この連載ではピクシブ株式会社という東京にある事業会社で盛んになっている「ポエム」によって駆動する開発について、その特徴をお話します。第一回は舞台となっているピクシブという会社はどのような環境か、その会社で書かれている「ポエム」とは何なのかをお話します。
「ポエム」で開発を駆動するとは
駆動開発という言葉はソフトウェア開発文脈でよく使われます
例えばテストコードによって開発を駆動するテスト駆動開発という言葉は開発者にとってお馴染みでしょう。
ではポエム駆動開発という言葉を聞いた事はあるでしょうか?
ポエム駆動開発のオリジナルはppworks氏によるポエム駆動開発によるWEBサービスの作り方 pplog誕生ものがたりというエントリーで発表された手法です。
意思決定の際大事なのはポエムなのです。「pplogのポエムは俺たちのゆるふわインターネット「pplog」 をリリースしました(してました) - 納豆には卵を入れる派です。」という記事に掲載されています。 私達はサービスを開発する前にポエムを書くことを大事にしています。それをポエム駆動開発と呼んでいます。 サービスに対する熱い思いがパートナー(もしくはチーム)で共有させれていて、それをいつでも振り返り立ち返る、ソレが一番大事です。
このポエム駆動開発の考え方を企業での開発にも応用しています。
サービスや事業に対する熱い思いをチームのみならず社内のメンバーで持ち寄よることでアイディアがブラッシュアップされ、メンバーや時期が検討され、開発がはじまります。つまり企業におけるエンタープライズな開発がポエムを持ち寄ることで駆動していきます。
さて、このような手法を様々な現場で再現するには、すでに実践している環境を知る事が近道と考えています。そこでまずわたしたちピクシブ株式会社という環境について紹介します。
ピクシブ株式会社という環境の紹介
ピクシブ株式会社は「創作活動をたのしくする」を掲げて、様々なフィールドで展開している事業会社です。
月間38億PV、1,500万人が登録して全世界から使われているイラストSNS「pixiv」をはじめ、ショップ作成サービス「BOOTH」、お絵かきアプリ「pixiv Sketch」などのサービスや、ピクシブとカイカイキキの共同ギャラリー「pixiv Zingaro」、フジテレビと提携してお送りしているTV番組「いらこん」、次世代クリエイターアイドルを育成する新プロジェクト「つくドル!」とそのプロジェクト発のドキドキやワクワクを創り出していくユニット「虹のコンキスタドール」など、様々な取り組みを積極的に行っています。
現在社員数は現時点で100人弱、そのうち過半数のメンバーが開発部というものづくりの部門に所属して、自分たちの事業・サービスの開発・運営に従事しています。
考えを表明する
「ポエム」という言葉を使いだす前から、元々自社のサービスに凄い熱意とオーナーシップを持っているメンバーが揃っていました。
その現れとして例えば、担当プロジェクトやチームにとらわれず、興味のあるテーマのミーティングに自分から飛び入り参加したり、仕事が終わった後もオフィスでドリンクを飲みながら自分たちのサービスのあり方を議論していたり、休日に同人誌即売会などの事業領域に縁のあるイベントで同僚と度々出くわしたりと、公私ともに熱く活動しているメンバーがたくさんいます。
そういう考えを表明するアクションを促進し、議論の輪の中の数人だけでなくもっと広げたい、声に出すのが苦手であっても自分のペースで考えた理想を表現できるようにしたい。そういう考えのもとesa.ioという「情報を育てる」という視点で作られたドキュメント共有サービスを、「ポエム」を共有するサービスとして使い始めました。
当初、考えを発信する事に慣れているだろう数人が、時々使ってくれればいいぐらいに思っていました。しかし嬉しい誤算として、導入後10ヶ月ほど立ちますが、新入社員から、マネージャー、役員まで広く書かれています。導入以来、みんなが書く「ポエム」を発端として新プロジェクトが立ち上がったり、新機能のアイディアや意見を持ち寄ったりと、約100人規模の事業会社でまさにポエムによってエンタープライズの開発が駆動しています。
企業内開発と「ポエム」の親和性
ここでわたしたちは「ポエム」をどういう意図で使っているかを紹介します。
当初とくに説明無く「ポエム」と言う言葉を使っていたのですが、その背景や意図するところがあったほうがいいとメンバーから指摘をもらったのをきっかけに、下記のように言語化しました。
ビジネス文章としての整合性や第三者からの検証性を必ずしも重視せず、書き手自身の理想であったり熱意だったり危機感だったり、そういう何らかの感情の発露を自分の中で反芻してとりまとめた表現した文章や図面の事。規模は数行から数十行であることが多い。
一般的に、ビジネスでの文章や技術文章は、漏れなく無駄なくムラなく、整合性がとれていることが求められます。
しかしわたしたちは「創作活動を楽しくする」ための事業を営んでいます。そんなたのしさの元にあるエモーショナルさを重視したドキュメントを共有したくなりました。それを「ポエム」と呼んでいます。
先に述べたようにサービスに凄い熱意とオーナーシップを持ったメンバーたちで構成されている中で、「ポエム」を書くプラットフォームを用意し、「ポエム」を書く活動を促進したことで、口頭で話されていたことが文章として表現されるようになったり、アウトプットに至らなかったこともそっと書かれるようになったり、小さい輪で話されていたことが多数の目に触れる様になったりしたことで、正のフィードバックループが成り立ったのではと考えています。
ポエムで開発が駆動した例
先日pixiv Sketchという、いつでも・どこでもお絵かきを中心にしたコミュニケーションを楽しむことができるお絵かきアプリをローンチしました。
この話の発端として、pixivチャットというサービスを今後どうするかについての社内の議論がありました。
pixivチャットとは、2009年から運営していたサービスで、お絵描きをしながら複数人でチャットできるサービスです。長年愛されていたサービスですが、今後のこのサービス成長とこれ以外のサービス発展を考えると、pixivチャットをクローズして他のチャレンジに集中するという辛い決断のもと、段取りを進める事となりました。
ところが、その決断を社内のメンバーたちに広く伝え、具体的なクローズのタスクをまとめようとしていたところ、同時多発的に「ポエム」としてpixivチャットへの思い出や活用アイディアについて複数のメンバーから湧き出てきました。それらを契機に、より発展的な新規サービス「pixiv Sketch」のプランがポエムとして綴られ、具体的な開発プロジェクトとして立ち上がりました。つまりメンバーたちの想いが、新サービスのpixiv Sketchという具体的な開発プロジェクトとしてボトムアップで立ち上がり、結果としてクローズするはずだったサービスの行く先として発展的に解決することにつながりました。
次回
それぞれの想いを「ポエム」として表現して開発を駆動するのがポエム駆動開発です。しかし、ただ単に「ポエム」を書くだけでは開発は駆動できません。
どのような仲間たちと、何を大切にして事業を営んでいるかのポエムを書く土壌について次回説明します。