これまでのあらすじ
「GHテクノロジーズリバイバルプラン」と銘打った経営施策は、800名いた社員のうち、300名が早期退職で会社を去るという事態を皮切りに、もっと経営改革が進むものと佐藤さんは考えていました。ところが、海外のEMS工場における品質不良の問題は名ばかりの対策会議で今もまだ棚上げ状態、不良在庫は増えるばかりです。社内のあちこちで経営批判をする社員が後を絶ちません。経営だけの責任ではなく、自分たちにも責任の一端はあったはずだと考えている佐藤さんは、会社を立て直すと決めたものの、手探り状態です。
佐藤さんはじっとしてはおられずに、各部門の部長に声をかけますが、期待できない返事ばかりで、協力関係を得ることができません。直属の上司である杉本課長も事なかれ主義者で当てにならない1人です。実態として、早期退職以外に何ら経営改革が進んでいるように思えないうえ、現場からは危機感が感じられず、佐藤さんも苛立ちを感じています。
先日、大学の先輩であるマーケティング部の坂本課長と話をして、社長が明確に改革の方針やビジョンを語っていないことが問題だということに気づきます。開発部の一主任の立場では部長を動かすことはできないと悟った佐藤さんは、きちんと改革を進めるべく、直接、社長に話をすることを決意します。
社長への直訴
GHテクノロジーズの中田社長は、佐藤さんが入社したときは開発部の部長だったこともあり(第1回)、知らない仲ではありません。そうは言っても本来、社長と話をするためには、総務部の秘書課などを通じてアポを入れておくのが筋です。また、開発部の上司である課長の杉本、部長の村瀬の頭を飛び越えた話も立場上、まずいことには、頭が回りませんでした。
普段はなかなか出向くことのないビルの最上階に向かいます。“社長室”と書いてあるドアの前に立ち、一呼吸おいて佐藤さんはノックをします。聞き慣れた「はい、どうぞ」という中田社長の声を聞き、少し緊張しながら社長室に入りました。
佐藤さん:「開発部の佐藤です。突然すいません、少しお時間をいただけますか?」
中田社長:「佐藤君か、ずいぶん久しぶりだな。ちょうど今の時間はアポはなかったはずだから構わんが、まぁ、そこにかけたまえ」
佐藤さん:「はい、失礼します」
中田社長:「で、突然どうしたんだい?」
佐藤さん:「いきなりで申し訳ないのですが、社長は今回の経営改革に対してどうお考えでしょうか?まだ具体的な改革の方針、ビジョンなど伺っていません。どうしても聞きたいのです」
中田社長:「昨日の部長会で経営改革の話をしたばかりだから、まだ伝わっていないのかもしれないね」
佐藤さん:「それを聞かせていただけますか?」
佐藤さんは直接、社長から経営改革の骨子を聞くことができました。社長の口から出た重い言葉、止むにやまれない人員削減であったこと、今回の経営改革に対する熱い思いを聞くことができ、自分が退職を選択しなかったことは間違いではなかったと思いました。
しかしその一方で、佐藤さんは現場の状況や自分の問題意識を中田社長にぶつけました。
現場からのボトムアップ改革
佐藤さん:「早期退職から1ヵ月が過ぎますが、現場にはゆるい空気が漂い、緊張感や危機感のかけらもありません。現場では相変わらず経営批判が多く、中間管理職以下、気を引き締めて仕事をしていない様子を見て、このままじゃ会社はダメになるという気持ちでいっぱいです」
中田社長:「改革方針・ビジョンは今度の社内報で伝えると同時に、下期の経営方針発表会でも伝える。一足先に部長会では発表したものの、まだつい先日のことだから、君からすればじれったく感じてしまっただろう」
佐藤さん:「現場が腐っている様子は黙って見てはいられません。辞めていった人たちも浮かばれません。今この瞬間も品質に問題がある製品が作られています。しかし、原因はまだはっきり見出せていません。開発部の僕に何ができるかを考えると、現場を回り問題を見つけ、1つ1つつぶしていくしかないんです」
中田社長:「品質不良はもちろん大問題だ。現場が経営層に不満があることは自分もわかっている。やる気のない中間管理職ばかり育ち、会社に残ってしまったことも問題だ。ただ、私は経営者だ。ここで会社をつぶすわけにはいかない」
佐藤さん:「そこで、社長にお願いがあります。少なくとも僕は会社がこうなってしまった責任は経営者だけではなく、我々社員にも多くの原因があると感じています。僕は自分の目で、現場で何が起こり、どんなことが問題なのかを見極め、改善をしていきたいと考えています。昔のような活き活きとした職場を取り戻したいんです」
中田社長:「トップダウンの経営改革だけでは不足かね?」
佐藤さん:「それはわかりません。ただ、現場にいる人間が、“経営者が会社を変えてくれる、だから自分たちはただひたすら待っていればいいんだ”と思ってしまったら、結局、現場は会社に甘えます。自分たちで良くしようという行動も起こさないと思います。そして都合が悪くなったときだけ会社のせいにする。こういう風潮が僕には許せないのです」
中田社長:「つまり、現場からのボトムアップの改革を始めるということかい?」
佐藤さん:「そうです。ノーと言われても、僕は1人でも現場からの改革をやるつもりで、今日は話をしに来ました。」
中田社長:「佐藤君、昔と変わってないな。よし、わかった。まずはできることから始めてみてくれ。遅かれ早かれ、現場の改革は必要になる。我々、経営者の中にも社長の僕とは意見を異にする役員がたくさんいる。したがって、急にオフィシャルに社内に打ち出すことはできないが、次の経営会議で経営施策の中に盛り込むことを提言しよう。そのためには、まずは現場で何が起こっているのか、君なりに把握しておいてくれるとありがたい」
佐藤さん:「わかりました」
社長室を後にしながら、佐藤さんは思いのほか手ごたえを感じています。
組織における話の筋の通し方
さて、読者の皆さんが仮に自社の社長と直接話をするとなった場合に、この佐藤さんのような行動をとれるでしょうか?
佐藤さんのGHテクノロジーズでは、社長と佐藤さんが元上司と部下の関係性があったこともあり、アポなしであっても社長はきちんと佐藤さんの話に耳を傾けてくれました。しかし、多くの会社においては、社長のところまで話を持っていくことすら困難でしょう。まずは、直属の上司である課長や部長を通じて話をすることでしょう。そして、部課長が「ウン」と言わなければ、そこで話は打ち止めです。
「上の人に言って通じなければ、さらにその上の人に言う」。このようなことは昔からあるわけですが、組織としては“許される文化”もあれば、“許されないご法度の文化”もあります。上司の立場で素直に考えれば、部下から「あんたじゃ話にならないよ!」と言われているようなものです。
今回の佐藤さんのように、上司の頭を飛び越えてその上の立場の人に、経営や組織的な問題を話すと、上司はさらにその上の上司から「君の部門ではどういうマネジメントをしているんだ?、どういう教育をしているんだ?」と、上司自身が責められる要因にもなります。いずれにしても、言いだしっぺの人は上司からは“目を付けられる存在”になり、不利益を被ることすらあります。当然、言いたくなくなる、結果、言わなくなります。
このように言いだしっぺの人に、「損得で動く」という牽制が働くと、「自分が損をするならば言わないほうがいい、関わらないほうがいい」となり、第1回で述べたような「出る杭になりたがらない」ような行動特性を余儀なくされます。
一般にボトムアップで一社員が社長に提言をするためには、しかるべきプロセスを踏まないとつぶされることは目に見えています。製品開発ならまだしも、良かれと思って行う身の周りの改善提案ですら、「ROI(投資対効果)はどうなのか?」と上司から問われる時代です。改善や改革のROIは一社員が示すことは、内容にもよりますが難しい局面を伴うことも多いでしょう。いくら、一社員が自社を良くしようと思っても、会社としては、「それをやってどうなるのか?」という期待効果を定量的に求めます。「熱い思いと高い志を持っています」と言ったところでROIを示せなければ、改善・改革に会社として取り組むことに"ゴー"が出ることはありません。
「何とかしたい」という思いを持つ社員がいるということは、会社にとっては"宝"です。その実現・実行支援をせずに、現状維持に甘んじる経営者、余計なことには関わろうとしない中間管理職は部下にとって重石以外の何物でもありません。部下の重石をどけてやることが、マネジメントの仕事であると筆者自身は考えています。
仲間を募る
さて、現場で改善を進めていくことを、オフィシャルに社内で打ち出すことは次の経営会議までかかるものの、「現場で何が起きているのかを把握してくれ」と中田社長に言われました。
そうは言っても、現場の部長は頼りにならず、協力は得られそうにありません。陰では経営批判をしながら、表立っては何も動こうとしない社員たちを横目に、佐藤さんは改めて志を同じとする仲間を見つけようと動き出します。そのためには、自分のことをよく知っている人を巻き込むしかないと考えます。
同期の知的財産部の加藤、あいつなら仲間になってくれる。開発部なら、村瀬開発部長です。若手の部下の赤西君も自分を慕ってくれているし、赤西君の同期の法学部出身の広瀬さんも加藤さんとは課は違うが、同じ知的財産部に属している。永井部長も元は開発の出身者だから、製造や品質管理、営業の部長のように保守的なことは言わないだろう…。良きアドバイスはくれるが腰が重いマーケティング部の坂本課長も、問題意識は高いので協力をしてくれるかもしれない。
さて、どこからどう切り出そうかと佐藤さんは考えます。
会社が直面している課題は、製造や品質に関することなので、できればこの両部門から入り込んで突破口にしたいところですが、部長や現場が話にならない状況は既にわかっています。
では、開発部や知的財産部からできることは何か?会社から経営改革の具体的施策が出るか出ないかの段階において、かつ早期退職後まだ1ヵ月の混とんとしているこの時期に、動かない事なかれ主義者の中間管理職と、無関心で傍観者と評論家ばかりの現場をどう変えていくか。
会社を変えたい意欲は誰よりも強いものの、どのように改革のシナリオを作り、現場を巻き込んでいけばよいのか、やり方は皆目見当がつかない佐藤さんです。
見えた光明
そのような時に、ふと目に留まったのが技術評論社のgihyo.jpで連載をしている『無関心な現場で始める業務改善』というコラムでした。
読むにつれて、「うちの会社とそっくりだ」とうなずく佐藤さんです。ただやみくもに改善、改革を進めるのではなく、きちんとビジョンを描き、変革のグランドデザインを行いながら、仕掛けを作り上げ、現場に動機づけをすることが大事であることを知ります。これまでに思いばかりが先走っていた佐藤さんからすれば、“目からうろこ”のような視点も書かれていました。
中田社長にも後押しをもらい、仲間になりそうな人をピックアップしながら、まずはどう進めていけばよいかを知るため、このコラムを書いているコンサルティング会社にコンタクトをとろうと決めます。手探り状態でもがいていた佐藤さんに、僅かながらも次に何を行えばよいのかという光明が見えた気がしました。
次回は、コンサルティング会社との相談とアドバイスを中心に、「現場の改善プロジェクト」始動に向けての作戦を立てるお話をします。