無関心な現場で始める業務改善【シーズン2】

第2回組織の不良体質……経営責任だけではない

半年前の「テクノロジーズリバイバルプラン」にある早期退職により、300名もの社員が退職したのが先月末付です。仲間や先輩社員がいなくなってからちょうど1ヵ月……職場には活気がありません。

誰よりも自社の製品、自分の会社に誇りを持っている佐藤さんは、各部門の部長たちが集まった品質対策会議の場において、責任転嫁で誰も本気でない様子にがっかりすると同時に、行き場のない怒りのあまり、会議の途中でぶちまけてその場を飛び出します。出る杭が打たれる組織の中で、損か得かで物事を判断し、積極的に問題解決に臨もうとしない部長たちを見て、佐藤さんは、⁠自ら出る杭になろう」になろうと誓います。

組織の不良体質

人間誰しも「正しいかどうか」ではなく「損か得か」で物事を判断してしまうことはあるものです。しかし一方で、損をするとわかってはいても自分の正しいと信ずることをやろうと努力するのも人間です。多くの人は自分の中で、損か得かのバランスを測りながら、組織の中ではそこそこ折り合いをつけながら毎日を過ごしているのではないでしょうか。

組織の中にいる人間が重要な意思決定をする時に、それが正しいかどうかではなく、自分の立場にとって損か得かで判断することが染み付いていると、組織は不健全なもの(不良体質)となります。

GHテクノロジーズの組織は不良体質なのか見ていきましょう。

始まった大リストラ

創業以来30年、順調に業績を伸ばしてきたGHテクノロジーズが、海外企業の追い上げや製品不良があったにせよ、まさか人員削減にまで踏み切るとは、誰しもが予期していませんでした。1年ほど前から定時退社の促進など残業規制は厳しくはなったものの、賃金カットまで踏み込んでいませんでした。社員は皆、テレビや新聞で流れる人員削減のニュースを聞いても自社には関係ない出来事だと信じて疑わなかったのです。

一般に、希望退職を募る前の経営施策としては、人件費削減の目的で、時間外勤務の抑制を行います。その次に、賃金カットが行われます。これらを総称して、ワークシェアと呼ぶこともあります。さらに、グループ会社や子会社への出向や転籍の配置転換を行い、本体の人件費負担を軽減します。つまり、社員を減らすのではなく、雇用を維持するための施策を行い、最後の手段として社員の退職を募ります。これらの経営施策は自社だけでの決断ではなく、上場企業であれば株主から要求されることも少なくありません。

GHテクノロジーズの場合は、これらの段階的な経営施策(人件費削減)がとられてこなかったことから、リバイバルプランが発表された途端に各職場は騒然となります。半年前の出来事です。

佐藤さんは同期で何かと意気が合う知的財産部の加藤さん(33歳)と、駅前の居酒屋で一杯やっています。

  • 佐藤さん:「加藤さぁ、今回の経営施策で人員削減って、急すぎないかい?」

  • 加藤さん:「だよなぁ、本社では経営状況はわかっていたはずなのに、開発や工場ではほとんど話題になっていなかったから」

  • 佐藤さん:「確かに何も情報開示がなかったよね。うすうすは感じていたけど……それで、お前は辞めるの?残るの?」

  • 加藤さん:「なんだよ急に。そういうお前こそ、どうするんだよ?」

ほんの少し前まで社内で、⁠辞める」⁠残る」などという会話をするなんて考えてもみませんでした。加藤さんにどうするのか聞いてはみたものの、自らの進退を決めかねている佐藤さんでした。

水面下での経営批判

会社が発表したリバイバルプランの早期退職の対象者は、年齢の高い社員からというものではなく、入ったばかりの新入社員も対象とするものでした。勤続年数に応じた⁠転職支援金⁠と名付けられた⁠退職積増金⁠が退職金に加えて支払われます。

社員も、このご時世ということもあり、年齢が高ければ高いほど再就職に苦労をすることはわかっています。したがって、退職に手を挙げることを躊躇しながら、万が一、会社がつぶれてしまったら退職金すら一銭も支払われないだろうと考えるのもごくあたりまえのことです。

加藤さんと話をした翌日、入社3年目の部下、赤西さん(25歳)から声をかけられました。

  • 赤西さん:「佐藤主任、うちの開発部はどうなるんでしょう?……っていうか、経営層に信頼おけないですよね?」⁠3年目の僕らが早期退職の対象も納得いかないし、今年の新入社員も対象なんておかしいっすよ!だったら、採用するなですよ」

  • 佐藤さん:「昨日、知財の加藤とも話したけど、あまりにも急すぎるよな」

  • 赤西さん:「みんな一生懸命やってきたじゃないですか。とくに開発は連日、遅くまで頑張ってきたのに、やってらんないっすよ」

「赤西の言うことももっともだ、俺も会社を信じてきたのに裏切られた気持ちでいっぱいだ」……、佐藤さん自身もどうすればよいのか答えが見つからず、悶々とした日々を過ごします。

腐る職場・荒れる現場

早期退職の受け止め方も部門によってさまざまでした。

比較的、若手が多い開発部や営業部では、皆、表立っては口に出さないものの、経営批判の声が聞こえてきました。

いっぽう、ベテランが多く、年齢層も高めな製造部の反発は激しいものでした。⁠俺達をいったい何だと思っているんだ!⁠⁠。自社のモノづくりを支えてきた自負もあり、海外のEMS企業に製造委託を決めた際に、部門そのものを縮小された過去もあるのでなおさらです。

情報システム部のエンジニアは会社に見切りを付け、早々に転職活動に入った若手も多くいました。仕事時間中に堂々と転職サイトに登録をする、有休消化に努める者も現れる始末でした。上司もその様子を見て、本来であれば仕事をしろ!と言うべきでしょうが、上司自らも進退を決めかねているので黙認状態です。

現場はわかっていた……経営だけの責任ではない!

佐藤さんは進退に悩みながらも、現場がひどい状態になっていることに対して、どこか釈然としない気持ちがありました。同時に自責の念にもかられます。

《佐藤さんの葛藤》

皆、一様に会社や経営の批判をしている。今まで、業績が良かった頃には誰も何も言わなかったのに、いったん業績が悪くなったら責任はすべて経営者であると決めつける。確かに経営責任は大きいと思うが、早々に会社に見切りを付けて、次の仕事を探して仕事をまともにしない社員もどうかと思う。

そもそも自分たちの会社であるGHテクノロジーズへの愛社精神はそんなものだったのか?自社や自社製品に対して誇りとかないのか?そんなんじゃ、良い製品やサービスなど会社ができるわけないじゃないか。

いったいなんなんだ、この連中は。都合が悪くなるとみんな人のせいだ。今回のEMSのことや、品質不良に関しても、経営が気づくより前に現場ではわかっていたはずだ。なぜ、彼らはおかしなことになっているとわかっていて、対策を講じなかったのだろう。

経営が現場情報を得るにしても、現場からのマイナス情報が上がらなければ、経営が道を誤ることにもなるはずだ。

すべてが経営責任ではなく、自分たちにも責任があるのではないのか?

だとしたら、現場の我々自身が腹をくくり、この難局を乗り越えていかなければいけない。

自身の進退にぐらついていた佐藤さんですが、このように考え出すと、もう彼としての答えは決まっていました。⁠俺が会社を立て直す、だから辞めない⁠⁠。結婚して3年目、2歳になる一人娘の姿を思い浮かべながら、かなりしんどい道のりになるかもしれないと、この時佐藤さんはまだ気づいていませんでした。

悪意のない反対勢力

先ほどの⁠佐藤さんの葛藤⁠について考えてみましょう。

GHテクノロジーズで起こった経営批判ですが、批判の声を発している社員一人ひとりは本来、悪意があったものではありません。これまでしっかり会社に貢献をしてきた人たちです。ところが、いったん会社が良くない方向に向かうと、⁠責任は自分たちではなく、経営がまずいからこうなったんだ」と、自身の正当性を主張し始めます。

これらは何も企業組織に限ったことではなく、政治や国際社会の中でも見られることです。

冒頭に述べた「組織の不良体質」ですが、企業組織の中で、⁠どうせ言ってもムダ」とあきらめている社員は少なからず存在します。本連載の第1回でお話ししたように、打たれたくないがゆえに、出る杭にはならないからです。

そして、ここに大きな落とし穴があります。

どうせ言ってもムダだと思っている社員は、経営から見れば、反対勢力として働くということです。反対勢力ということは、経営改革を阻害する側という意味です。

会社としては、経営改革を進め、何としてもこの難局を乗り切らなければ先がありません。早期退職もその1つです。これを断行しなければ会社の存続がないのならば、経営者としてはやらざるを得ないでしょう。

経営批判をする社員には上述したように悪意はありません。「言ってもムダ」とあきらめている社員が、⁠改革を阻害しているのは実は我々自身なのだ」ということに気づいていないことが、組織の不良体質問題の根の深さを物語っています。

しかし、同時にこの問題解決の糸口も見えてきます。どういうことかと言うと、悪意のない反対勢力は、⁠言うことはムダではないというセーフティネット」のような存在があれば、改革を率先する社員へと好転し得る可能性を秘めているからです。

この⁠セーフティネット⁠については、別途詳しくお話しします。

半年前に、ぐらつく気持ちもありながら、⁠俺が会社を立て直す」と決めた佐藤さんです。製造部の多くの先輩社員は会社を去りましたが、幸い、佐藤さんの周りでは知財の加藤さん、部下の赤西さんもまだ会社に踏みとどまっています。ただ、覇気がない、くすぶっている感は否めません。

一時期は、経営者や会社を恨んだ佐藤さんですが、我々現場にも責任の一端はあったのではないかと考え始め、まずはできることから始めようといよいよ活動を始めます。まだ、誰も味方はいない⁠アングラ活動⁠に近いものですが、⁠会社を良くしていこう」という志を持った社員はいるはずと信じています。

次回は、佐藤さんの奮闘記を交えながら、協力関係・信頼関係について考えていきたいと思います。

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