OSSカルチャーを素早く理解したOpenDaylightコミュティを誇りに思います ─OpenDaylightディレクター フィル・ロブ氏インタビュー

The Linux Foundationというと、Linuxの普及だけを支援する組織だと思われているかも知れません。しかし、近年は、オープンソースのSDN(ソフトウェア定義ネットワーク)コントローラーOpenDaylightや、PaaSソフトウェアであるCloudFoundryなどのプロジェクトも、協業プロジェクト として、その普及活動を支援しています。

OpenDaylight普及活動の一環として、2015年10月下旬、東京で開催されたOpenStack Summitに合わせて来日した、Linux Foundationシニアテクニカルディレクター(OpenDaylight Senior Director of Technical Operations)であるフィル・ロブ(Phil Robb)氏に、プロジェクトの進捗やコミュニティとの関係について話を聞きました。

また、当日は、日本でODLUG ⁠OpenDaylightのユーザーグループミーティング⁠⁠ をリードする工藤 雅司氏(NEC スマートネットワーク事業部主席技術主幹)に同席をいただくことで、国内から見たプロジェクト状況を補足していただきました。

開発のしやすさとコミュニティの魅力がOpenDaylight発展の鍵

――まず、OpenDaylightの目的とフィルさんの役割をご紹介ください。
フィル・ロブ(Phil Robb)
フィル・ロブ(Phil Robb)氏

フィル:2013年4月からスタートしたOpenDaylight は、SDNのコントローラーのプラットフォームです。ユニークな点は、マイクロサービスアーキテクチャを採用し、さまざまなサービスやプロトコルを容易に追加できることです。私たちは、OpenDaylightをユビキタスなOSSのSDNコントローラーにすることを最終的な目標として、活動しています。

その中で、私の役割は、シニアテクニカルディレクターとして、開発者コミュニティと運営・調整を行い、また、関連するNPOとの連携を行っています。

――目標に向かって、OpenDaylightの進捗はいかがでしょうか?

フィル:開始してからの進捗には目を見張るものがあります。最初のリリースでは15のプロジェクトだったのが、現在では、58のプロジェクトとなり、コードを書いて貢献する開発者は、550名を超え、OpenDaylightを製品やサービスとして取り入れている企業は、25社を数えます。

――プロジェクトを進めていく上で、どれくらいの開発者が十分だと考えますか?

フィル:550人以下ではないでしょう(笑⁠⁠。

テクノロジーが浸透し、採用されていくために大切なことは、コミュニティおよびメンバーが、それぞれの問題をお互いに解決していくことが大切だと思います。そのためには、テクノロジーのプラットフォームを構築し、その上にモジュラー型に機能を追加して、容易に拡張でき、さまざまなユースケースに利用できることが重要です。

そういった意味で、開発者の数というのは、そのプラットフォームで対応できるユースケースの数とつながりがあります。現在、OpenDaylightでは、開発者の増加に比例して、多くのユースケースに対応できるようになってきており、私は非常にうれしく思っています。

――現在、OpenDaylightが開発者を引きつけている点はどこにありますか?

フィル:3点あるのではないでしょうか。

1点目は、さまざまな組織や人が参加して、ある程度の大きな規模になっているため、開発者として、すぐにつぶれることはないなという信頼感が出てきていることがあるでしょう。2点目は、開発者にとって、アーキテクチャが比較的貢献しやすいものなっている点があります。それぞれのユースケースに合わせて拡張しやすいためです。最後に、OpenDaylightコミュニティが、参加しやすい、学びやすい、質問し、答えを得やすいといった、敷居が低く、新しい人を受け入れやすい土壌になっていることもあるでしょう。

工藤:フィルさんがおっしゃった通りだと思います。おそらく、世界でも、日本でも、きちんと最初のバージョンがリリースされたことに安心しました。そして、それが、特定のベンダー1社といった意思に左右されたものではなく、コミュニティの意思でリリースされたことが大きいですね。

工藤 雅司氏
工藤 雅司氏

敷居が低いことについては、やはり、すべてがオープンであることが大きいです。テクニカルリーダーズワークグループなどすべての会議がオープンですし、各プロジェクトのミーティングもすべて情報が公開されています。

私たちにとって、困る点が一点あり、それが時差ですね。電話会議が設定される時間が、日本の真夜中になることが多いことです。

フィル:それを改善してくためには、ますます各地域、国ごとのユーザグループを活発にしていきたいですね。

よいオープンソースのプロジェクトは、メーリングリストやIRCなどを活用して、情報を記録できるようにしています。さらに、私たちは、電話会議をするときでも、できる限り録音をして、誰でも参照できるようにしています。ベストを尽くして、みなさんが参加しやすいようにしていきたいと思います。

※)
OpenDaylightでは、機能ごとに独立したプロジェクトが組織され開発が進められています。半年ごとにメジャーバージョンのリリースが行われ、現在の最新バージョンは、2015年6月にリリースされたLithiumです。

ユーザコミュニティ、ネットワーク/サーバエンジニアの意識共有がプロジェクトを成長させる

――一部のオープンソースコミュニティでは、開発者コミュニティは存在するが、ユーザコミュニティがほとんど活動していないこともあるようです。OpenDaylightにとってのユーザコミュニティを、どのように考えているのでしょうか?

フィル:ユーザコミュニティが活発であるかどうかということは、プロジェクトの成熟度合いに関係してくることだと思います。

新しいものを作っていくときには、ユーザコミュニティが活発であることは、とても大切なことでです。お互いに助け合い、技術が成熟していく過程の中で、さまざまな直面する課題に、お互いの知識を共有して対応していくことが重要だからです。特に、立ち上がりの時期にはそうだと思います。

そのため、OpenDaylightにとって、ローカルのユーザグループはとても重要で、開発グループと協調し、さらにスケールアップしてきたいと考えています。

――エンジニアコミュニティは、サーバ、ストレージ、ネットワーク、セキュリティなどの分野のコミュニティが分かれている傾向にあります。たとえば、サーバコミュニティのエンジニアは、オープンソースを理解してることが多いですが、ネットワークコミュニティは、どちらかというとプロプライエタリなテクノロジーに精通している傾向にあると思います。OpenDaylightは、ネットワークコミュニティとサーバコミュニティを巻き込みながら、どのように推進していきたいと思いますか?

フィル:仮想化が浸透する前には、ユーザ企業の中では、サーバ、ストレージ、ネットワークのエンジニアはお互いに話をしないことが多くありました。しかし、仮想化が状況を変え、今では、それぞれのエンジニアがコミュニケーションしなければいけなくなっています。そして、SDNの採用が進めば、さらに大きな変化が生まれてくるでしょう。

もちろん、ネットワーク業界にとっては、オープンソースというのは初めての体験です。コミュニティを作ったり、コラボレーションをしていったりなど、そういう文化が必要で、彼らにとっても、変わっていく必要があるものもあるでしょう。

そのような中で、私がもっとも感心したのは、OpenDaylightに参画しているネットワークエンジニアが、素早くオープンソースを理解して、ベストプラクティスを採用することができていることです。

これには、Linux Foundationが支援しているということもあるでしょうが、最初に、このようなネットワークのオープンソースプロジェクト(OpenDaylight)が、オープンソースプロジェクトの始まりではないからでしょう。Linuxのような、すでに成功しているオープンソースプロジェクトのベストプラクティスを共有でき、また、私のようなオープンソースプロジェクトを知っているメンバーが参加していることで、役に立っている側面もあるかもしれません。

工藤:私も、元々はOSやミドルウェアにエンジニアでしたが、今はネットワークエンジニアとして、OpenDaylightコミュニティに入っています。当社のメンバーも半分くらいは、元々がサーバやストレージのエンジニアです。ネットワーク、サーバの両方のエンジニアが活用できる場であるのが、OpenDaylightコミュニティではないでしょうか。

さまざまな人や企業が公平な土俵の上で切磋琢磨するのがオープンソースのカルチャー

――フィルさんは、長年大企業であるヒューレット・パッカード(HP)でオープンソースの仕事に関わっていました。今、NPOであるLinux Foundation で働いています。働いてみての違いはいかがでしょうか?

フィル:大企業にとっては、オープンソースは新しいものです。それは、HPにとっても、新しいものでした。私がHPで勤務し始めた2000年代初めには、オープンソースで貢献していくには、どのように活動していったらいいかをひたすら、社内で説明するといったものでした。

たとえば、HP社員であったコミッターには、時には競合のエンジニアから解決を相談されたバグを修正すると、競合にとってメリットがあるということがありました。HP社員のコミッターは、競合ではありますが、新しいコントリビューターを助ける責任があって、それを私も一緒になり、彼の上司に説明しなければないといったものでした。このように、私は、HPの中で、どのようにコミュニティに貢献し、どのようにカルチャーを変えていくのかということを仕事にしていました。

今の私の仕事は、さまざまな人、大小を問わない組織や企業が、公平な土俵の上で、プロセス、ガバナンス、カルチャーにおいても、オープンソースプロジェクトに参加できるようにすることです。すべてのアイデアを公平に取り扱い、技術的にすぐれているかという土俵の上で、切磋琢磨することを促しています。

この仕事を進める中で、OpenDaylightに参加したネットワークエンジニアが、すばやくオープンソースのカルチャーに慣れて、さまざまな利益を享受し、さまざまな友情が生まれるようになったこと、そして、コミュニティがこのようなカルチャーを作ることができたことをとてもうれしいと思っていますし、非常に誇りに考えます。

――最後に、日本の皆さんにメッセージをお願いします。

フィル:日本の皆さんには、もっと、ユーザグループ、コミュニティに参加していただきたいと思います。実際に自分の目でみていただきたいですし、さまざまな質問、興味あるポイントを持ってきていただき、一緒に進めていきたいと思います。

――本日は、長い時間ありがとうございました。
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OpenDaylightについては、多くの人々にとって、認知度が高いとは言えないかもしれません。しかし、たった2年半で大きな進捗を見せて、成果を出しているオープンソースプロジェクトとしては、特筆すべき点があると考えています。興味のある方は、ぜひ、一度ユーザーグループのイベントに参加してみるのはいかがでしょうか?

最後に、フィル氏と同時期に、ヒューレット・パッカードで働いた私にとって、彼が直面したオープンソースのカルチャーを伝えていくということが、いかに大変であったかということは、自分の経験を振り返っても、想像に難くないことでした。当時の共通の知人の話などを少しできて、今回のインタビューは、別の意味でうれしいものとなりました。

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