Software is Beautiful

第6回エンジニアとしての人生を楽しむには

エンジニアという職業を楽しめていない人へ

これまでこのコラムでいろいろなことを書いてきたが、結局のところ一番伝えたいのは、ソフトウェアエンジニアという職業がこれからますます重要になること、そしてそんな時代にソフトウェアエンジニアという職を選んだのだから、もっともっと仕事を、そして人生を楽しんで欲しい、ということである。

しかし、この業界で働くことを満喫している私のようなエンジニアがいる一方で、この業界のことを「きつい、帰れない、給料が安い」と嘆く人たちもたくさんいるのも事実。そこで今回は、そんな人たちのためにメッセージを贈る。

現状を把握する

何よりも最初にすべきは、自分の現在の立場をきちんと把握すること。⁠仕事がきつい、上司が悪い」などと嘆いている暇があったら、その原因がどこにあるのかを理解し、自分の置かれた立場をきちんと理解することに時間をかけるべきである。

具体的には、次に列挙した質問に一つずつ答えを書いてみるとよい。

① 職種

自分は、エンジニアとしてどんな価値を提供するべき立場にいるのか。その職は、誰にでもできる仕事なのか、それとも特殊な技能や才能が必要な仕事なのか? 海外にアウトソースが可能な仕事なのか? 常に新しいことを学び続けることが必要な職種か? その職に必要な知識や技能はその職に就いてしか身につけることができないのか?

② 職場

労働環境は適切か、労働基準法は守られているか? 従業員は仕事を楽しんでいるか、それとも疲弊しているか? 上司は自分より優秀か、単なる年功序列で自分より上の立場にいるだけか? 給料は他社と比較して高いか? 年齢構成はどうか、優秀な人材がそろっているか? 自分の手本になるような人がいるか? 会社の業績に貢献している人はちゃんと評価されているか? 同僚や上司はちゃんと会社の外に目を向けているか、新しい知識や技能を取得することに時間をかけているか?会社は社員が仕事以外の時間に勉強することを期待しているか、そしてそれを支援してくれているか?

③ 仕事

仕事のプロセスは効率化されているか? 不必要なミーティングや資料の作成に時間を無駄にしていないか? プロジェクトのゴールは明確に設定されているか? プロジェクトの進捗状況がきちんと把握できるシステムが確立されているか? 与えられたスケジュールは現実的か? 設計は固定的か柔軟か? 要求条件は明確に定義されているか? 顧客の求めているものが開発者にきちんと伝わっているか? 人員は十分にいるか? 人的資源が有効に活用されているか?

④ 会社

自分の働いている会社は、その業界で強い立場にいるのか、それとも弱い立場にいるのか? ユニークな価値を提供できている会社なのか、単に労働力を提供するだけのどこにでもあるような会社なのか?会社として利益を出しているか、売り上げは順調に伸びているか? 海外の企業をアウトソースとして使う立場にいるのか、それともそんなアウトソース先の海外企業と競争する立場にあるのか? 技術力で勝負しているのか、それとも別のところで勝負しているのか? 経営陣は、きちんとリーダーシップを発揮しているか?

世の中の流れに目を向ける

次に目を向けるべきなのは、業界全体と、その向かっている方向である。自分の属している業界は内需産業なのか輸出産業なのか? 政府による規制緩和の影響を受ける産業か? グローバルな戦いに巻き込まれているのかいないのか? 業界全体は伸びているのか、縮小しているのか?業界全体に危機感はあるか? 会社の吸収合併は活発に行われているか? 構造的な変革に見舞われているか? 競争は公平に行われているか? 海外へのシフトは起こっているのかいないのか? などなどである。

携帯電話業界にいるのであれば、ガラケーからスマートフォンへの移行に伴うインパクトには常に目を向けておくべきである。iPhone対Androidの戦いは業界をどう動かしていくのか。その中で日本の携帯電話メーカーは生き残ることができるのか?今、注目されているiPhoneアプリは、一過性のものか永続的なものか? Webkitがデファクトスタンダードになることはどんな意味を持つのか? スマートフォンにもコモディティ化の流れは来るのか?

ネット業界にいるのであれば、GoogleやFacebookなどの業界のリーダーからは目を離せないのはもちろん、星の数ほど登場するベンチャー企業の動向にも惑わされない程度に目を向けておく必要がある。Amazon、Google、Microsoft、salesforce.comなどが提供するクラウドサービスの意味するところも把握する必要もあるし、そこで必要になるスキルや、新しいビジネスモデルにも目を向ける必要がある。

未来を予測することは難しくとも、現在の状況を注意深く観察しただけで、少なくともその方向性は見えてくるはずだ。特に自分の属する会社や業界がどこに向かっているのか、業界に大きな変革が訪れるとしたら、それは何がきっかけとなるのか? そこで重要な役割を果たすのはどの企業になりそうか? そんなときに必要になる人材とはどんな人材なのか? などを考えておく。

たとえば、2007年にiPhoneが登場したときに、iPhoneがこれほどの成功を収めるのを予想するのは難しかったとはいえ、あれがスマートフォン時代への幕開けであったことは明らかであった。携帯電話業界にいながら、2007年の時点でそれが見えていなかったとすれば、明らかな勉強不足である。

今であれば、⁠Facebookのプラットフォーム化がゲーム業界へ及ぼす影響」⁠Androidの家電ビジネスへの影響」⁠iPad、Chrome OSのパソコンビジネスへの影響」⁠HTML5の意味」⁠Google App Engineに代表されるサービスプラットフォームの意味」⁠Twitterと広告ビジネスの関係」などには注目を払っておくべきだ。

自分の適性を見つめ直す

以上のようなことを考えたうえで、自分がこの業界に対してどんな価値を提供できるのか、自分は何が得意で、理想的には何がしたいのかを問い直してみる。

自分が得意なのは、ユーザインタフェースの設計なのか、スケーラブルなWebサービスの設計なのか? 業務系のアプリケーションを作ることに情熱を燃やせるタイプなのか、ゲーム作りが大好きなのか? ハードウェアに近いところでソフトウェアを作りたいのか、ハードとはできるだけ離れた上位レイヤでのアジャイルな開発が好きなのか?

「すごいプログラムを書くこと」に熱くなれるのか、それとも「より多くの人に喜んで使ってもらえる」ことが自分にとって大切なのか? 自分はプログラマとして第一線で勝負する自信があるのか、それとも何か別の部分で付加価値を提供できる人間なのか?

自分がそもそも何のためにこの業界にいるのかも問い直してみるべきだ。金のためか、名誉のためか、あまり考えずに入ったのか、それとも自己満足のためか?そもそもこの業界が好きなのか? 他の業界に興味はあるか? プログラムを書くことが三度の飯より好きか? 仕事をしていないときも、頭の中でプログラムを書いてしまうタイプか、それとも、会社を一歩出たら仕事のことは忘れるタイプか?

その答えが、⁠ひょっとしたら自分はこの業界は向いていないかもしれない」でもかまわないので、やりたいこと、得意なことを、自分に正直に見つめ直してみることはとても大切だ。

キャリアパスを考える

こうやって自分の立ち位置、業界の動向、自分の適性を把握したら、5年後、10年後に自分が何をしていたいかを考え、そこに到達するためのルートを考える。⁠今の会社でもっと大きなプロジェクトのリーダーになる」でもよいし、⁠自分で会社を作る」でもよい。極端な話、⁠ソフトウェア業界からは離れて、映像関係の仕事をしたい」でももちろんかまわない。

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目標を設定する際に大切なことは、⁠そんなことは自分には無理」と最初から諦めずに、高めの目標を設定すること。イメージは具体的であればあるほどよい。実際のこの業界で活躍している誰かを自分のロールモデルとして目標設定するのも悪くない。

そして、⁠その目標に至るために必要なステップ」を具体的に箇条書きにしてみる。たとえば「5~10年後にはシリコンバレーで起業する」が目標であれば、①米国が本社の企業の日本法人に就職して、彼らの仕事のしかたを学びつつ英語を習得する、②実績を上げて本社に転勤させてもらう、③そこで働きながら永住権を取得する、④伸び盛りのシリコンバレーのベンチャー企業に転職する、⑤シリコンバレーの投資家との人的ネットワークを築く、⑥仲間を集めて起業する、という感じである。

もちろん、必ずしも計画した通りにいくわけでもないし、最初に計画したルートが最適なものとは限らないので、実際には柔軟に対応する必要があるが、やはり具体的なキャリアパスをイメージして仕事をするのと、漠然と今の仕事に不満を抱えながら目標も設定せずに仕事をするのでは、モチベーションも大きく異なるし、そのプロセスから得られるものも大きく違う。

自分の人材市場における価値を高める

そして、最も大切なことは、自分の人材市場における価値を高めるための努力を常に怠らないことである。新しい技術には積極的に取り組み、英語も含めたコミュニケーションスキル、プレゼンスキルは常に磨きをかける。人的ネットワークも社外に大きく広げる努力を惜しんではならない。⁠いつか一緒に働きたい」と思える人、思ってもらえる人を社外に持つことは将来必ず役に立つ。

そういった努力を続けていれば、必ずそれに価値を見いだしてくれる人がいるし、チャンスは自ずと近づいてくる。これからの時代、ソフトウェアはあらゆる業界にとってますます重要になる。しかし、数多くいるソフトウェアエンジニアの中でも、本当の意味で「使える」エンジニアは数少ない。ソフトウェアエンジニアという職を選んだ限りは、社内だけでなく、社外の人からも「あの人は使える、価値を生み出す力がある」と認めてもらえるエンジニアになるべきだし、そのためには最大限の努力をすべきだ。

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