10月14日(現地時間)、米サンフランシスコのモスコーニセンターのサウス会場では早朝から人々が長い列を作っていました。彼らのお目当てはSalesforce.com主催の年次カンファレンス「Dreamforce 2014」に登壇するヒラリー・ローダム・クリントン(Hillary Rodham Clinton)前米国国務長官のキーノートです。
次期米大統領候補の最右翼とも目される、世界で最も影響力のある女性が、ITのイベントでいったいどんなメッセージを発するのか? ─本稿では会場で直接耳にした彼女の言葉のいくつかをお伝えしたいと思います(なお、本稿ではクリントン前国務長官を「ヒラリー」と表記しています)。
テクノロジから受ける恩恵はその危険を補って余りある事実を証明しなければならない
──我々がいま本当にフォーカスすべきことは、“テクノロジから受ける恩恵はテクノロジによる危険を補ってあまりある”という事実を確たるものにすることです。そして、テクノロジによって可能になることが増えるのと同時に、それらは公平に世界に分散していく必要があります。そうなれば、より多くの職を生み出し、より多くの家庭やコミュニティがつながるようになり、我々自身の視野が拡がっていきます。
世界にはまだインターネットにつながることができない人々が50億人存在すると言われています。そうした"不公平"な状態は持てる者と持たざる者の間にあるギャップを拡大し、富や機会の一極集中を促進することにつながります。テクノロジの恩恵は可能な限り公平に、平等に世界に拡がっていかなくてはならない─これはヒラリーだけではなく現オバマ政権の方針でもあり、IT企業でもFacebookが「世界の残りの50億人にリーチする」と理念に掲げています。
──以前に比べて個人、とくに活動家や反体制の意見をもっている人に対して、国家によるターゲティングが厳しくなっているのは間違いありません。だからこそ私はインターネットはオープンでなければならないと強く思います。
テクノロジの恩恵と相対するように存在するそのリスク。とくに権力とテクノロジの結びつきは、現体制に異を唱える人々への監視と圧力をより強化することが可能になり、その流れが顕著になれば民主主義そのものが危機に瀕してしまいます。多様な意見を認める社会であり続けるためにも、世界をつなぐインフラであるインターネットはオープンであることが重要だとヒラリーは強調します。
──ここにいる皆さんには申し上げておきたい。いま現在、世界には(言論に対して)抑圧的な体制を押し付けている国家があり、インターネットをコントロールして言論を封殺し、人々の自由を奪おうとしています。そしてそうした体制との戦いは継続中なのです。
"抑圧的な体制(oppressive regime)"を採っている国家の名指しは避けたものの、ネットを使って基本的人権を弾圧する国家とは戦っていくべきと主張するヒラリー。なおオバマ政権に対しては「ネットの公平性を保ち、自由な言論を守るつための最大限の努力をしている」と高く評価していました。
もっとも個人的には、オープンインターネットの重要性を主張するなら、スノーデン事件によって明らかになったNSAの行為についてどう考えているのかを聞きたかったところですが、さすがにそこまでリスクが高い発言は避けたようです。
企業が社会的責任を果たすことはもっと評価されるべき
──マークと彼のワイフのリンに心から感謝をしたい。ビジネスが順調なときに社会的な貢献をすることは本当にすばらしい。倫理はエレクトロニクスと同じように重要なものです。(Salesforce.comのように)企業が社会的責任を果たすことはもっと高く評価されていい。この業界だけでなく、世界全体にとってのモデルになるからです。1%を社会に還元するというコンセプトは、クラウドと同じように革命的だと思います。
“マーク”とはSalesforce.comのマーク・ベニオフCEOのこと。ベニオフ夫妻はサンフランシスコ市内にある「UCSFベニオフ小児病棟」に2億ドルの寄付を行っていますが、そのほかにも数々の慈善事業に従事していることで知られています。Salesforce.comは「就業時間の1%、製品の1%、株式の1%を使って社会貢献を」というスローガンを掲げており、これを「1/1/1モデル」と呼んでいます。単なる理念にとどまらず、統合型社会貢献モデルとしてGoogleなどの企業でも採用されており、ヒラリーはこうした同社の"Doing Good"な姿勢を大きく賞賛しています。
──子供がごく小さいときから親が読み聞かせ、話しかけ、一緒に歌を歌う、その機会が多ければ多いほど子供のボキャブラリーは豊かになります。逆に貧しい国では子供たちに本や音楽が与えられない。この"ワードギャップ"は一生に渡って蓄積され、その格差はどんどん大きくなる。私はいま、このギャップを埋めるための取り組みに力を入れています。
10月に初孫のシャーロットちゃんを授かったヒラリーですが、子供の教育における格差解消については以前から熱心に活動を続けています。ワードギャップの問題はここ数年議論に上がることが多いのですが、幼少期にたくさんの言葉に囲まれて育つ環境がいかに重要か、親が子供に対して対話とコミュニケーションを繰り返し行っていくことがいかに子供の人生を豊かにするかをヒラリーは壇上で強く主張していました。冒頭で紹介した"ネットの公平性"を保つことも、ワードギャップ解消のためにテクノロジが貢献できることのひとつだといえます。
──私は世界中のすばらしい女性大統領や女性首相を数多く知っています。米国にもいつか女性大統領が誕生するでしょう。でも今日、私はニュースを発表するためにここに来たわけではありませんから。
キーノートの後半はヒラリーとシュワブ博士の対談形式で進められました。対談の最後、シュワブ博士の「1999年にあなたに聞いた質問をいま、ここでもう一度したい。米国民はそろそろ、強くて美しい女性を彼らの大統領に選び、サポートしていきたいと思っているころじゃないかな」という質問に、ヒラリーは笑いながらこう答え、大統領選出馬に関する明言は避けました。
対談の最中、シュワブ博士がヒラリーのことを「マダム・セクレタリー(Madam Secretary)」という敬称で呼んでいたのがとても印象的でしたが、数年後には「マダム・プレジデント」に変わっているのかもしれません。
4日間で14万5,000人の来場者を集めた「Dreamforce 2014」の最大のハイライトと言われたヒラリー・クリントンのキーノートは、スタンディングオベーションで始まり、スタンディングオベーションで終わりました。ヒラリーはここ最近、IT関連企業やテクノロジを専攻する学生が多く存在するここ西海岸での講演活動を活発に行っています。ITの重要性を熟知した、IT業界とのつながりの深い女性大統領が誕生する、その可能性が一段と高まったことを感じさせるキーノートでした。