グラフィックファシリテーターやまざきゆにこです。多くの会議で共通して起きている「ちょっと困った現象 GFあるある」第三弾。今回はその対策として、(絵筆を持たなくてよいので)「頭の中で絵を描く」絵巻物思考をしてみませんか、という話です。
絵に描けない議論でみんな苦しんでいた
会議を絵にしていると「絵に描けない…」と絵筆が止まる瞬間に度々遭遇します。「だから議論が進まないんだ」「だからみんなの腹に落ちていないんだ」ということを、わたし自身、絵筆を通して初めて知りました。
その話し合いが「絵に描けない」とはどういうことか。その理由はただ1つ。「だれ」を描けばいいのかわからないから絵筆が止まるということです。例えば、
- 「新しい○○機能で/新しくなった○○技術で/新しい価値を提供します」
と、言われても……、
- それで「だれが」どう嬉しいの?
- そもそも「だれが」どう困っているの?
と「だれがどんな表情をしているか」が思い浮かばす絵筆が止まってしまいます。
わたしの絵巻物の構造はシンプルで[表情とセリフ]でできています。最多頻度で登場する表情を調べ上げて絞り込んだのが上の表「9つの表情」です。「絵に描けない話」とは、「だれが」という会話が抜けてしまっているため、こうした[表情とセリフ]まで具体的に描けないことを意味しています。
- 「だれが」どう困っているのか。[Before:ネガ]
- ↓ そのサービスや機能で、結果として、
「だれが」どう喜ぶのか。[After:ポジ]
このBefore/Afterのお客さまの[表情とセリフ]が絵にならないので、 そのサービスや機能(方法・手段)で何がどう解消されたのかが伝わらない。だから、営業やメンバーから「この新しい○○機能のついた新サービスで新しい価値をご提供します!」と新規提案をされても、お客さまも、社内の上司も、「いいね!」とは即答できない……というわけです。
絵に描けるとは[表情とセリフ]に描けるということ
「絵に描ける話」と「絵に描けない話」とは何が違うのか。もう少し具体的に紹介します。
例えば、ホワイトボードに箇条書きで「人材不足」とだけ書かれた組織課題。
これだけでは「だれが」どう困っているのか、絵に描けないため手が止まります。
もし、「人材不足」という同じ課題を抱えた、A社とB社があったとします。そのときに「だれがどう困っているのか」と問いかけられたら、全く違う返答、つまり全く違う絵が描けるはずなのです。
たとえばA社では、次のような絵が描けるかもしれません。
一方、B社では次のような絵が描けるかもしれません。
課題は同じ「人材不足」という四文字であっても、絵にしてみると伝わってくる情報がまったく異なるのがわかってもらえると思います。「だれが」という問いから「絵に描ける話」ができると、新たな問題が見えてきて、これまでと全く違う解決策まで生まれてきます。
「箇条書き」が思考を停止させている?!
もう少し実例を紹介します。多くの会議が、「課題」を議論するのが大好きで、よくそれを箇条書きにして、ホワイトボードに列挙しています。
下の絵は、ある組織で「なぜみんなが生き生き働けていないのか」という話し合いから書き出された課題です。
このホワイトボードを眺めながら、次のような改善策が出されました。
- 一人一人の業務を見える化する
- 同一フォーマットは部内で共有する
- システムをリニューアルする
(他にもいろいろ!)
そして「まずは、一人一人の業務とそれにかけている時間を記録にとって、 一人一人の業務を見える化しよう」という話になりました。
しかし、メンバーからは不満続出。そもそも「仕事量が多過ぎる」という課題を抱えていたのに「さらに業務量を増やすなんて」「そもそも上司がメンバーの仕事を把握できていないのは職務の怠慢」といった声が上がったそうです。その結果、「従業員満足度はより下がってしまった」と相談を受けました。
ホワイトボードの箇条書きを絵にしてみませんか
ここで、これまでの話し合いを「9つの表情」で見直してみます。「だれがどう困っているのか?」と問いかけるだけで、描ける絵が全く変わってきます。
「9つの表情」の構成は次のとおりです。まず、真ん中の「目がぐるぐる」となっている表情を見てください。これが会議で一番たくさん描ける表情です。「目の回るような忙しさ!」とか「上からいろいろな仕事が降ってくる……」といったセリフが聴こえてきたらこの表情がぴったりです。
次に、上の3つと右列の真ん中の表情は「ポジティブな気持ち」を表現しています。右列に向かうほどテンション高めです。「自分たちから変わる!」とか「こんな商品がほしかった」といったセリフが聴こえてきたら、これらの表情が使えます。一方、下の3つと左列の真ん中の表情は、「ネガティブな気持ち」を表現しています。特に左下の表情は、会議で2番目に多く描かれています。「無関心な社員」や「思考停止状態になっている」というときに「……」というセリフと一緒によく描かれています。怒っている上司のセリフには右下の表情がいいですね。左列に向かうほどテンション低めになっていて、左列の真ん中は、例えば、隣りの部長を見ている部下の心の声「言うだけでなく行動で示してよ……」を表現できたりします。
では、先ほどの箇条書きされた3つの課題を絵にしてみましょう。
まず一つ目の課題「仕事量が多すぎる」を具体的に「だれがどう困っているのか?」を絵にしてみます。
これは、その職場の15人の派遣社員の方たちの声です。 これはかなりヒドい現場ですね……。 実際、離職率も高いとのこと。しかし、じつはその組織をまとめる正社員も同じ状況とのこと。「だれがどう困っているのか?」という問いに、さらに次のような絵も描けてきました。
ヒガシさんとは正社員の方です。なぜヒガシさんが可哀想なのか。それは「ヒガシさん1人に仕事が集中しているから」だそうです。ヒガシさんが1人で、15人の派遣社員からの質問や相談を一手に引き受けている組織の現状が見えてきました。
ヒガシさんの上司がじつは同じ職場に居るそうなのですが、その上司は常に不在とのこと(それを表現したのが次の絵です)。そのため、質問したいときやトラブルが発生したときに頼れるのはヒガシさんただ1人ということでした。つまり、「上司が部下の仕事量を把握していない」わけです。
組織課題の一つとして「仕事の効率が悪い」ことを取り上げたときも、それぞれ日々感じている不満や疑問を書き出しました。その中の1つが次の絵です。これは正社員ヒガシさんのつぶやきです。
トラブルが発生するたびに、派遣社員一人ひとりに対応しているヒガシさん。「どのぐらいの頻度で?」「どんな話をしているの?」という対話から、ヒガシさんが個別に説明している話には、いくつもの同じ内容があることが見えてきました。
日々目の前の忙しさに流され、具体的な手を打たないままこの状態が続いたら……。みなさんの議論の姿勢も真剣味が増してきました。
「そもそも朝会では何を話しているの?」という話も出てきて、朝会が本社からの連絡伝達の場にしかなっていないということも見えてきました。それに対して、「読めばわかる情報はメールで共有すればいいのでは?」「起きたトラブルやミスやちょっとした疑問こそ、朝会でみんなで共有をしたらいいんじゃない?」といった話になり、次の日の朝会から早速できる解決策が1つ生まれました。
「解決すべき本当の問題」は、まだホワイトボードには書かれていない
なぜ、当初の会議で「一人一人の業務とかかっている時間をすべて記録して、見える化しよう」という解決策が生まれてしまったのか。
多くの会議が、「課題」を議論するのと同じぐらい、「ソリューション」の議論が大好きでした。 わたしがその場にいたら、もう少し課題について「だれがどう困っているか」まで踏み込んで話をしてほしいと思うところ、話はすぐに解決策(ポジ)に及んでいました。
けれど[表情とセリフ]を描くたびにわかることは、解決策を話し合う前に「本当の問題は別のところにあるのでは?」ということです。
前述の箇条書きされた3つの課題に対して、 当初の「業務をすべて書き出す」という対策とはまったく異なる解決策が生まれてきたのは、「だれがどう困っているの?」という問いによって、より具体的な問題が見えてきた結果です。
「箇条書きされている課題」と「解決すべき本当の問題」は違うということを、わたしは「9つの表情」から教わりました。
多くの会議では「課題」と「ソリューション」を好み、「新しい価値」や「あるべき姿」を議論するのが大好きなのですが、「箇条書き」されているホワイトボードの議論に、絵筆を持つわたしはいつも不安を感じています。
人に関わる課題やサービスを話し合っているはずなのに、「だれが」という主語が無い議論。
文字だけの箇条書きや数字の羅列するエクセル表が、人の頭の中から三次元の世界、現実世界を想像する力を奪っているようです。二次元の文字遊び・言葉遊びから、実態を伴わない(絵にならない)議論を引き起こしているように思えます。でも何より気になるのは、そんな論理的で左脳的な議論に、話している人たち自身がつまらなそう、苦しそうに見えることです。
「情報」の共有より先に「感情」の共有を
議論を「文字」ではなく、絵=[表情とセリフ]で描くとはどういうことか。一言でいうと「『感情(気持ち)』を表現している」と言えます。
「仕事量が多すぎる」という箇条書きではなく、「トイレに行くヒマもないぐらい辛い」とか「1人で仕事を背負って可愛そう」という『感情(気持ち)』が表現できるということです。
『感情(気持ち)』が表現できると何が起こるかのか。「箇条書き」のまま議論していたときと違って、先ほどのメンバーの中には「ヒガシさんをラクにしてあげたい」「自分たちももっと楽しく仕事がしたい」「これは本気でなんとかしないと」という気持ちが芽生えてきました。GFでいうハートが描けてくる発言の数々です。
- [表情とセリフ]を描く
- →『感情(気持ち)』まで書ける
- →『感情(気持ち)』が伝わる
- →みんなの「気持ち」も動く
結果、共感から自分事へとコミュニケーションがぐっと深まり、ずっと速く議論が進むのです。
普段の会議の「文字」「言葉」「図表」では、文字で「情報の共有」はされています。けれども、多くの会議で「みんなの気持ち」が置いてきぼりにされています。わたしは絵筆を通して、「感情の共有」がされていないことに気づきました。
議論を絵にする=[表情とセリフを描く]という作業は、「みんなの気持ち」を汲み取る作業。モヤモヤしている会議があったら、課題や解決策(情報)を列挙をするのではなく、「だれがどう困っている」(感情)を語りあってみませんか。箇条書きにはできない、うまく言葉にはできない、モヤモヤしているところにこそ、解決すべき本当の問題と思いもしなかった解決策が隠れています。それを掘り出す1つのツールとして「9つの表情」を使ってみてはいかがでしょうか。
頭の中で思い描くでOK。「だれがどう嬉しいの」「だれがどう困っているの」
「9つの表情」を実際、絵筆を使って描く必要はありません。頭の中で思い描くことで十分です。「だれが?」「だれがどう困っているの」「だれがどう嬉しいの」、その想像力を広げてください。わたしは、そういった考え方を「絵巻物思考」と呼んでいます。
「絵巻物思考」ができると、実際、手を動かして描くよりも、頭の中のほうがずっと速く、かつ簡単に、二次元ではなく現実味のあるリアルな世界を想い描けます。奥行きがあって、色彩豊かで、温度感のある、表情表現も無限の、人間味あふれる世界が広がります。
「表情とセリフ」が思い描けないときには、「そもそも、だれがどう困っていますか」「それで、だれがどう嬉しいのですか」と会議メンバーに問いかけてみてください。
「9つの表情」から始めてみませんか
そもそも「9つの表情」が生まれたキッカケは、「絵心が無いけれど自分でも会議を絵にしてみたい」という声に答えたいという想いからスタートしました。絵筆でお手伝いした会議が120ぐらいを超えたころ、その120枚超の絵巻物を一つ一つ調べて、多用している絵を選び抜いてみました。
調べ始める前の予想としては、すぐに使える絵として、海外のグラフィックツールによくある、矢印や旗印や太陽や山といったアイコンマークのようなものが見つかるのだろうと思っていました。ところが結果は(わたしのGFの場合)いちばん描いていたのは[表情とセリフ]でした。これにはわたし自身も驚きました。でもこれが実は大事なバロメーターとして、今も議論に大きな役割を果たしてくれています。
「9つの表情」は基本に過ぎません。「眉」や「目」や「口」を入れ替えたりして、「表情」表現はどんどん増やしてみてください。わたしの描く「表情」の構造は簡単です。3つのパーツ「眉・目・口」で出きているだけです。それらを入れ替えたり、他にも顔文字やLINEスタンプやお気に入りの漫画を参考すると、さらに「表情」のパターンは広がります。
参考までに、金沢での「9つの表情」の活用実例を紹介しておきます。