Where is the Life we have lost in living?
(生きることで失った人生はどこに?)
Where is the wisdom we have lost in knowledge?
(知ることで失った知恵はどこに?)
Where is the knowledge we have lost in information?
(情報の中で失った知識はどこに?)
T.S.エリオット「『岩』の合唱」(※著者意訳)
PoICはカード型データベースか?
情報カードを使用していることで、PoICはカード型データベースの一種であるとみなされることが多いと思いますが、果たしてPoICは本当にカード型データベースなのでしょうか。データベースとは、ある特定の目的のために集められたデータが、一定の書式にのっとって整理・管理され、格納されている状態のことです。
そして、データが整理・管理された状態とは、同じデータを重複して持たない『非冗長性』、ひとつのデータが更新されたら、全体が一括で更新される『整合性』、不適当な値の入力を防止し、入力の定型化を促す『妥当性』、複数での使用時にアクセスを制御できたり、障害発生時のリカバリーの容易さといった『信頼性』の4項目が満たされているということです。
この、整理され管理されたデータの状態は、すべてPoICの特徴に反しています。
PoICでは、同じ内容のカードは何枚書いても良いとされていますし、1枚のカードが更新されても、すべてのデータが一括で更新されるわけではありませんし、そもそも更新するということがありません。また、タグやアイコン、日付などの統一されたフォーマットはありますが、入力されたデータは形式化しておらず、絵でも文でも、写真の切り抜きでもなんでも構いません。PoICはそもそも、障害が発生するとは思われないシンプルなシステムなのですから、その意味での『信頼性』は確保されていると思いますが、複数の人間のアクセスを制御することはできません。
データの倉庫
PoICの特徴として、まず、情報を一カ所にまとめておき、目的によってタスクフォースを編成するということ。次に、タグやアイコンなどの統一された書式を持ち、なおかつデータが多様性を持っていること。そして、情報を時系列で貯蓄し、一度貯蔵した情報は更新されないこと、といった点が上げられます。これらの特徴は、データベースの考え方とは相容れませんが、これらの特徴を備えたデータ管理システムがあります。それが「データウェアハウス(Data Warehouse:データの倉庫)」です。
データウェアハウスを提唱したビル・インモン氏の定義をまとめれば、データウェアハウスとは、「サブジェクト指向・統合性・時系列性・不変性という特性をもつ、意思決定を支援するためのデータの集まり」と要約できます。これは、PoICの考え方にかなり近いものがあります。では、データウェアハウスの持つ4つの特徴をPoICと照らし合わせて見てみましょう。
- 「サブジェクト指向」
- サブジェクト指向とは、データベースが、業務のプロセス別にそれぞれデータを管理しているのに対して、データを目的別に使いやすく整理して蓄積しておくことです。これは、PoICがカードにタグをつけてドッグに貯蔵し、目的に応じてタスクフォースを編成することと似ています。
- 「統合性」
- 統合性とは、ひとつの場所に、同じ規格で貯蔵・管理されていることです。これはPoICがタグやアイコン、日時などのPoIC規格により、カードがドッグの中に一元管理されて貯蔵されていることと相似です。
- 「時系列性」
- 時系列性とは、データウェアハウスで扱われるデータが、時系列順に構成されているということですが、これは、時間経過に伴うデータの変化を観察することに重点がおかれているためです。PoICもまた時系列スタック法を採用しています。
- 「不変性」
- 不変性、あるいは恒常性と言いますが、データウェアハウスでは、時系列データは一度正しく蓄積されると、更新されることはありません。これにより、問題解決時に、問題発生時のデータにまでさかのぼって分析することが可能になります。PoICもまた時系列を更新しないことを旨としています。
またデータウェアハウスでは、そのサブセットとして、特定の目的に合わせた部分を取り出した、小規模なデータウェアハウスを用いることがあり、その小規模データウェアハウスをデータマート(DataMart)と呼んでいます。データウェアハウスが倉庫ならば、データマートは専門性の高い小売店のような関係になります。これは、PoICメインページの「時系列スタック法」内の、「パーティションの切り方」で、『聖域』と呼ばれているものに近いものです。ちなみに僕は、データマートに相当する、使用頻度の高い目的別の情報カード群を作成することを、『殿堂入り(Hall of Fame)』と呼んでいます。
こうした類似した特徴を持つことから、PoICは意思決定支援のための「アナログ式カード型個人用データウェアハウス」である、あるいは、もう少し慎重にそうした機能をその一部分として持っている、と言えると思います。
知識の発見
ドッグの中にカードが貯蔵されてくると、そのカードを分析して知識を拾い出す必要が出てきます。その考え方について考えてみたいと思います。
データベースは「現在どうなっているか」を知るためのものです。銀行口座の引出し残高、新幹線や旅客機の空席予約や友人の電話番号などを管理するのにデータベースは使われています。そこでは『今』どうなっているのかが重要であり、データが「ある」のか「ない」のかがまず問われることとなります。そのために常に最新の情報に更新しておく必要があります。
- ex.1) 冷蔵庫の中のマヨネーズの残存率は現時点で5%である
一方、データウェアハウスは、過去から現在までのデータの推移から、現在何が起きていて、将来どうなるのか、そしてどうするべきかを判断することに主眼が置かれています。
- ex.2) 今夜コールスローを作ると、明日にはマヨネーズはなくなってしまうので、今日のうちに買い置きしておこう
データの蓄積の中から、ある意思を決定するためには、データを分析するという行為が必要になります。前述の例で言うと、「残りが5%を切ったマヨネーズ」というデータから、「今日のうちに買い置きしておこう」という意思決定を導き出す手法のことです。
例えば、僕が情報五段活用と呼んでいる情報活用の段階があります。
- 「認識」- いま何が起きているのか?
- 「分析」- 何故それは起きたのか?
- 「予測」- ほかに何が起こりうるのか?
- 「結論」- いまどうすれば良いのか?
- 「発展」- 将来どのようにしていけば良いか?
「残りが5%を切ったマヨネーズ」というデータを提示し、現状を確認するのが「認識」です。そして、先週はサラダが多く、さらに今夜の献立にコールスローが含まれていると「分析」し、明日にはマヨネーズがなくなってしまうという「予測」をたてています。その結果、今日のうちに買い足しておこうと「結論」することができ、今後は買い置きを忘れないようにしておこうという反省にまで「発展」させることができます。
この過程で単なる数値だった「データ」が、データに意味を加えた「情報」に、そして、ある問題の解決に役立つ情報の集積である「知識」にまで、価値が高まっていきます。こうしたデータの集積から、意味のある情報や新しい知識を発見していく作業を、データマイニングやKDD(Knowledge Discovery in Database:知識発見)とよびます。
その上でPoICの4つのタグを、データを実際の問題解決行動にまで具体化するためのタグとして捉えると、以下のように分類することができます。
- 「参照」:データ = 客観的な事実
- 「記録」:情報 = 自分にとって意味のあるデータ
- 「発見」:知識 = 問題解決のための情報の集まり
- 「GTD」:行動 = 問題解決の為に具体的にどう行動するか。TODO
今を問題にするデータベースで取り扱えるのは「認識」までです。過去から現在までのデータを扱うデータウェアハウス = PoICでこそ、買いにいくという現実の行動や、買い置きを忘れないという反省まで導き出すことができるのです。
まとめ
今回はPoICがカード型データベースではなく、カード型データウェアハウスと呼ぶべきものなのではなかろうかと言うことを、その特徴の比較から考えてみました。単なる言葉の定義上の問題ではないかと言われてしまいそうですが、現在PoICを他の目的で使っているPoICerに、こうした使い道もあるということを提示できればと思い、稿を起こしました。また、PoICに、データウェアハウスとしての機能があると認識することで、その役割の一端をきちんと確定することができます。そして、どのようにカード上のデータを活用していくことができるのかを、理解することも可能になるのではないかと思います。
データウェアハウスは、ビジネス上の意思決定にデータを活用するという観点から、ビジネス・インテリジェンスのひとつとみなされています。しかし、PoICで扱われるデータや決定される意思は、単にビジネス上のものだけではなく、自分自身の生活、あるいは人生という広範囲に渡っています。だとすれば、PoICはライフ・インテリジェンスと呼べるかもしれません。今ならば、冒頭のエリオットの詩に「It's in My PoIC.」と答えることができます。しかし、それはまたPoICの一部分にしか過ぎないのだと思います。
この連載は、僕がPoICについて考えたことを、ほぼその順序に沿って書いています。つまり、「43Tabs」を思い付く以前には、僕はPoICをこのように生活改善ツールとして捉えていたということです。無論、「PoICはデータウェアハウスである」と断言するものではありません。そのような一面があり、意思決定支援ツールとして使うことが出来る、というだけにとどまります。このコラムは第1回で記したように経験の共有なのであり、意見の押しつけではありません。そして、GTDとの比較、43Tabsを経て、現在僕がこうした考えをふまえて、どのようにPoICを捉え直しているかは最終回でまとめたいと思っています。
次回は、「GTDとPoIC~相補完する思想」と題して、同様に個人の生産性向上ツールであるGTDとPoICを比較していこうと思います。