伝えるプロ・エバンジェリストが教えるプレゼンの極意 ─日本マイクロソフト 西脇資哲氏 インタビュー

数年前までは"エバンジェリスト"という肩書きを聞くと、どこか胡散臭いというか、耳慣れない響きを覚えたものですが、最近ではIT業界で活躍するエバンジェリストが増え、自社製品や自社技術をわかりやすく開発者やユーザに向けて伝えるスペシャリストとして、世の中に認知されはじめているように思えます。

とくにIBMやMicrosoft、Appleなどの外資系大手IT企業は、日本法人を含めワールドワイドで数多くのエバンジェリストを抱えています。そしてあまた存在するエバンジェリストの中にあって、故Steve Jobs氏を彷彿とさせる"プレゼンのカリスマ"として高い評価を得ているのが、日本マイクロソフト テクニカルソリューションエバンジェリストの西脇資哲氏です。

同氏は昨年9月、ご自身が講師となって行ってきたセミナー「ITエバンジェリスト養成講座」の講演内容をまとめた書籍エバンジェリスト養成講座 - 究極のプレゼンハック100⁠翔泳社)を上梓し、現在も好調な売れ行きを見せています。またセミナーのほうも、有料にもかかわらず満員御礼が続いているという人気ぶりです。

そんな西脇氏に、エバンジェリストという仕事と、同書の内容にもなっている魅力的なプレゼンができるようになる秘訣をお聞きしました。

西脇資哲氏
西脇資哲氏

エバンジェリストの仕事は"説明する"のではなく"伝える"こと

エバンジェリストの中には担当する製品が決まっている人も多いですが、西脇氏は特定の製品を担当しているわけではありません。西脇氏は「マイクロソフトは伝えるモノがたくさんある会社。伝える製品がなくて困るということはないですね」と言いながらも、最近はWindows AzureやOffice 365についてのプレゼンを行う機会が多いとのこと。

もちろんそれらに限らず、すこし大げさな言い方をすれば、マイクロソフトのすべてが西脇氏の商材といえます。日本マイクロソフトの社長である樋口泰行氏と一緒に行動する機会も多い西脇氏ですが、⁠樋口社長自身もマイクロソフトの商材」ということで、同社長のプレゼン資料の作成も手がけると言います。

「PRという仕事はロジックを作ってその中で展開するものですが、エバンジェリストは違います。製品の機能を説明するのではなく魅力を伝える、これがエバンジェリストの仕事です。そのために重要なのは、対象の製品や技術を心から好きになること。正直、マイクロソフトにも"ちょっとこれは……"という製品はあります。でもそんな製品でも使い込んだり、調べていくうちに"お、コイツなかなか可愛いところあるじゃん"と思えるようになるんです。そこまで愛情をもった状態、自分がわくわくする状態じゃないと、お客さんに魅力を伝えることは無理ですね。」⁠西脇氏)

そして製品に対して愛情をもてばもつほど「トラブルや不測の事態に遭遇する機会も増える」といいます。だがそうした経験がまたプレゼンに深みを与えることにつながるのです。

製品のすぐれたところもダメなところも知り尽くしてるからこそ伝えられる魅力、"これもできます、あれも可能です"というPRの文章とは違うメッセージを、鍛えあげられたプレゼンテクニックを駆使して伝える仕事、それがエバンジェリストです。

伝えるプロセスをもっとビジネスに取り込むべき

プレゼンやデモを苦手とする人は多いですが、西脇氏は「最初からプレゼンが得意な人なんて一人もいない」ときっぱり。

「僕は声は大きいほうですが、最初から有利なのはそれくらい。あとはひたすら練習を積み重ねてきました。申し訳ないですが、僕はほかのエバンジェリストに比べても、かなり練習量が多いと思います。リハーサルもすごく重要です。事前の準備、なにか起こったときのためにいつも十分に備えています。もちろんうまくいかなかったプレゼンもたくさんあります。そのたびに改善点をみつけて次に活かすことを繰り返してきたら、しだいに結果につながるようになったんです。」⁠西脇氏)

結果とは、西脇氏のプレゼンを聞いて興味をもつ顧客が増え、売上につながる機会が増えたことを指します。テクニックと情熱のバランスがとれたプレゼンだからこそ、ビジネスに直結させることができます。それを支えるのは経験と努力であって、生まれついての才能ではありません。

「伝えるというプロセスをあまり重要視していない企業は多いけど、もっとビジネスに取り入れるべきだと思います」と西脇氏。エバンジェリストの数は増えてきているものの、本当の"伝えるプロ"はそれほど多くないようです。ただし、最近は若い世代にプレゼンが上手な人々が増えているとも言います。⁠若い世代にとってはプレゼンするチャンスも増えてきているし、彼らのポテンシャルはすごく高い」そうです。

西脇氏は尊敬するエバンジェリストとして、iPhoneのエバンジェリストとして有名なソフトバンクの中山五輪男氏の名前を挙げていますが、こうした先達に続くエバンジェリストが若い世代から生まれる可能性も大いにあるでしょう。

心に残るプレゼンをしたいなら"スライドに頼らない"こと

最後に西脇氏の著書エバンジェリスト養成講座 - 究極のプレゼンハック100の中身を少し紹介しましょう。

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本書は"エバンジェリスト養成講座"と銘打ってあるものの、エバンジェリストを目指すためのハウツー本ではありません。ビジネスパーソンなら誰もが経験するであろうプレゼンテーション/デモンストレーションにおいて、いかに製品や技術の魅力をわかりやすく"伝える"のか、そのためのテクニックが詰め込まれています。

プレゼンテーションといっても、数百人もの聴衆を前にした講演から、顧客に対して行う製品説明、数人のメンバーでの企画会議など、そのシチュエーションはさまざま。ただどんなプレゼンテーションにおいても、聞き手の心に伝えるための極意は基本的に同じだと西脇氏は言います。そして製品や技術、あるいは企業そのものの魅力や価値を正しく伝えたいのなら、やはり正しいテクニックが必要です。

本書ではプレゼンテーションのフェーズを準備、本番、終了後という時間軸に沿って7つの章に分け、それぞれのフェーズで必要なテクニックを細かく解説しています。独特の口語体の文章は、さながら西脇氏のプレゼンを直に聞いているかのような感覚があります。本書自体がひとつの完結されたプレゼンテーションのようです。

そのほかにも、よくあるプレゼン本と異なる点はいくつもありますが、驚くのはスライド(PowerPoint)に関する説明の少なさ。プレゼン本と称しながら、実際にはパワポのテクニックを解説しているだけの書籍は少なくありません。だが西脇氏は「スライドは話すことを誘導するための道具であって、それ以上の存在ではない。スライドには凝らず、できるだけシンプルに仕上げるようにしている」といいます。

聴衆の心に残るのはスライドではなくプレゼンそのものであり、スライドはプレゼンを魅力的にするための道具にしか過ぎません。凝ったスライドを1枚作るよりも、張りのある声で伝えることに努めたほうがずっと聞き手の印象に残り、アニメーション機能を多用するよりも、実際に製品が動くデモを見せたほうが、⁠使ってみたい」という気持ちを起こさせると言います。ただしパワポの機能については「知り尽くしていたほうがいい」とのこと。プレゼン中の不測の事態をカバーしてくれる確率が高くなるからです。

巻末には「プレゼンハック100」として、プレゼンやデモで覚えておきたいTipsが100項目に渡って紹介されています。⁠何を伝えるのか決める」⁠プレゼン資料のフォーマットは統一する」⁠多少のウソはついてもよい」など、ユニークなフレーズが目を引きますが、本文の内容と照らしあわせて読めばより深く理解できるでしょう。 ⁠こんなに出し惜しみせずにテクニックを披露していいの?」と驚きますが、⁠本書に掲載できなかったテクニックはまだたくさんあるので問題ありません(笑⁠⁠」とのこと。次回作も期待できるかもしれません。


エバンジェリストとして有名になり、顔が知られるようになると、心ない中傷や嫉妬を受けることも少なからずあるそうです。それでも西脇氏は「講座に来てくれたり、本を読んでくれた人たちの感想やコメントがすごく力になる」と言います。

西脇氏が発するポジティブなパワーに惹かれて、全国各地から講演の依頼が引きも切らず、海外への出張も多い。伝えることを自らのミッションとし、プレゼン道具(電波を発するもの多数!)をぎっしりアタッシュケースに詰め込んで、エバンジェリストは日本と世界を股にかけ、今日もどこかで何かを伝えています。

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