明るい未来を語っているはずが、
ちょっと困った会議の現場[GFあるある]
グラフィックファシリテーター、やまざきゆにこです。今回は、多くの会議で共通して起きている“ちょっと困った現象”をご紹介します。みなさんの会議室でも、次のような絵が描けてしまう議論を、知らず知らずのうちにしてはいませんか。
「スマートハウス」「スマートシティ」「スマートコミュニティ」。未来を語りあう会議からよく聴こえてくる言葉です。本来「スマート」の意味は「賢い」です。「賢い機能」のおかげで、「人は安心して効率よくエコな暮らし」ができるという話です。ですがそれを絵にしていくと、どうも「人間は動かなくてもいい暮らし」が描けてきます。家や街は健康的で贅肉のない「スリム」な姿に描けていくのに、人間はどんどん「メタボ」な身体に描けてくる。
- 「この未来は人間にとって本当に幸せ?」
- 「これって本当に心から望む未来のありたい姿?」
ここ数年、目の前の課題を議論するのではなく、「まずは未来のありたい姿を語り合おう」という場が、企業でも行政でも増えています。しかし、技術革新や機能の進化を語るほど、絵巻物の上に度々「描けてしまう」のは「人間がダメになっていく」という絵です。
次のような絵もよく描くようになりました。「ウエラブル端末が健康管理をしてくれる」「車が家に近づくとエアコンが自動で快適な温度を設定しておいてくれる」といった「人が健康で快適に生活できる未来」の話から描ける絵です。
「頭を使ってどんどん賢くなっていく」のは電子機器たち。人間はどんどん「何も考えなくていい」姿に描けてきます。もはや五感を働かせる必要すらない絵になっています。
「理想の地域の暮らし」や「豊かなライフスタイル」といった未来を語り合うとき、「人を主役に」「人間中心設計で」デザインしようという新しい試みが増えています。その背景の一つには「技術革新や進化した機能から発想する、これまでの議論の方法ではイノベーションは生まれない」という危機感があります。そこで最近よく聴く「人間中心設計」「ユーザーエクスペリエンス」「デザイン思考」といった手法で、「良い未来」を語っていたはずなのですが、度々「描けてしまう」のが上の絵です。この絵を見ると次のように思えてきませんか?
- 「これのどこが人間中心設計?!」
- 「賢くなっていくのは…だれ?」
- 「やっぱり技術が主役に見える…」
心から望む未来は「ネガティブ」な未来から語り合わないと
多くの会議室では、じぶんたちがまさか「人間がダメになっていく」未来を語りあっているとは思っていません。しかし同時に「ビジョンがぼんやりしている」「みんなもどこか腹落ちしてない」といった共通のモヤモヤを感じています。
- 「ビジョン策定会議を重ねてきたけれど、まだモヤっとしている」
- 「一人ひとりがイメージしている未来が違う」
- 「言葉ではビジョンを語っているけれど、目指す未来がはっきり見えてこない」
なぜ「モヤっとしている」のか、「腹落ちしない」のか。そうした会議を見直してみると、その原因は共通して「問い」にありました。
「ポジティブな問い」かけで「良い未来の話」ばかりをしていました。
これまで(第40~44回)も言ってきましたが、メンバー一人ひとりが自ら未来行動を起こすために大事なのは、「ネガティブな気持ちを吐き出す」ところから議論を始めることです。話し合いたいことは同じ「良い未来」なのですが、ポイントは[ネガポジ設計]です。
「良い未来」を語り合う前に、「ネガティブな気持ち」を語り合えるような問いかけを挟むのです。劇的にアウトプットが変わります。実例を1つご紹介します。
この問1は、ある企業の「未来検討会」という会議の最初の問いです。この問いから、当日、どんな会話がされるか。だいたい想像がつきませんか。
- 「センシング技術で常に見守り。安心安全。犯罪を未然に防ぐ。災害発生を予知」
- 「自宅でも海外に居てもパソコン1つで仕事ができる。通勤ラッシュとも無縁な暮らしを実現」
- 「スマートハウスが、電気代を節約し、快適な空調を設定してくれる」
- etc.
「豊かなライフスタイルとは?」とか「理想の未来とは?」といった「明るい未来」を議論させる「ポジティブな問い」から聞こえてくるのは、どうしてもどこか新聞やテレビで聴いたことのある「ありきたりな未来」になりがちです。
そこで、次の「未来検討会」では、この問1の前に、次のような[ネガ]を語り合う時間を設けました。
もう1つ、次のような問いも考えました。
実際このときは、この後者を問1に採用しました。
[ネガポジ設計]するうえで大事なポイントは、普段の会議でするような「意見」を交換するのではなく、もっと曖昧な、普段は言葉にしたこともないような、「モヤモヤした気持ち」を吐き出してもらうこと。
「ネガ」と言うと、よく言われるのは「わたしたちもネガティブなこと=社会課題から話し合っています」。けれど「課題」と言った途端、多くは顕在化している問題を語りがちです。これまでいくら「課題」を話し合っても劇的な解決策が見つからなかったとき、普段の会議では語りあわない「モヤモヤした気持ち」を吐露する曖昧な会話の中に、本当の問題が見えてきます。
[ネガポジ設計]のコツをつかんで、心から実現したい未来を語ろう
「ネガ」とは、「ネガティブな気持ち」を吐き出すということ。日頃、無意識のうちに違和感を抱いていることを、あえて会議という場で語り合ってほしい。そして本当は「心から嫌だな」と思うことを語ってほしい。
そこで問2として、時間軸を「未来」にずらし、もっとネガティブに「最悪な未来」に思いを馳せてもらいました。
一人ひとりが、本気で「こんな未来が現実になるかもしれない…」という危機感を抱くまでには、時間が必要です。問2でも、まだまだ[ネガティブな気持ち]を吐き出す時間にあてていきます。
もともとの「未来検討会」では、問1~3まですべてがポジティブな質問がされていました。でも、時間配分としては「ネガ:ポジ」=「9:1」でもいいぐらいです。心から「嫌だ」「不安だ」「こんな未来にだけはしたくない」というところまで感じてもらえるよう、「最悪な未来」「豊かではないライフスタイル」をもっと語り合える問2に変更しました。
ちなみに、もともとの「ポジティブ」な問2は次のようなもでした。
ここから聴こえてくる会話もだいたい想像がつきました。
「安心安全」 「つながりたいときにつながれる」 「ストレスから解放されてワークライフバランスを実現」
「どの会議でもよく描く」絵や、具体的な絵に描けない、「安心安全」というだけの抽象的な会話というのは、発言者自身、心から実現したい未来ではないとも言えます。
ポジティブな問いでは、あなた(YOU)のハート(WANT)を問う
一人ひとりが心から「こんな未来にだけはしたくない」という危機感を抱く「最悪な未来」が共有できると、その反動で、自分たちが心から望む「未来」が見えてきます。ここでようやく「ポジティブな問い」をするタイミングです。
ただ、多くの会議がこの大事なタイミングでまた、次のような「我々ができる(CAN)こととは?」「事業可能性(=CAN)とは」という問いかけをしていました。
「CAN」で問いかけた途端、発言者の思考に「CAN'Tの壁」を登場させます。「そうはいっても……無理だ」「できない」「予算的にも、人材確保にしても難しい」など、という「CAN'Tの壁」です。
せっかく普段の会議とは違う場を用意し、未来を語り合い、「イノベーティブに」「クリエイティブに」なろうとしているのに、一気に参加者の思考を現実へ引き戻してしまうのが「CAN」の問いです。「投資すべき=should」という問いも同様です。既成概念「~すべきだ」という枠の中に閉じこもってしまいます。
「ポジティブな問い」は「CAN」ではなく、一人ひとりの「WANT」で聞かないと「CAN'Tの壁」は超えられません。「あなたはどんな未来にしたい(WANT)ですか?」と問いかけることです。
もともとの問い「問1 ICTが実現する豊かなライフスタイルとは?」をここで戻してもいいのですが、その場合でも「WANT」で問いたい。
また、最初の「WANT」は一人ひとりの「あたな(YOU)」に聴くのも大事なポイントです。多くは「我々が(WE)できることとは?」と、主語を「我々(WE)」にしちです。そう聴くと「わが社(WE)としては…」と、どこか他人事の発言ともいえる答えが返ってきてしまいます。
「あたな(YOU)はどうしたい(WANT)?」と一人ひとりに問えると、答えは「わたしは○○したい」と一人称になります。一人ひとりの想い「WANT」の集合体が、「WE」の「WANT」になると、絵巻物には「CAN'Tの壁」を超える力強い「ハート」が描けてきます。
実際は次のような問3を立てました。まずは①「なんとかしたい(WANT)ネガ」を選んでもらうことで、一人ひとりの使命感に火をつけていきました。そして②ポジティブな「WANT」を聞くという、2段階の問いにしました。
「ICTが」実現する未来ではなく、「人間が」「みんなが」心から望む未来に対して必要なICTを発明していくのです。こうして[ネガポジ]の順番で聴いていくと、「メタボな人間」も「頭を使わない人間」も描けてこない気がしませんか?
語り合いたいのはあくまでも「ICTが実現する豊かなライフスタイル」なのですが、話し合いの進め方の順番を[ネガポジ]に変えるだけで、同じメンバーと、同じ時間を議論しても、全く違う絵巻物が描けてきます。
次回も議論を絵空事で終わらせないために、プログラムを事前に手直しするポイント(詳細は第40~44回)を、実例でご紹介します。