とびきりフシギな花を一つといわれたら、即座にあげられる。コシノコバイモ(越の小貝母)である。ユリ科の植物で、身のたけ十センチばかり。
いたって小柄だが、同じように小さな花はいくらもある。コシノコバイモがフシギなのは、分布がかぎられていることだ。名前に「越」がつくとおり、越中・越後を中心とした本州中部の日本海側。北限は山形県鶴岡あたり。西は石川県、東は岐阜県北部。その一方で静岡県から伊豆半島にコシノコバイモの飛び地がある。どうしてこんなヘンテコな生態をもつのか、専門家にもわからない。
花の季節の短いことでも特色がある。咲くのは、せいぜい二週間。落葉樹林の林床などでひっそりと花をつける。小さい上に保護色のような緑の花なので、なおのこと見つけにくい。まごまごしているうちに季節が終わり、地上から消えている。そんな幻の花であって、森の忍者というものだ。
カタクリやキクザキイチゲと同じく春植物なので、いまのような夏には、むろん対面できない。居場所の見当をつけようにも、茎も葉もない。森や林が緑につつまれると、さっさと冬眠に入って夏を過ごす。ものみな生命力あふれた季節は、寝て過ごす偏屈者である。秋雨のころを迎えると、やっと目を覚まし、地下の鱗茎から根をのばしはじめる。このころに土を掘ると、ラッキョとそっくりなのが顔を出す。土をもどして、目じるしをつけておけば、忍者のシッポをつかんだぐあいである。
そんなに手のかかる花だが、手をかける値打ちはある。ラッキョから芽が出て、十センチばかりのびるとサヤ状の葉をつけ、葉柄からつり鐘形の花が一つ。花弁がわれて、中に蜜をためる。虫を誘う装置はそなえているが、なにぶんにもカタクリと同じ早春のころなので、クマバチやマルハナバチなどは飛んでいない。まだ送粉役がほとんどいないのに、ちょうどそのころ花をつけるのはどうしてか。この点でもよくわからない。
全体は小さいが、花はふつうのスケールなので、不つり合いに大きく見える。数少ない虫をおびき寄せる手段らしい。やがて二ミリほどの種ができる。先端に「エライオソーム」というのがついていて、これが匂いを出す。アリへのサインであって、アリに散布の役をつとめさせる。
もともと「越」地方にかぎられていたのが、静岡や伊豆に飛び地をつくったのは、アリが運んできたからだろうか? あるいは何かの土や樹とともに移ってきたのか。
花を咲かせ、種子をつくったあと、またもや大きく変身する。茎の先が一枚葉だけになり、サヤ状であったものがウチワ形に丸みをおびて大きくなる。この期間を入れても、コシノコバイモの生息期間は一ヵ月にみたない。ほんのかぎられた地上の温度でないと生きられない。ラッキョ型のエネルギー源が尽きてしまうせいらしい。
だからといって弱いわけではない。冬眠のあいだに鱗茎をつくり、それが一定の大きさに達すると、それで成長は打ち切りにして、茎と葉と花に集中する。短期間に種子をつくれば、上の面々はお役ごめん。エライオソームつきの種が地下で鱗茎をつくっていく。自転車操業のように慌しいが、やりくりの能力は抜群にある。
山裾や林は宅地用に目をつけられやすく、開発の手がのびると、やりくり上手でも、ひとたまりもない。生育地を保護区にしてもいいのだが、それをすると忍者探しの欲深い人間が入りこむ。いずれコシノコバイモは、文字どおりの「幻の花」になるのではなかろうか。
越の小貝母(コシノコバイモ) 画:外山康雄
花データ
ユリ科の多年草/花期:2~3月。芽が出るとき、球根が貝のように2つに割れ、真ん中から新しい球根が生まれる。
外山康雄「野の花館」だより
ようやく梅雨が終り、蒸し暑い魚沼の夏です。連日雨降りだった影響で、紫陽花がまだ綺麗に咲いています。擬宝珠(ぎぼうし)もやっと花開きだしました。山のほうにでかけると鳥足升麻(とりあししょうま)、蛍袋(ほたるぶくろ)が目立ちます。
夏の花は地味なものが多い中で、山百合が一斉に開花して、壮観です。届いた1本(1m丈)をやっと描きました。私は目の前にモデルをおいて描きますから、強烈な香りに馴れてしまいましたが、館内に飾ってある山百合の香りに、お客さまは圧倒されるようです。夏の山が感じられて楽しいです。
雲切草、沢蘭、鴇草(ときそう)、芒蘭(のぎらん)、鬼の矢柄(やがら)、大山鷺草、金紅花、車百合、と私には見つけられない素敵な花々を連日描くことができて、興奮しています。描き終えるとすぐ館内にモデルと一緒に飾りますから、新鮮な雰囲気は演出できるのですが、ちょっと欲ばりな展示になっています。ぜひ、おでかけください。
右上の絵は蕎麦菜(そばな)、右下は燕麦(えんばく)です。いずれも館の近くにあります。どちらも夏の花という感じです。
(8月1日)