IT勉強会に突撃レポートし、開始のきっかけや、運営ノウハウなどについてお聞きしていく本連載。第4回目はWebやアプリのデザイナーが「技術にしばられないでデザインを考えていく」というコミュニティ「デザイナーズハック」をご紹介します。2013年9月26日(木)に開催された月例会にお邪魔しながら、代表の秋葉ちひろさんにお話を伺いました。
ボタンであふれかえる温水洗浄便座のリモコンを再創造するには?
2011年11月に発足した「デザイナーズハック」では、これまでユーザインターフェース(UI)やユーザエクスペリエンス(UX)をテーマに活動を続けてきました。大手企業と共催でコンテストに応募したり、合宿形式でハッカソンを行ったことも。2013年からは月例会として、ペーパープロトタイピングのグループ・ワークショップが開催されています。平日の夜7時からスタートし、2時間程度のワークショップを行って、最後に成果物をプレゼンテーション。その後、軽食や飲み物を片手に交流会というのが定番スタイルです。
取材に伺った際は「温水洗浄便座のリモコンを研究してみる」というテーマで月例会が実施されました。会場のMozilla Japan本社ロビーには、学生からWebデザイナー、家電のUIデザイン経験者やエンジニアまで、幅広い経歴の参加者が十数名ほど集合。数名ずつ5つのチームに分かれてディスカッションが開始され、さまざまなリモコンのアイデアが披露されました。結果は公式サイトに掲示されています。
1980年代に本格的な普及がはじまり、今ではすっかり身近になった温水洗浄便座。それと共に多機能化が進み、ざっと挙げただけでも「水流(大・小)」「ビデ」「乾燥(温風)」「トイレ用擬音装置」「暖房便座機能」「シャワー水流量調整」「シャワー水流温度調整」「温風温度調整」「消臭」「脱臭」「芳香」「シャワーノズル洗浄」――などの機能が存在します。もっとも操作パネルの形状は機種ごとにバラバラで、中には40個近くのボタン類を備えたものもあるほど。秋葉さんがネットの画像検索で収集したというリモコンの写真群を紹介すると、参加者はみな、あらためて驚きを隠せない様子でした。
では、この「いささか無秩序すぎる」リモコンをどのようにデザインしたら、誰もが使いやすいものができるか。これが本会のテーマとして挙げられました。はじめに代表の秋葉さんは「日本語が読めない人にも使えるようにする」「ボタンやアイコンの配置・形状などにこだわり、できるだけ製品らしくデザインする」「考える過程を共有するため、2人以上で作業する」などを条件に設定。一方で「組込み型機器を念頭におき、タブレット型リモコンなどは考えない」としました。また冒頭にも示したとおり、技術面やハード面での制約は考えないことが確認されました。
これに対して参加者はいずれも「できるだけシンプルなUI」を念頭にデザイン。「公共トイレ用に、男性用と女性用でボタンを分ける(男性用はビデボタンを廃し、かわりに「やわらか水流」ボタンを配置)」「文字を一切使用せず、ピクトグラムのみでデザイン」「衛生面を追求し、手をかざすだけで操作」「シャワーノズルではなく、便座を動かして水流の位置を調節」「センサー技術を駆使して、一切のUIを廃することに挑戦」――という、5つのペーパープロトタイピングが披露されました。
また、当日は書籍『モバイルフロンティア よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』の翻訳・監修なども手がけた、システムエンジニアの安藤幸央氏がアドバイザーとして参加。各チームをまわりながら、ユーザ像や温水洗浄便座を使用する際の状況(コンテキスト)を意識することが大切だと助言されました。またライトニングトークも実施され、ユニバーサルデザインについての考え方や、トップシェアを誇るTOTOの「OASIS」(Originality, Affordance, Sincerity, Integrity, Simplicity)というデザイン思想などが紹介され、盛りだくさんな内容となりました。
組込み型デバイスもタッチパネルになっていく時代
高校時代に独学でHTMLとCSSを習得し、その後も「好きなことをしていたい」とWebサイトを作り続けていた秋葉さん。大学を卒業後はおもにフリーランスとして、京都・大阪でWebサイト制作やトレーニング講師などの仕事を約7年間続けました。2013年に(株)ツクロアの立ち上げに参加。「『気持ちいい』をデザインする会社」として、Webサイトやアプリ・スマートフォン向けサイト構築・アプリ設計などを幅広く手がけています。
ある時、エンジニア向けのハッカソンに参加して、「その場でモノを作る熱気」にあてられた秋葉さん。もっともハッカソンは技術ありきのイベントです。「デザイナーが技術にしばられずに、いろんな仕様を考えてみたらどうなるんだろう」と思いつき、「デザイナーズハック」を立ち上げるきっかけとなりました。
「実務では必ずプラットフォームが決まっていて、それに応じた技術で開発をしていきます。iOSアプリであればObjective-C、AndroidアプリであればJAVA、WebアプリであればHTML/CSS/JavaScriptなど。ハードウェアが絡む端末であれば、ハードウェアとの連携をするための技術も必要です。
でも、デザイナーとして開発に携わっている中で、ときにはそういった技術のことをまったく考えずに、斬新なアイデアを求められるときがあります。また、PCやスマホではないデバイスのインターフェースを考えなければならないときもあります。
自分自身そういったときでも、つい技術をいちばんに考えて、できるかできないかを考えてしまったり、お決まりのフローに従ってしかデザインできなかったので、コミュニティではあえて枠をはずした考え方をすることをコンセプトにしています」。
また、ときにはWeb技術やAndroidアプリ開発に関する執筆や講演を手がけることも。あるときエンジニア向けのイベントでデザインの話をしたとき、分析機器のメーターや医療系機器など、組込み型機器のインターフェース設計者から、こんな質問がありました。「『つまみ』や『ハードボタン』をタッチデバイス化するときに最適なGUIってなんでしょうか?」「うちの医療系の機器は海外でも使われていますが、海外向けと日本向けでGUIは変えるべきでしょうか?」こうした質問に対して経験不足もあり、その時は適切に回答することができなかったと言います。
「私たちは生活を便利にしたり、楽しくするためのツールやゲームアプリを作っています。一方で彼らは寸分の狂いも許されない業務機器を作られています。両者には大きな隔たりがありますが、これからはそうした業務機器もタッチデバイス化されていきます。私たちがスマートフォンやタブレットなどのアプリ開発で得たノウハウと、そうしたメーカの方々の専門的な知識が融合すれば、どんなデバイスに対しても良いUIが作れるのではないでしょうか。そんな風に考えるようになったのです」。
こうした秋葉さん自身の問題意識もあり、最近では組込み型機器のUIをテーマにペーパープロトタイピングのワークショップが続けられています。今回のテーマについても、秋葉さん自身が温水便座洗浄機のUIに関心があったため。テレビのリモコンについて集中的に取り上げたこともありました。ちなみに、このときは実際にテレビ関係のハードウェアを作られているエンジニアの方も多く参加されたとのこと。「技術的制約を考慮しないUIデザインは実務ではあり得ない」という声もありましたが、「業界のルールや常識に縛られずに考えることが大事」という賛同が多く、勇気づけられたそうです。
講義スタイルではなく、ワークショップ形式を続けている点もユニークです。「わたし自身、講義形式のものを聞いても『自分でやった! 成長した!』という気にならないのです(笑)」。また「UIやUX系の勉強会では、情報を整理して、設計して、模造紙にだだーっとワイヤーを書いて発表しておわり、という形式がよくありますが、それももの足りない(笑)」。そのため同じペーパープロトタイピングでも、ある程度まで細部を作り込むことが目指されています。取材でも「『水流』をピクトグラムだけで表すには?」「ピクトグラムを水が流れるようにアニメーションさせるとわかりやすい」など、参加者からワークショップならではの気づきも挙げられていました。
コミュニティは好きな人が集まるサークル活動
前述の通り、仕事ではおもにスマートフォンやタブレットなど、タッチパネルを用いたUIを多くデザインされている秋葉さん。前職でハードウェアのエンジニアと出会い、大きな刺激を受けたと言います。またガジェット制作などを行うメイカームーブメントに影響を受け、Arduino[1]などを触ったりもしていました。もっとも「おもしろいモノはあっても、デザイン的に惜しいものが多いんです。そこにデザイナーが入ることで、もっとかっこいい/かわいい、そして使いたくなるようなデバイスが作れるんじゃないかと夢をもちました」。こうした思いも「デザイナーズハック」に繋がっています。
「温水便座洗浄機もそうですが、普段使っているけどなんとなく使いにくい。そういう身の回りの気になるUIって、組込み機器がほとんどです。こんなふうにWebやスマートフォンから離れていろんなものを考えることで、逆にWebやスマートフォンのインターフェースを考えるときに役立つ知識も得られると考えています」。
また業務用機器のタッチデバイス化に向けて、今から組込み型機器向けUIの知識を深めておきたい……そんな希望も語られました。「デザイナーズハック」は、今は個人で活動しているとのことですが、自身のキャリアプランにもつながっているところがさすがです。
ちなみに勉強会を開催するうえで重要なポイントが幾つかあります。テーマ(講演者)・場所・広報・お金の管理などはその筆頭でしょう。テーマやスタイルは今も模索中で、その場で参加者に意見を聞いて決めることもよくあるそうです。自分だけで決めても、参加する人が楽しくなければ意味がないというのがモットー。「ある程度の枠を保ちながら、できるだけ来た人がみんな楽しめる振り幅をもっていきたいと考えています」。
場所については、以前「さわってみよう Firefox OS」というテーマでハッカソンをしたのをきっかけに、継続的にMozilla Japanの会議室をお借りしているとのこと。プロジェクターやWi-Fi、電源などが使用可能で、たいへんリッチな環境になっていました。広報については、立ち上げ時にFacebookやTwitterでマメに拡散していった程度だとか。会費も毎回500円ずつ参加者から徴収して、その日の軽食代にあてるなど、必要最小限度で管理。できるだけ毎回、参加費を使い切るようにされているそうです。
「中にはメンバーが1,000人を越えるような大きなコミュニティもありますが、私たちは本当にテーマに関心のある人が、十数人程度集まって濃い議論ができるようなコミュニティを目指しています」という秋葉さん。今後も「自分たちなりに考えていく」という、月1回の定例会をつづけていく予定だそうです。そのうえでメーカの人とコラボレーションをして、UIの改善点について考える会ができればと言います。「たとえば、今回の温水便座洗浄機であれば、TOTOさんやINAXさんなどの方を招いて、実際にみんなで考えてみるというのをしてみたいですね」。
参加者の多くはデザイナーやエンジニアといった職種に限らず、UIに携わっている人が中心で、常連さんと一見さんの割合は約半々。「いろんな職種の人と交流できるし、あくまで「自分たちなりに」考えることが大事なので、興味がある人が居れば、あまり気負いせず気軽に参加していただけたら」と話されました。
このほか、IT系の勉強会では珍しく女性が全面に立って主催・運営されている点もユニークです。もっとも、とくに女性だからと気負う点もなく、会が楽しくなるように、雰囲気作りに気をつけているくらいとのこと。また、できるだけ参加者全員と言葉を交わすようにしているそうです。実際にディスカッションの最中も、各チームを回って声をかけたり、交流会で初めての参加者にいち早く挨拶をされたりと、細やかな気配りが随所で感じられました。
秋葉さんは「コミュニティは『なにかを好きな人が集まるサークルのようなもの』」だと語ります。最初から規模化を目指すのではなく、まずは人の集まる「場所」と「時間」をつくることが第一歩で、重要なのは、「好きなもの」に対する気持ちだとか。「大きくなれば、自然と会場を貸してくださる方も出てくると思います」。また「コミュニティに参加したことがない人も、自分の好きなものや興味のあるものを扱っている会に、ぜひ気軽に行ってみてほしいなと思います」と締めくくられました。