新型スマートビエラが起こした波紋
エンジニアたちの間ではGoogleのChromecastが注目を集めているが、日本の放送業界により大きな波紋をもたらしたのはパナソニックの新型スマートビエラである。テレビ局自身があまり事を荒立てたくないためか大きく報道されてはいないが、民放が足並みをそろえて「新型スマートビエラのCMの放映を拒否する」という制裁措置に出た。
放送局側は、その理由をARIB(Association of Radio Industries and Businesses、一般社団法人 電波産業会)が規定する「地上デジタルテレビジョン放送運用規定」違反(後述)としているが、これまである意味「持ちつ持たれつ」の良い関係を保ってきた放送局と家電メーカーのバランスを崩す「何か」が起こり始めていることを示している。
その「何か」を構成するのは、「テレビのコモディティ化」「ソーシャルメディアの台頭」「映像のネット配信ビジネスの躍進」という3つの独立した事象であり、これがパナソニックを「放送局の顔色をうかがってもの作りをしている余裕などない」状況に追い込み、同時にパナソニックの行為を「裏切り」と解釈した放送局の制裁措置、という反応を引き起こしたのである。
ARIBの放送運用規定
今回注目を集めたARIBの放送運用規定は、放送局が電波を使って放送するテレビ番組の表示装置であるテレビ受像機が放送番組をどのような形でテレビ画面に表示するべきかを規定している。
今回スマートビエラが破ったと言われているのは、この規定の中の「混在表示禁止の原則」と呼ばれる部分で、放送番組とインターネットから取得してきた情報の同時表示を原則禁止している[1]。表向きは視聴者を混乱させないためという表現になっているが、視聴者の「ユーザ体験」を100%コントロールしたい放送局としては、勝手にインターネットから取得してきたユーザのコメントを重ねて表示されたり、番組に関連する広告を表示されては困るのだ。
しかし、ARIBとしてもテレビ受像機の進化を完全に妨げることはできないので、視聴者が能動的にリモコンを操作した場合にのみネットから取得した情報を同時に表示してもよい、などの例外条件は設けられてはいるが、特に「電源を入れたときには最後に見ていた放送番組だけが画面に表示される」という部分には強いこだわりを持っている。
新型スマートビエラは、音声認識を使って簡単にネット上の情報を見つけられるようにしただけでなく、視聴者の顔を認識してその人がよく参照するネット上の情報を自動的に表示するなど、ARIBが原則禁止している「ネット情報の混在表示」を全面に押し出した作りとなっており、業界関係者に言わせると「放送局の神経を逆なでする」作りになっているのだ。
テレビのスマート化と放送革命
これまで家電メーカーは、「ブラウザを搭載する」などのテレビ受像機を「スマート化」する試みを何度かしてきた。家電メーカー数社が共同事業として始めたテレビポータル「アクトビラ」もその一環である。
しかし、その試みはことごとく失敗に終わってしまった。放送局との良い関係を保つためにARIBの規定を厳密に守った設計にしてきたために、消費者がそもそもテレビをネットにつなぐ必要性を感じない作りになっていたからだ。具体的な数字は公式には発表されていないが、ネットへの接続率が10%を切っている、というのは業界では常識だ。
地デジ化特需のあとの救世主であるはずだった3Dテレビが奮わず[2]、日本の家電メーカーは、株主から「テレビ事業からの撤退」を迫られるほど厳しい状況に置かれている。そんな中で、テレビ事業を家電ビジネスの要として位置づけてきたパナソニックとしては、「撤退するか、徹底的な攻撃に転ずるか」の二者択一を迫られていたのである。
そこでパナソニックが採った戦略は、「インターネットを活用した新しい放送番組の楽しみ方」を商品コンセプトの中心に置いた「攻め」の戦略であり、そこには放送局の顔色をうかがっている余裕などなかったのである。TwitterやYouTubeなどのソーシャルメディアが人々のライフスタイルに大きな影響を与えている今、そういったものを取り込んだ形で放送番組を見てもらわない限り、テレビそのものの存在が危ういと判断したのである[3]。