Software is Beautiful

第32回起業家精神

アスキー出版はなぜあれほどの人材を生み出したのか?

私のソフトウェアエンジニアとしてのキャリアはアスキー出版で始まった。アスキー出版(のちのアスキー)は、今ではKADOKAWAに吸収されてしまいブランド名しか残っていないが、当時(1980年前後)は、日本におけるPCの進歩の中核とも言える存在であった。

わずか数十人の小さな会社であったが、創業者の西和彦を筆頭に、塚本慶一郎[1]⁠、成毛眞[2]⁠、古川享[3]⁠、鈴木仁志[4]⁠敬称略)と、その後の日本のIT 業界を牽引する役割を果たした人々を多数輩出している。

当時のメンバーに共通するのは、黎明期のPCの可能性を信じ、まだ将来性も約束されていない文字どおりのフロンティアにリスクを取って飛び込んできた人々だったという点である。

日本はバブル経済のまっただなかで、理系の学生は大企業から引っ張りだこであった。そんな中で、大学を中退したり、大企業を辞めてベンチャー企業に就職するなどの行動は、⁠一流上場企業の正社員」という「身分」を捨てる馬鹿げた行動であった。

その意味では、アスキー出版はまさにAppleがThink Different のキャンペーンで述べた「misfit」⁠社会に順応できない人々)の集まりであり、だからこそ時代の変わり目を担う役割も果たせたし、優秀な人材を輩出することもできたのだと思う。

Bill Gatesとの出会い

のちに筆者が働くことになったMicrosoftのBill Gatesに出会ったのもアスキー出版でのことである。当時、西和彦自身がMicrosoft 本社の副社長を務めており、アスキー出版はMicrosoft のソフトウェアを独占的に販売していた。

Microsoftも当時はベンチャー企業で、まだまだ発展途上のPC用のソフトウェアを開発する数少ないの企業の一つであった。

そんなMicrosoftを率いるBill Gatesが日本に来るたびに入り浸っていたのがアスキー出版なのだ。今でもよく覚えているのが、私が作ったグラフィックソフトウェアを見たBill Gatesがそのアルゴリズムを知りたがり、私が片言の英語で説明すると「それでは動くはずがない!」と主張しはじめた事件だ。あまりにも熱く語るので、いったい何が起こっているのかわからずに戸惑ってしまったが、あとで聞いた話ではMicrosoftも同じようなソフトウェアを開発しており、ちょうどそのアルゴリズムで悩んでいるところだったそうだ。

後にも先にも、あれほど仕事に熱くなれる人は見たことがないが、そんなBillGates が率いていたからこそMicrosoftはあそこまで躍進できたのだと思う。

落ちこぼれとベンチャー精神

Bill Gatesもそうだったが、アスキー出版のメンバーにも大学中退の人が多数いた。在学中に夢中になれることを見つけてしまい、⁠卒業証書」という形だけのものよりも実際のビジネスの世界で1日でも早く活躍することを優先したのである。⁠一流大学から一部上場企業」という既存路線から考えれば、彼らは「落ちこぼれ」かもしれないが、時代が大きく変化しているときには、⁠年」という単位でその世界に飛び込むのが遅れることは、致命的にも感じられるのだ。

そう考えてみると「ベンチャー精神」とは、単に「新しいものを作りたい」とか「人々のライフスタイルにインパクトを与えたい」という発想だけでなく、⁠今、目の前で起こっているイノベーションに乗り遅れたくない。自分自身がそのイノベーションを起こす側に回ってみたい」という切迫感のようなものが重要なのではないかと思う。その切迫感が、通常のレールから外れる(つまり、自ら落ちこぼれる)リスクを取らせるのだ。

大企業でイノベーションが起こしにくい理由もここにある。⁠大企業の正社員」という恵まれた立場からは切迫感は生まれてこないし、予算の確保や稟議(りんぎ)の通過のために、どうしても保守的な規定路線のものしか作れなくなってしまうのだ。

「場」の重要性

最近、日本のベンチャー市場は若干バブル状態で、多くのベンチャー企業が早すぎる上場で批判されているが、今の日本に必要なのは、上場を最終ゴールにするようなちっぽけなベンチャー企業ではなく、これから10年後、20年後の日本のIT 業界を引っ張っていけるような人材を輩出する「場」なのだと思う。

それはひょっとしたら物理的な場所である必要すらないのかもしれないが、時代の変わり目にチャンスを見いだした「切迫感」に突き動かされる優秀な人たちが集まり、切磋琢磨(せっさたくま)して成長していける「場」が必要なのだとつくづく思う。

私自身もUIEvolution という会社の経営者として、10年後、20年後に「あの会社はたくさんの優秀なエンジニアたちを輩出した」と言われる会社にしたいと考えている。

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