ギークとスーツの素敵な関係

第1回ギークはスーツが嫌いで、スーツはギークがわからない?

はじめに

ギークとスーツという表現が最近対立関係・わかりあえない関係のように独り歩きしている現状があり、筆者はとても残念に感じています。ここでは、エンジニアを中心とするギークと、非エンジニアを中心とするスーツがより良い関係を築けるためのヒントなどを語ってみたいと思います。

ギーク(geek)とは、アメリカ英語のスラングで「卓越した知識がある」という意味です。それから派生して主にWeb・IT-Tech業界のエンジニアのことをギークと表現するようになりました。

スーツ(suit)とは、比較的服装が自由なWeb・IT-Tech業界のエンジニア(ギーク)に対する用語として使われ、スーツなどの正装をしている非エンジニア職を指します。

前者は、⁠卓越した知識がある」エンジニアという意味だけではなく、⁠コードを書くことに集中したい⁠⁠・⁠コード書きが大好きな」エンジニアという意味も含んでいるでしょう。そして後者は、非エンジニア職の中でもスーツを着ているマネンジメント層など職位が上の人を特に指します。

この連載は、現在のギークとスーツの関係についてや筆者が今まで経験した事を通して、感じたことを書いていきます。どうぞよろしくお願いします。

ギークとスーツに翻弄された日々

筆者がWeb・IT-Tech業界に入ったのは2000年。パソコン通信も提供していた大手のインターネットプロバイダーです。ちょうど世の中はパソコン通信からインターネットへ、そして接続手段はダイヤルアップ接続から常時接続に急激に移行しており、ISDN、ADSL、FTTHとインターネット上を飛び交い、システムを駆け抜ける情報量とトラフィックが増大しました。

環境が急激に変化することで、内も外もその流れについていくことに必死だったため、筆者が所属していたテクニカルサポートを担当するコールセンターには毎日多くのお客様から入電がありました。

  • 「お客様から送られたメールの容量が大きすぎてメールが受信できない!」
  • 「どのアクセスポイントに接続しても通話中。インターネットができないじゃないか!」
  • 「電子書籍を購入してダウンロードしたのにファイルが見当たらない。返金しろ!」

入電を受けるオペレーターが技術サポートをし、解決しない時は確認や調査が必要です。筆者は主にその内容を切り分け、お客様への案内方針を決め、コールセンター側で解決できないと判断した案件を担当部署にエスカレーションしていました。

必然的にやり取りする担当部署はメール・ホームページなどISPサービスの基板となるシステムを担当するギークチームとコンテンツを企画・管理するスーツチームとに2分化します。

通常時はメールまたはサポート業務用ツールを使い調査依頼を行いますが、緊急度によっては電話で直接担当者に依頼することもあります。そんなやり取りを日々行っているとサポートセンターの立場から見てギークとスーツの対応の違いに戸惑ったことが多々ありました。

ギークは怖い!? 初回コンタクトで怒られた!

ギークチームに初めて電話をかけたとき、ツールで依頼をしてもサポート側と担当部署で取り決めている回答期限までに応答がなかったため、担当者を指名しました。緊張のあまり声を震わせつつ依頼内容を告げると、開口一番……

  • 「……あのさあ、いちいち1つの依頼ごとに電話かけてこないでよ。こっちは忙しいんだよ」

と怒られてしまいました。

怖い!正直筆者は電話をしたことを後悔しました。

ですが、サポートチームの向こうには困っているお客様がいます。回答期限を待って連絡をしたサポート側に非はありません。

  • 「業務の手を止めてしまったことはお詫びします。でも◯月◯日◯◯にこの内容で依頼をしているんです」

ぐっと怖い気持ちを押し殺し、業務を中断したことを謝り、依頼した日付と具体的な内容、サポートで検証した結果問題解決ができなかったことを伝えました。

しばらく無言の時間が続き、やはり怒らせてしまったままなのかと思っていたら、

  • 「……できたよ。ごめんね。」と一言。

具体的な日付と問題点を明確にし、緊急度について説明したところ、会話中にコンソールを叩いて一発で処理をしてくれたのです。

この経験から、⁠ギークは怖いのではなく、具体的な依頼内容を伝えた上で妥当だと判断されるものは素早く処理してくれる人だ」と学びました。

スーツは面倒!? 物腰やわらかだが時間がかかる

一方コンテンツ企画の担当者や、コールセンターの管理を行う部署などのスーツチーム。彼らにもギークチームと同様に依頼を行いました。

  • 「どうしました?うんうん。そうですか。でもですね、それは……」

会話は成り立ちます。怒られもしません。が、スーツチームの反応は即問題解決するものではなく、それに関する周辺の話を長々します。もちろん、彼らの立場からするとコンテンツを企画した思いをお客様にわかっていただきたいという気持ちからサポート側に精一杯説明します。それにエンジニアではないのでシステム起因の問題は彼らの手で直接解決することはできないし、外部会社提供のコンテンツであればその担当者から外部の会社に依頼を投げなくてはいけません。コールセンター管理の担当者であればコールセンターの対応に問題がないかをまず考えなくてはなりません。そのため、必然的に彼らとの会話は長くなり、やり取りする時間も量も増えることになります。

お客様からのお問い合わせをダイレクトに受けているコールセンター側としては、このやり取りが非常にもどかしい。面倒だし、できればサクっと解決して欲しい。ギークもスーツも関係なく、こちらとしては水際で頑張っているオペレーターの負担を軽くするためにも起きている問題を早くクローズしたいのです。

スーツチームは「怖くないが、こちらの要求に即時答えてくれる(答えられる)ことは少ない」のだと思いました。

お客様にとっては自分自身もスーツであり、ギークもスーツも関係ない

ISPの担当部署へエスカレーションする業務につく前、筆者もお客様の入電を受けるオペレーターでした。基本的にコールセンターへ電話をかける必要が生まれたお客様はトラブルを抱えています。加えて、お怒りの方が大半です。

電話が鳴り、応答ボタンをクリック。通常は「お電話ありがとうございます……」と名乗るのですが、それを遮りヘッドセットから音量MAXの罵声が突き刺さってきます。⁠バカヤロウ!」⁠何とかしろ!」毎日そんなシチュエーションで数十人のお客様と話します。お客様にとってオペレーターはその会社の窓口であり、顔です。ご案内に誤りが無いよう、できうる限り起きている問題を解消し、快適にサービスを使って頂けるようサポートします。その結果「ありがとう」の言葉を頂戴してお電話を終了できるととても嬉しく充実した気持ちになりました。

ですが、オペレーターの力量や権限には制限があり、どうしてもその場で解決できない場合は「申し訳ございません。お調べして改めてご連絡します」と案内せざるを得ない状況があります。とくにお客様にとっては、オペレータの権限に制限があることは自分自身の問題解決ができないことの理由にはなりません。だって、その会社の窓口と話しているんですから。

そんな場面に遭遇するたび「お客様にとっては自分もスーツなのだな」と感じました。日常業務で翻弄されているはずのギークもスーツも関係ないじゃないか。ほろ苦い思いを感じると同時に、自身から見たギークとスーツの関係について考える日々が続きました。

そうだ、スーツになろう!

お客様から見て自分がスーツなのであれば、お客様の生の声を聞いていた経験を活かしてサービスを企画・立案・改善できるスーツになろうと決意しました。そのころにはギークにもスーツにも気軽に依頼ができる個人的なコネクションができており、特にギークの中でもよく依頼をしていた方とは顔を合わせてお話しすることも増え、⁠中村さんからの依頼なら優先度上げて対応してあげるよ」と言ってくださる方もいました。新卒入社した飲食業界から飛び出し、気の遠くなるような座学研修を受けてインターネットに関する知識を得てオペレーター業務につき、2人の部下を持つエスカレーション担当リーダーを経ての大きな決断でした。

職務経歴書上、スーツの経験はありません。レジュメを提出してもまったく採用される自信がありませんでした。ですが、とある会社のあるサービスを担当する部署の企画職に採用されてしまったのです。採用されたことそのものが嬉しく、夢見心地でした。その頃採用された部署ではギークとスーツの熾烈な戦いが繰り広げられていることは予想だにせず、初出社の日を指折り数えていました。そして、出社初日からその戦いに巻き込まれることになったのです。

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