IT勉強会に突撃レポートし、開始のきっかけや、運営ノウハウなどについてお聞きしていく本連載。もっともこれまでは、有志による手弁当のコミュニティについてレポートを続けてきました。しかし、昨今では企業がより主体的にコミュニティ活動を支援したり、勉強会を主催する例も増えています。そこでは、自ずとコミュニティとのつきあい方や、距離感が重要になるでしょう。
そこで第7回目では「niconico」(ニコニコ動画)でおなじみのドワンゴが主催する勉強会「歌舞伎座.tech」をご紹介します。2013年11月14日(木)に開催された「#2」では、歌舞伎座タワー14階の同社セミナールームを会場に、「11/14開催なのでC++11/14のお話」と銘打って開催。100名以上のエンジニアが集まる、活気あふれた勉強会となりました。
C++国際標準化委員も参加した勉強会
C++は筆者がふだん取材しているような、ゲーム系の開発現場ではポピュラーな言語ですが、Web系のエンジニアにとっては、少々縁が遠い存在かもしれません。サーバ周りではPerlやRuby、クライアント周りではJavaScriptやObjective-Cなどが中心だからです。しかし勉強会を主催する@mesoこと、ドワンゴ技術コミュニケーション室室長の清水俊博さんによると、同社ではサーバなどの基幹部分で、珍しくC++を活用しているとのこと。これに開催日もかけて、C++11/14がテーマに選ばれました。
なお、「歌舞伎座.tech」は2013年9月25日(水)にスタートしたばかり。第1回目のテーマは「Scalaを取り巻く世界」でしたが、これも同社がプロダクト開発にScalaを積極的に活用しているから。今後はサービスのテスト手法や、DevOps(開発と運用の相互協力)などのテーマも取り上げていきたいとのことです。
閑話休題。勉強会はC++国際標準化委員会による、2人のゲスト講演から始まりました。技術系ライターで、コミュニティ「わんくま同盟」のメンバーとしても精力的に活動されているεπιστημη(えぴすてーめー)さんと、自由ソフトウェア主義者として知られ、『C++11参考書:C++11の文法と機能』などを執筆された江添亮さんです。
επιστημηさんは「C++11 : variadic template のご紹介」と題して、C++11で追加されたvariadic templateの使用法について紹介。テンプレートパラメータパックや、ファンクションパラメータパックの展開方法、関数やクラスの使い方などを解説しました。また、ライトニングトーク枠でスマートポインタのunique_ptrに関する情報も補足されました。
江添さんは「C++14の新機能」と題して、「実行時サイズ配列」「汎用lambdaキャプチャー」など、現在も小改訂が続いているC++14の新機能と、その背景について解説しました。講演内容は2013年10月13日(日)に発行されたばかりの、C++のドラフト規格に基づくもの。文字どおり最新情報のオンパレードで、書籍などでは得られない、勉強会ならではの内容となりました。
C++は1983年にC言語の拡張版として開発が開始され、今日まで細かい改訂と標準規格化が続いています。C++11は2011年に制定された最新版で、正式名称は「ISO/IEC 14882:2011」。現在も小改訂が続けられ、一般的にC++14と呼称されています。しかし実際の開発現場ではまだまだ、以前のバージョンが使用されているのが現状です。そのため、両者の講演は最新情報に興味があるエンジニアには、打って付けとなったようです。
勉強会の後半では@ArcenFaustusことドワンゴの朝倉輝さんと、ドワンゴのグループ会社で、PS VitaやWii Uなどのコンソールゲーム機でniconicoのビューワ開発などを手がけるキラテスの西江みのるさんが、開発現場から見たC++11について講演しました。
朝倉さんは「C++11でのWeb開発の実情」と題して、niconicoでのC++の使われ方について解説。コメントサーバや動画配信サーバなど、速度や安定性が重視されるバックエンド部分で、C++の使用頻度が高いと言います。ただしサーバ台数が多く、すべての環境を一度に最新版にするのは難しいため、新規開発から先行してC++11が使用される傾向にあるとのこと。とくにチーム開発では開発者の足並みを揃えることが大事で、保守コストも考慮する必要があると指摘しました。
西江さんは既存のプロジェクトとの整合性を保ち、無用な混乱を避けるため、「自分のプロジェクトではC++11を使用していない」と切り出しました。実際、開発現場では斬新的な導入が求められるため、「変わった点」よりも「変わらない点」が重視されやすいと言います。そのうえで、C++03とC++11ではrevenue referenceの考え方が大きく変わったため、移行時には注意が必要だと指摘しました。
なお、勉強会は午後7時から開始され、午後8時を過ぎたあたりでピザとビールなどが登場。参加者は食べ物や飲み物を片手に、リラックスした雰囲気で聴講を続けました。当日の内容は「dwango エンジニア ブロマガ」で紹介されており、いくつかの講演については、スライドのリンクが張られています。勉強会の模様はニコニコ生放送でも配信され、来場者数で985人、コメント数で1,381件を記録しました。
社内勉強会を重視する社風から誕生
このように本勉強会はドワンゴが主催している点が最大の特徴です。もっとも、企業主催セミナーに見られるような宣伝臭は皆無で、手作り感があふれた内容となっています。そこには、どのような背景があるのでしょうか。
もともと中堅SIerにつとめていた清水さん。Javaのエンジニアが集まるコミュニティ「java-ja」の参加がきっかけで転職し、社内システムの開発に従事。その後、ニコニコ動画モバイルの開発責任者を経て、Windowsストアアプリ版「niconico」の開発責任者となり、現在は技術コミュニケーション室の立ち上げに関わり、その室長となっています。部署のミッションはエンジニアの生産性を高めることを軸に、技術広報やエンジニアの採用と教育を行うことです。
「歌舞伎座.tech」開催のきっかけも、本社が歌舞伎座タワーに移転し、100人規模が収容できるセミナールームが設置されたことにありました。以前から自分が主催するセミナーでも、他社の施設を使うケースが多く、悔しく感じていたこともあって、会社に上申していたとのこと。念願叶ってセミナールームの設置が認められたのです。そこでセミナールームの存在を広く知ってもらうために、会社主催の勉強会を開催していくことになったと言います。
同社では社内勉強会も頻繁に開催されています。全エンジニアが参加して、毎週開催されるライトニングトーク(LT)大会をはじめ、部署ごとのLT大会や勉強会、同期や友人間での勉強会や読書会は、それこそ毎日のように行われているとのこと。そのため社外向けの勉強会についても、会社の承認を得るのは簡単でした。他の運営スタッフも、技術コミュニケーション室で手が空いた社員が手伝ってくれています。そもそも同社では裁量労働制を採用しており、業務時間内での活動か否かは、本質的に問題ではないそうです。
「エンジニアが勉強会をやると言ったら、それを止める手立てはないのではないでしょうか。弊社は単純に勉強会で社内の設備(会議室やホワイトボードなど)を使うことについて、何ら問題視していないというだけの話です。そもそもエンジニアという職業を選んだからには、一生学び続けるのは当たり前です。その価値観がエンジニアだけでなく、総務や人事などとも共有できているのが、うちの強みかもしれません」(清水さん)。
もっとも「社内で勉強会を開催したいが、社員の腰が重い」「会社の承認が得られない」「社外の勉強会に参加することに、上司がいい顔をしない」といった悩みは、まだまだ少なくありません。一方で清水さんは「技術コミュニケーション室では、技術広報をミッションとしているため、社外向け勉強会の開催は、自分たちの業務範囲内の活動です」と、さらりと説明します。そもそも、こうしたセクションが社内に存在すること自体に驚かされますし、会社の自由な社風が伺えます。
企業はコミュニティと共存できる
一方でエンジニアのコミュニティをどのように盛り上げていくか、そして企業がどのように係わっていけばいいかについては、清水さんもまた試行錯誤中だそうです。コミュニティを活性化させるためには、定期的な刺激が与えられる環境が不可欠です。そこには新しいフレームワークや、新しいテスト技法、新しいサービスなど、さまざまな「燃料」があるでしょう。清水さんは「今回の勉強会で、C++のコミュニティに新しい刺激を与えられたのではないか」と振り返ります。
このようにコミュニティに対して、企業は新しいサービスや情報を発信するなどして、刺激を与えることができる。または、そうした環境を用意することで、手助けをすることができる……清水さんは、そのように感じています。その一方で「刺激を与えた結果をコントロールしよう」などと考え出すと、一気にコミュニティが崩壊し、メンバーが離れていってしまう可能性が高い……そんな風に釘を刺しました。
講演者で外部の人間とドワンゴ関係者のバランスを取っているのも、意図してのこと。企業主催の勉強会の先輩格としては、BPStudyの活動を参考にしているそうです。今後の抱負は、継続していきたいという一点だと語ります。
「歌舞伎座.tech」を開催する一方で、清水さんはプライベートでも勉強会にも係わっています。自身が立ち上げた「Node.js日本ユーザーグループ」もその1つ。2013年10月26日(土)には「東京Node学園祭2013」を開催し、実行委員長と基調講演をつとめました。年内で代表を交替する予定ですが、今後もコミュニティの一員として活動は継続していくそうです。勉強会の参加はエンジニアの視野を広げるという清水さん。会社とプライベートで異なる勉強会に所属することで、さらに視野が広がるということなのでしょう。
清水さんのエンジニア人生は、勉強会の参加を機に動き出しました。社内という狭い世界しか知らない状態から、世の中には多くの会社があり、そこでいろいろな人々がさまざまな技術を活用していることを知るだけで、エンジニアとしては絶対にワクワクするはず。参加するだけでなく、登壇したり主催したりするようになると、さらに世界は広がっていくと言います。「皆さんと勉強会でお会いできるのを楽しみにしています」(清水さん)。
いま、IT業界やゲーム業界に限らず、多くの企業がコミュニティの重要性に気づきつつあります。その一方で、付き合い方に試行錯誤をしているのも事実。背景には利益を追求する企業と、非営利が前提のコミュニティという、スタンスの違いがあります。この両者をどのように結ぶか。そうした中で、清水さんの取り組みは頭一つ抜きん出ていると言えるでしょう。それはまた、同社が「niconico」の運営を通して、コミュニティとの付き合い方を学んでいるからかもしれません。