「Hyperledgerが金融に特化したソリューションなら興味を持たなかった」 ―Brian Behlendorf氏インタビュー

昨今、一般メディア、専門メディアとも、ブロックチェーン、ビットコインなどのフィンテックについて取り上げられることが多くなりました。特に、ブロックチェーンについては、さまざまな団体や企業が標準化活動、検証活動を行っています。

中でも、CMEグループやJPモルガン、ABN AMROなど大手金融機関やIBM、富士通、日立、NEC、VMware、Red Hatなどの大手ITベンダーが参画し、ブロックチェーン技術を推進する「Hyperledger」⁠ハイパーレジャー⁠⁠ プロジェクトに注目が集まっています。

そんな流れをふまえて今回、2016年7月中旬、東京で開催された「LinuxCon Japan 2016」に合わせて来日したHyperledgerプロジェクトのエグゼクティブディレクターBrian Behlendorf(ブライアン・ベーレンドルフ)氏に、Hyperledgerの目的と現状をインタビューする機会を得ました。ここではその模様をお届けします。

オープンソース協業で行うブロックチェーンプロジェクトの強み

インタビュー内容の紹介の前に、まず、Hyperledgerプロジェクトの概要を簡単に紹介します。

Hyperledger プロジェクトは、Linux Foundationが進めるプロジェクトの1つです。Linux Foundation はLinuxの普及だけを支援する組織ではなく、近年はオープンソースのSDN(ソフトウェア定義ネットワーク)コントローラーOpenDaylightや、PaaSソフトウェアであるCloudFoundryなどのプロジェクトも、協業プロジェクトとしてその普及活動を支援しています。これら最新の協業プロジェクトの1つがHyperledgerプロジェクトです。Hyperledgerプロジェクトは、ブロックチェーン技術の推進に取り組んでいます。

このプロジェクトをリードしているのが、WebサーバApache Web Serverのメイン開発者として活躍し、Apache Software Foundationの創設メンバーとしても著名な、Brian Behlendorf氏です。

Brian Behlendorf氏
Brian Behlendorf氏
――Hyperledgerプロジェクトがスタートした背景と目的をご紹介ください。

B(Behlendorf氏⁠⁠:元々、Linux Foundationには、複数の企業からブロックチェーンについてのプロジェクトを立ち上げる提案が来ていました。その中でも積極的だったのがIBMです。IBMでは、すでにかなりブロックチェーンソフトウェアを開発して、ソースコードがあったのですが、これをオープンソースにしてもっと多くの人に使って欲しいと思っていたのです。そこで、2015年12月に23社が参加して正式にプロジェクトがスタートすることになりました。

これは、これまでブロックチェーンが主に利用されてきた領域と違うところで活用していきたいという要望が強くなってきたことがあります。たとえば、エンタープライズ領域での高いトランザクションがある分野などです。最終的には、同じテクノロジーを使いながらも、いろいろな異なるツールでこのソフトウェアが活用されるようになっていけば、このプロジェクトは成功したといえると思います。

――日本からの参加者企業・団体についてはいかがでしょうか?

B:プレミアメンバーとして、富士通、日立、ジェネラルメンバーとして、NEC、NTTデータ、ソラミツが参加しています。ビジョンやテクノロジーに合意をいただき、金銭的なサポートを含めて協力いただいています。ソースコードの開発レビューがやっと始まった段階ですので、今後より深い貢献をしていただけると期待しています。

――ブロックチェーンについてはさまざまな団体が標準化に取り組んでいます。それらとの違いは何でしょうか?

B:大きなプロジェクトといえば、ビットコインやR3CEVでしょうか。これらのプロジェクトは、基本的に仮想通貨に対応しようとしているものです。プルーフオブワーク(Proof of Work:ブロックチェーンの正しさを保証していくものとして考え出されたもの)というのが基本的なコンセプトです。

Hyperledgerが目指しているのは、スループット、トランザクションの領域です。これは、今のビットコインなどでは対応し切れていない部分です。しかし実際には、これらのプロジェクトとは競合という意識はありません。参加企業にはビットコインを使っているところもあります。

オープンソースプロジェクトのいいところは、違った目標を持っている、場合よっては、他の分野で競合しているベンダーや関係者でも、必要なところは一緒に集まって、1つのものを形あるものにしていくということです。そのため、彼らとも一緒にいろいろなものを開発していければいいなと思っています。

――Hyperledgerはどのような用途で使われると考えられるでしょうか?

B:さまざまな業界で、いろいろなアプリケーションで使われていくだろうと考えています。その中でも一番わかりやすいのは、金融分野でしょう。数多くのトランザクションが発生する金融サービスでは、さまざまなアプリケーションで利用されていくでしょう。SWIFTのような集中ブローカーがいるサービスでも使われでしょうし、分散保持されているデータを共有データベースといった形で利用することもできますし、トランザクションそのものの一貫性も担保できるようになります。そういう意味で、金融機関が期待するツールとなるでしょう。

金融サービス以外にも利用分野があります。たとえば、製造から物流までをカバーするサプライチェーンでの利用も検討されています。これはとても興味深い事例ですが、近く発表できるのではと考えています。ヘルスケア分野での利用もあります。患者のカルテは現在各医療機関ごとに持っています。これをさまざまな医療機関で共有することができるようになるといったものです。IoT分野でも、いろいろなアプリケーションが出てくるでしょう。

また政府/公官庁系での利用も考えられています。特に新興国においてです。たとえばお金の貸すときに、不動産の名義はどうなっているのかなどについて、そのデータが本当に信用できるのかという不安があります。これらのデータの正確さやタイムリーに取得できるかなどを担保する方法として、利用が検討されています。

オープンソースプロジェクトをリードする極意とは?

――今後のHyperledgerプロジェクトをどのようにリードしたいですか?

B:Hyperledgerでは、中期的にはフレームワークにかかわるもの、何かのサービスに特化したものなど複数のプロジェクトが立ち上がってくるだろうと考えています。そして、それら1つ1つがモジュールになって横展開できるようになるでしょう。

これらのプロジェクトが標準に則って開発されていれば、私自身は1つ1つに介入していこうとは思っていません。時間の経過とともに統合されたりもしていくでしょう。そういう意味で流れに任していきたいと思います。実際に、Apacheプロジェクトがそのような形で展開されていったのです。当初はWebサーバのプロジェクトだったものが、今はおよそ300のプロジェクトに拡大しています。

――少し視点を変えて、今までオープンソースコミュニティをリードしてきて、うれしかったこと、苦労したことなどを紹介してください。

B:うれしかったという点では、コミュニティが自立してきたなということを感じられるときですね。コミュニティの中ではいろいろな質問が出てくるわけですが、そういった質問に対して、今まで回答したことがなかった人が「こうやったらいいよ」と答えるようになることです。こうなってくると、コミュニティが成長して、ひとつのステージを乗り越えたなと感じます。また、開発したテクノロジーが、企業、あるいは業界で活用されるという発表もうれしいですね。

悲しいなと思うときは、コミュニティが異様な緊張感に包まれ、開発が止まってしまうようなときですね。

Hyperledgerプロジェクトは初期段階で、みんなが必死になってコードを書いている状況です。そして、実際のユーザケースが出てくると、さらに新しいものが生まれてくるでしょう。そして、今いる開発者に加えて、新しい開発者が参加しやすい環境を作れたらいいなと思っています。このプロジェクトではまだ良かった点、悪かった点ということは生まれてはいませんので、これからいろいろなことが起こってくると思っています。

――オープンソースプロジェクトは、ITインフラ領域での成功例が多いようです。Hyperledgerプロジェクトは金融業界向けに見えますが、いかがでしょうか? そのような場合、開発者にとって参加のハードルが高くなることはないでしょうか?

B:Hyperledgerプロジェクトがウォール街に特化したソリューションであったならば、私は興味はありませんでした。Hyperledgerは、いわばデータベースのようなもので、いろいろな用途に使えます。先ほどいくつか例を挙げたように、ヘルスケアやIoTなど、金融業界以外のさまざまな分野でも活用可能です。もちろん、金融業界からはHyperledgerのメリットを感じて、積極的に参加いただいています。基本的には共通のフレームワークという認識で受け入れられていると思います。

開発者にとって、単に金融機関が儲かるだけというと面白くはないでしょう。そのため、もう少し社会性の強いアプリケーションも見ていきたいと思います。たとえば、いろいろな取引の透明性を高めていくとか、難民問題に対して金融サービスなどでどのように支援していくか、あるいは、気候変動に対してコンプライアンスを守っていくためのシステムを、IoTを使ってどのようにモニターしていくのか、などにも利用できると考えています。このような社会的な貢献をしていけるものも考えていきたいと思います。

――日本企業やエンジニアへの期待をお願いします。

B:エンジニアの方には、ぜひソースコードをダウンロードしていただいて、試していただきたいと思います。そこでどんなことができるか、どういう可能性があるのかを考えてもらえるとうれしいです。オープンソースプロジェクトは、どのような企業でも、どのような方でも、自由に参加してもらえるものです。ぜひ、メーリングリストで共有してもらえるとうれしいです。まだまだこのプロジェクトは始まったばかりです。積極的にいろいろな人が参加していただけることを期待しています。

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