Aza Raskinが語るユーザインターフェースとデザインの潮流(前編)

2010年の1月、Mozilla Labsのユーザエクスペリエンス部門のHeadであるAza Raskinに取材しました[1]⁠。彼の手がける研究は非常に分野横断的なのですが、今回はその中でも中心的なテーマであるユーザインターフェースに重点を置いて聞かせてもらいました。

Azaとは昨年の訪米の際に筆者が関わっているコミュニティ・イベントKOF 2009での講演をお願いし、実現した経緯もあり、リラックスした取材となりました。本文の表記もその雰囲気を重視して口語的なままにしています。お楽しみください。

Aza Raskin氏
Aza Raskin氏

言語によるインターフェース

彼が送り出したいくつかのアイデアの1つに、Ubiquity[2]があります。これはFirefoxに対して英語に近い表現と方法で命令を出すもので、たとえばブラウズしているページの一部を選択した状態で「email this to Tom」とタイプすれば、FirefoxがGmailを開いてアドレスブックの(あるいは良くやりとりする)Tom宛てにこれを送ります。つまりAzaはGUI(グラフィカルユーザインターフェース)主体の今の操作環境に、言葉によるインターフェースを加えようとしているのです。

  • 筆者(以後単にY⁠⁠:まずUbiquityがどこから来たかを教えてください。そのアイデア、コンセプトはどこから来たのですか?

  • Aza(以後単にA⁠⁠:そう、かなり前に戻らないといけないね。父、Jef[3]と一緒に考えたんです。知ってる?厳しい人でね。彼が病気になったとき、いくつものアイデアを思いついたんです。この形見となったアイデアもね。

    「システムを使っているとき、そこで必要な機能を得るために、ユーザが自分の思考状態(state of the mind)を変える必要はないはずだ」ってことです。

    僕はこれを外に出したい、と思ったんですよ。とても良くHumanizeされた[4]ものだから。僕たちはこのアイデアから始めて、タスク・セントリック・コンピューティング[5]⁠、あるいはより会話的なコンピューティング[6]を世の中に送りだそうとしたんです。

    たとえばWordを使っていて、そこに画像を入れたいと思ってもそこでは(うまく)できません。画像の一部を切り取ったりするなら、それ用の画像処理ソフト、Photoshopとかを使いたくなる。

    で、ここが(机を叩く)Photoshopね、今度はそこでテキストを入れたいんだけど、そのスペルチェックはあまりよくない。だってPhotoshopはそれ用じゃないから。次にちょっとした計算がしたくなったら今度は電卓アプリが要る、と。

    つまりユーザが注意を向ける対象はあちこちに散らばっていて、その間でデータを往復させないといけないわけです。まったく時間の無駄だし、何より思考を分断してしまいます。

    大阪でWebの一部を翻訳する場合のデータの往復を見せたよね[7]⁠。

  • Y:はい。

  • A:そこでは翻訳に12ステップ必要だったけど、これは1ステップじゃないと。でも全然僕らのコンピュータはそうなってない。結局これはデジタルデバイド[8]なんだね。もちろん今のコンピュータだって何とか使えるよ。でもすごく難しい。だってそうした操作のステップは本来必要ないものだから。

    つまりUbiquityの裏側にあるアイデアは、Webページごとに散らばっている多くのサービス(機能)について、もっと自然な方法で作業させたい、ということです。たとえば言語(language)のように。これは我々がコンピュータと対話(interact)する[9]方法について根本的に考え直す、ってことです。

Azaはすべてのアプリケーションは「城壁都市のようだ」と指摘します。機能はその中に囲われており「僕らの前に立ちふさがってるんだ」と。それを結びつけようとしているのです。

オフィス入り口に多くのアワードが飾られています
オフィス入り口に多くのアワードが飾られています

パイプ:豊かさの喪失

画像
  • Y:ところで(城壁つきのアプリケーション間でデータを受け渡すための)クリップ・ボードは初期のMacintoshから広まったと思っています。

  • A:そうね。

  • Y:それより以前は、誰もがすべての機能が1つに入っているアプリが最高だと思ってました。でも1984年、Appleは比較的単機能のアプリケーションと、クリップボードを介した協調動作モデルを発表しました。あなたはその先のことを言っているんですね。つまり単機能のWebアプリケーションを、コピー&ペーストではなく、何か次のもの、たとえば言語で協調動作させる、と。

  • A:そうです。GUIとコマンドラインの事を考えると良いです。コピー&ペーストと、パイプ[10]のことです。パイプはコピー&ペーストよりも良い場合があります。確かにユーザの操作がちょっと必要だけれど、よりダイレクトなコントロールができたりして、まあとにかくコマンドラインとパイプ操作で(以前は)うまいことやってたわけです。けれどGUIに移行して、以前あったはずのパイプ処理を切り捨ててコピー&ペーストにしてしまったのです。

    豊かさの喪失、ですね。

つまり彼はコンピュータに働きかける方法について、その表現の幅を失ったと言うのです。筆者の元の質問は「言語のようなもの」と手段を問う格好でしたが、対して彼はその意味・価値について答えています。表面的には噛み合いにくい(あるいは飛躍のある)受け答えですが、Azaは質問者の不足を補い、本質的なゴールまで最短経路となる回答を試みているのです。彼はこう締めくくりました。

  • A:Ubiquityはパイプとコピー&ペーストを足したようなものです。⁠このビデオの情報を他のサービスいくつかにパイプしたい」とかね。つまりパイプの後を継ぐものなんです。

自動テストのためにMac miniが大量にありました(これは空き箱)
自動テストのためにMac miniが大量にありました(これは空き箱)

コマンドラインインターフェース

筆者は彼が自分の提案するインターフェースをコマンドラインと呼ぶことが不思議でなりませんでした。自然言語ユーザインターフェースなどと呼ぶなり、何か新しい用語を作るべきです。GUIのように。

  • A:その意見は正しい。時々僕がコマンドラインインターフェースと呼ぶのは、それで共感を得られる人の数が増えるからです。馴染みのある用語だから。たとえば「会話に基づくインターフェース」⁠言語に基づくインターフェース」⁠自然言語に基づくインターフェース」※11なんて言ったりしたら「そりゃきっとクズだ」と思われる。⁠自然言語に基づく…」なんて絶対ちゃんと動かないと思っちゃうよね。

  • Y:ははは!

  • A:だからこのあたりは避けたんだ。そういうわけで「言語学的ユーザインターフェース[12]⁠」と呼ぶときもある。

  • Y:ああ、いい響き(語感)じゃない?

  • A:残念なことに短縮形がLUI(るーい:少し頼りない声で)になっちゃうけどね。⁠あははは⁠⁠。でもみんなは「会話に基づく」が好きらしい。親しみやすいみたい。

筆者がこの質問をしたのはUbiquityがコマンドラインユーザインターフェースのGUIに対するアダプタ(あるいはラッパー)だと誤解されがちに思えたためです。単に用語の問題とは言え、選ばれた単語が聞く人の思考を制限するのはありがちなことです。同様の誤解がGUIについていまだにあります。

GUIも今では普通ですが15年前にはそうでもなく、そのころは単にコマンドラインに1つ皮をかぶせただけの場合もありました。Appleは明らかにグラフィカルユーザインターフェースに関する長期的な展望を持ち続けていましたが、Microsoftはそうでもなく、ほとんどのユーザはGUIとは何者かを誤解していました。つまりAppleの設計者はダイレクトマニピュレーション[13]を意識したけれど、多くの人は単にその見た目と操作方法だけをGUI、つまりグラフィカルだ、と理解しました。誤解です。この2つのアイディアには大きな隔たりがあります。

繰り返します。Ubiquityが試みている言語によるアプローチは、単にGUIにコマンドラインの皮をかぶせるものではありません。我々が使い慣れている言語という人間にやさしい道具を使ってコンピュータと対話するものなのです[14]⁠。

やはり自動テストをするスマートフォンの列
やはり自動テストをするスマートフォンの列

言語のローカライズ

  • Y:Azaは最初に「思考の状態を変えない」ことを指摘したけれど、その意味でも「会話に基づくコンピューティング」と呼ぶのは良いです。僕らは「喋る」ことについて良く訓練されていて、会話すること自体がユーザの思考を妨げたりはしないからです。

    まあ実際のところ僕は英語で話すのにすごくジタバタしているんだけど…(ははは⁠⁠。

  • A:確かにそうです。外国の言葉で話すとき、今までやったことがない方法で考えなければならない場合があります[15]⁠。これはすごく難しい。そしてGUIのダイレクトでない操作についても、やはり他の人の言語で喋るのとまったく同じことが起きていると思います。これが難しさの理由なんだね。

  • Y:つまり、Ubiquityはネイティブ・ランゲージを対象にしてるんですよね。母国語が英語でない人はどうするのでしょう?

  • A:この夏にやった一番エキサイティングなことの1つに、言語学者のMichael Erlewine[16]との仕事があります。どのようにUbiquityを個別の言語に対応させるか、ということです。しかしそこではセマンティック・ルール(意味規則)とすごく良くできた言語学的なトリックがたくさん使えて、英語で書かれたコマンドを日本語に移すのは割合に簡単でした。

    つまりある言語を解析して他の言語に移すのはそれほど難しくない。僕が知る限り、これは初めてのローカライズ可能な自然言語ユーザインターフェースだと思います。

    確かに自分が良く知らない言葉で喋ってコンピュータをコントロールしようなんて無茶だよね。

  • Y:ほんと正しい文法がどうとか知らないから英語で喋るのがしんどくてね。

  • A:でもオープンソースの世界ではうまく作業できてるよね。僕が日本語で何か書くのもすごく難しいんだけど、それでもみんな分かってくれて、一緒に何かすることができてる。クールだよね。

ThinkGeekのライトを職場の壁に飾る予定とか
ThinkGeekのライトを職場の壁に飾る予定とか

実際、取材後しばらくして、Ubiquityは現在開発が停止している、といった論調の記事が幾つか書かれました。Azaは2月末にそうした記事の1つにTwitterで「一日に有限の時間しかない人の問題だね」と応えています。ところが3月に入ってUbiquityコミュニティの有力メンバーの1人がFirefox 3.6に対応させた、と発表されました[17]⁠。Azaの言うとおり、オープンソースの可能性を感じます。クールですね。

(後編へ続く)

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