こんにちは。グラフィックファシリテーターのやまざきゆにこです。
ここのところ「よく描く絵」を続けて紹介しているのには理由があります。
絵筆を持って会議に参加していると、わたしたちは「目に見えていない」ものに随分振り回されているということに気付かされます。そして「見えていなかった」ものが「目に見えてくる」といろんな発見があります。「どうりで部下に伝わらないわけだ」とか「上司はじつはそう感じていたのか」とか。
何より、わたし自身、その「存在」を知らなかったときと比べると、「知っている」というだけで会議や議論がとても楽になりました。会議がどうも盛り上がらないときや、会話がどうも噛み合ないといったときに、ふと絵を思い出すのです。すると「ああそういうことか」と、じぶんや相手を俯瞰できるようになるのです。
「よく描く絵」の「存在」を知っているだけで、日々のコミュニケーションが楽になる。そう思って紹介しています。そんな「よく描く絵」の中でも、今回は、特に多くの人に知ってほしい絵です。
それは、ひとしずくの「ナミダ」の絵です。その存在を初めて知ったのは、ある社長の似顔絵に「ナミダ」が描けたときでした。じつは、あなたの上司も、あなた自身も、本当は「泣いている」のかもしれない。そう気付かせてくれた「ナミダ」の話です。
2つの「ナミダ」
会議中に、だれかが泣いたわけではありません。会議でだれかが「辛い」とか「悲しい」と言ったわけでもありません。それなのに、ある企業で幹部を集めたビジョン研修で、2種類の「ナミダ」が描けました。
その会議では、幹部のみなさんが現状の課題を挙げていました。その合間に、いくつもの愚痴や不満ともとれる発言が聴こえてきました。
- 「会議が多いよな」
- 「会議のたびに社長に叱られて」
- 「真っ赤な顔して怒鳴られる」
- 「会議で問いつめられると反論もできない」
- 「黙るしかない」
- 「社長からの指示が細かい」
- 「社長は日報の数字にすべて目を通しているから」
- 「あんな勢いでまくし立てられたら」
- 「指示待ちと言われてもしょうがない」
これらを聴いたわたしの絵筆は、社長を[赤鬼]として描いていました。真っ赤な顔をして角をはやした赤鬼姿の雷さまです。赤鬼社長は雷雲の上から、地上の幹部のみなさんに向かって雷太鼓を投げつけています。「ア・レ・ヤ・レ・コ・レ・ヤ・レ!」と。幹部のみなさんは「イテテ、イテテ」と痛がっているという絵です。
わたしは、「社長を赤鬼にしてしまってマズかったかな」と、描いてしまってから内心ドキドキしていました。でも、そんな心配をよそに、幹部のみなさんはその絵を見つけた途端、うれしそうに集まってきました。
- 「そうそうそう!」
- 「そのとおりなんだよ!」
- 「似てる似てる」
- 「まさに赤鬼!」
- 「この指示が細かく矢のように降ってくる」
- 「痛いんだよなー!」
雷太鼓はイナズマ柄の丸いボールのように描いていただけですが、みなさんには「矢」に見えたよう。よっぽど痛いのだなあと思い、思わず、幹部のみなさんの目に小さな「ナミダ」を一しずく描きました。これが一つ目の「ナミダ」です。
赤鬼の目に「ナミダ」
「ナミダ」を見てますます喜ぶ幹部のみなさん。じぶんたちの辛い状況を「わかってくれた」といううれしさが伝わってきます。その絵の前で、ますます、盛り上がっています。話題の標的は、すっかり「赤鬼社長」に絞られていきました。
でもしばらくそんな幹部のみなさんのやりとりを聞いているうちに、絵巻物の中の赤鬼社長の表情が、わたしの中では変わって見えてきたのです。
最初は赤鬼社長の顔は「怒りで赤くなっている」と思っていました。けれど、いくら大声で怒鳴っても、地上からは一向に返事がありません。反応が無いのでさらに声を荒げてボールを投げつけます。顔を真っ赤にして続けます。でも、投げても投げても何も返ってきません。次第に声が枯れてきます。息が切れしてきます。さすがの社長も体力の限界が見えます。精魂使い果たした様子。すると、わたしには赤鬼社長の顔は「酸欠状態で顔が赤くなっている」ように見えてきたのです。大変!今にも倒れそう。
そんな苦しくて辛そうな赤鬼社長の顔を見ていたら、目に一粒の大きな大きな「ナミダ」のしずくを描かずにはいられませんでした。これが2つ目の「ナミダ」です。雷雲の上にいる社長の目の先には、予測不可能な未来が迫ってくるのが見えています。だからこそ、会社の将来を見据えて、社員の将来を見据えて、「ア・レ・ヤ・レ・コ・レ・ヤ・レ!」と言わずにはいられない。でも、それが地上の幹部のみなさんには全然「伝わらない」。限界を超えた時に「ナミダ」がこぼれ落ちていきました。
みんな、泣いている
およそ「泣く」ということとは無縁な会議室で、「ナミダ」が描けた。このことに、正直、いちばん驚いたのはわたしかもしれません。感情的になることは御法度なビジネスの現場で、「ナミダ」が描けたという事実。
- (「伝わらない」って、こんなにさみしいんだ…)
- (みんな、心では泣いているんだ…)
社長が「泣けてくる」と言ったわけでもありません。でも、(社長の心は泣いているのかもしれない…)。社長は幹部のみなさんより、雷雲の上に乗って遠くを見ています。幹部の皆さんには見えていない、けれど社長の目には見えているその先に、社長は大きな危機感すら抱いている。でも、それがうまく伝わらない。そして、だれにも相談できない赤鬼社長。
と、幹部のみなさんにお伝えしました。するとしばらく沈黙があって、そのうちに幹部の一人の方が言いました。
幹部のみなさんも支店に戻るとトップという立場。支店では、部下にアレヤレコレヤレと、社長と同じように細かい指示を出しているというのです。赤鬼社長と同じ「ナミダ」を幹部のみなさんも流していたのでした。「イテテ、イテテ」と言って泣いている「ナミダ」とは違う2つ目の「ナミダ」です。
社長の「ナミダ」を見た幹部のみなさんから、愚痴や不満が聴こえてこなくなりました。
「ナミダ」を探してみると相手が見える
どこで描いていても、特に経営者のみなさんに描ける「ナミダ」には、なんとも言えない孤独さを感じます。トップにいけばいくほど、思いが伝わらない悲しさやさみしさを、一人で抱えているのだとつくづく思います。
実際、どの会議でも、みなさん、絵巻物にトップの「ナミダ」を目にすると一様に驚きます。わたし自身も特に会社員時代、まったくそんなことを考えたこともありませんでした。じぶんは心で泣いていたとしても(1つ目の「ナミダ」)、立場が上の人が「ナミダ」を流しているとは思ったこともありませんでした。
でも今は、何度も「ナミダ」を描いて確信しています。これはだれにでも描ける「ナミダ」です。1つ目の「ナミダ」を流していると思っている人も、相手が変われば、じつは2つ目の「ナミダ」を流しています。
ただ、ビジネスの現場での現実は、相手の「ナミダ」どころか、じぶんが「ナミダ」を流していることすら気付いていないことも多い。だから、ちょっと周りを見回して、身近な上司や同僚の「ナミダ」を探してみてください。そして、あなた自身の「ナミダ」も探してほしいと思います。「目に見えていないけれど、実はそこにある」それを知っているだけで、会話が自然と変わってきます。楽になります。
会社やプロジェクト個別にそれぞれ描いていますが、本当によく描く「ナミダ」のひとしずく。じつはだれも共通して感じているコミュニケーションの難しさから生まれた絵といえるかもしれません。
さて次回も「ナミダ」と同じぐらい大切な「よく描く絵」を紹介したいと思います。ただし、今度は「ナミダ」とは対称的な、元気な絵です。しかもこれは毎回会議で描きたいぐらいです。というのも、これがある会議とない会議とは、成果がまったく変わってくるからなのですが。詳しくは次回に。ということで今回はここまで。
グラフィックファシリテーターのゆにでした(^-^)/