた視点で2回レンダリングを行えば、簡単に両眼視差立体視用のコンテンツが作れることです。そして2009年の『アバター』のヒットで、一気に3D映画が身近になりました。キャッチフレーズが「観るのではない。そこにいるのだ。」でしたが、これこそがVRの本質であると言えます。

家庭でもアナログ地上波の停波に伴って一気にフルHD化が進み、Blu-rayディスクとともに3Dが楽しめる環境が整いました。そして両眼視差立体視には欠かせなかった解像度と応答性が、スマートフォン、タブレット用の液晶パネルでも解消され、加速度センサ付きHMDが新世代VRゲームへの道を切り開いています。

プレゼンスこそがVRの本質

ここからは、VRゲームの目指すべき方向についてお話します。

VR用HMDを手にした開発者が安易に作ってしまうコンテンツが、迫力のある動きを見せるものです。ローラーコースターに乗車しているデモが良い例ですが、これは視覚に限った体験であって実際に身体には加速度が感じられないので乗り物酔いのような違和感が生じ、その世界はバーチャルであり続けます。また周りを見回すようなコンテンツも作りがちですが、普段の生活ではそんなにキョロキョロすることはなく、没入感は強く感じますがやはり仮想空間であるという認識は変わりません。

それに対し、仮想世界の提示であるにもかかわらず、脳がそれを現実として誤認する状態が存在します。これを「プレゼンス」と呼びます。

『サマーレッスン』という、プレイヤーが家庭教師となって女子高生の部屋にいるというVRコンテンツがあります。その体験者は、対象である女子高生がテキストを見せようと近付いてくる場面で、現実にはあり得ないほど相手の顔が近付くために、プレゼンスが生じます。プレイヤーが男性の場合は、それまで女子高生の顔や胸などを仮想世界であるがゆえに遠慮なく見れていたものが、ジロジロ見ることができなくなります。現実では女子高生の顔や胸に必要以上注視することが許されないという認識があり、プレゼンスがそのルールに従わせてしまうのです。

VRはFPSFirst Person Shooterに馴染むと言われていますが、⁠リアル」にリアリティを持たせるにすぎず、強い没入感を感じるだけです。日本ゲームが目指すVRは、リアルではないものにプレゼンスを生じさせることで、言わば「2.5次元の現実化」だと思います。

VRの新しい波

現在は視覚に限ってコンテンツが作られていますが、プレゼンスを大切にするなら、プレイヤーに注視点を強要しないことと、体感加速度と視覚加速度を一致させることが必要です。加速度を一致させるには、位置の移動がないか等速運動にするわけですが、実は別の解決法もあります。それは前庭電気刺激という技術です。

人間は加速度を耳の部分にある前庭器官で感じています。加速度を感じると前庭器官が脳に電気刺激として情報伝達を行います。これを利用して、耳の後ろに電極を付け、前庭器官に適切な電気刺激を与えると、椅子に座っていてもローラーコースターに乗っているかのような加速度を感じさせることができるのです。加速度感覚は、目をつぶれば視覚を拒絶できるのとは違い被験者の意思で拒絶することが不可能な感覚であり、作られた感覚であるにもかかわらず仮想と認識するのは難しいのです。

人間の脳が情報を電気で伝えているため、ここに介在することであらゆる感覚は作ることができるとするならば、いずれは映画『マトリックス』のようなゲームが生まれるのかもしれません。現在実験段階ではありますが、すでに十分な体験を与えられる視覚と聴覚以外に、味覚、触覚、嗅覚の再現が可能で、次々と新しい技術が開発されています。

ゲームがこれらの技術を取り入れるには、しっかりとしたガイドラインを設けて事故を防ぐことが必要です。

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