新規事業におけるUXデザインの位置付けと価値~HCD-Net認定 人間中心設計専門家インタビュー:NEC熊崎純一さん・NECソリューションイノベータ木下友見さん

ユーザエクスペリエンス(以下UX)という言葉が普及してきました。

UXデザインというと、具体的な製品の改善をイメージしたくなるが、NECでは、UXデザインを、新規事業の立ち上げに応用しています。今回、NECの熊崎純一さんと、NECソリューションイノベータの木下友見さん(いずれもHCD-Net認定 人間中心設計専門家)に聞いたのでその模様をお届けします。

木下友見さん、熊崎純一さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)
木下友見さん、熊崎純一さん(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)
(NEC Innovation World 品川にて撮影)

海外プロジェクトとUXデザイン

――まず自己紹介をいただいてもよろしいでしょうか。

熊崎:私は、事業イノベーション戦略本部 デザインセンターに所属しています。

肩書きはデザイナーですが、いわゆる絵を描くようなデザインとは異なり、ビジネスやサービスのユーザ体験の設計をしています。新規事業の立ち上げを、デザイナーという立ち位置から、サポートしています。

木下:私は、NECソリューションイノベータという、NECのグループ会社の、イノベーション戦略本部 次世代ヒューマンインタラクション事業推進室という部署にいます。

次世代ヒューマンインタラクション事業推進室というのは、3DセンサーやVR(仮想現実⁠⁠、AR(拡張現実)といった先端技術を用いて、ヒューマンインタラクションに関する新たな価値やサービスを創り出すことをミッションに、技術開発から事業化まで一貫して取り組んでいます。

インドの国民サービスを検証

――それでは、熊崎さんのお仕事を、具体的に教えていただけますか。

熊崎:海外での現場観察や、インタビュー、ワークショップ設計をしています。また、その結果をもとにコンセプトをつくったり、ソリューションにしたり、ということをしています。

たとえば、インドの国民向けサービスの検証をしています。現場観察とインタビューを現地で行って、ペルソナを作成しました。インドは、さまざまな宗教や言語、文化があって、その生活形態ごとにライフスタイルがまったく異なるのです。

その中で、⁠国民向け」サービスと言ったとき、誰がユーザなのか。その点が、インドの公共部門や、民間部門の方々と、意見がどうしてもかみ合わない。その解消のために、僕たちが現地に行ってインタビューをして、ペルソナを作り、みんなの合意形成をしていきました。

ペルソナシートにも、脈々と続くデザインセンターのノウハウがあります。たとえば、ペルソナの名前などは、けっこうみなさん適当に決めがちです。

でも、実はインドの場合だと、宗教や生活形態で、苗字が違うということがわかって、それに基づいて苗字をつけています。

また、男性と女性の立場はかなり、日本に比べて違うので、ペルソナは男性と女性で明確に書き分ける必要がありました。

インドで実施したサービス検証で使用した資料の数々
インドで実施したサービス検証で使用した資料の数々

台湾における学生向け共創ワークショップ

――海外での展開というのは、すごいですね。

熊崎:UXデザインの手法は、1つの国の中だけでなく、多国籍間でもできるのではないか、と横展開をしているところです。日本人だけでは、やっぱりほかの国のソリューションは考えられません。

台湾でもそうでした。台湾ソリューションフェアという、NECが台湾でやっている展示会に向けて、学生たちと共創ワークショップをした事例があります。

ファシリテーターとして参加して、学生たちをハンドリングしながら、最後の提案まで導くという立ち位置でした。ちょうど、台湾の有名な油メーカが、廃油をそのまま使って売って、問題になった時期でした。食品の衛生問題や食品偽装が話題になっていました。

台湾は食文化をツーリズムの1つの売りにしていますし、食に対しての思いが強いのですよね。

台湾には、伝統的な、古い市場が根強く残っているのです。屋台の文化もあります。日本人の感覚では、新しくスーパーマーケットに変えれば良いと思うことがあるでしょう。ところが、現地の学生たちは「これは愛される文化だ」と言う。

「食品の衛生も気にはなるけど、こういう屋台は愛されるべきものだ」という意見を、実際に学生から聞いて、⁠そうなんだ。日本人にない感覚だね」というのを共有しながら、ワークショップを進めていきました。

ワークショップでの気づきとしては、たとえば、市場で観察したときに、ボロボロのお札を市場の女性たちが受け取りながら、その手で魚をさばいている――「これは衛生的に心配だよね」という、現場でしかわからない状況がありました。なので、それを解決するソリューションを、ワークショップを通じて、考え出しました。

もう1つの気づきは、昔ながらの市場を見たときに、日本人だとまずわからないのですけど、⁠これは法律に絡むケースがある」というのが、現地の人にはわかる場合があるそうです。

1つの例として、その市場でお酒を売っている女性がいました。女性は「うちの商品はすごくおいしい」と自信満々に言っていました。実際にみんなが買いに来ていて、愛されている。ただ、その商品が、法律に絡むかもしれない、というのです。

「⁠⁠販売しているのに法律面で問題があるかもしれないという点で)これは矛盾しているよね」ということで、ワークショップで考えたのは、個人でも、トレーサビリティーをしっかりすれば、安心して提供できるようになるのではないか、という、管理の提案でした。

こういうのは、日本人だけがパッと見てわかる問題ではありません。やはり、現地の学生たちといろいろ話をして、ワークショップを通してわかることの一例です。

台湾ソリューションフェア内の共創ワークショップポスター
台湾ソリューションフェア内の共創ワークショップポスター
――UXデザインのプロセスが、そこで価値を発揮するというのは、興味深いです。

熊崎:UXデザインの手法と国際的なプロジェクトは相性が良い、と思います。

日本人は世界で見たらマイノリティです。なので、日本人の感覚のまま、海外で物を売っていこう、サービスを提供しようとすると、売れないとか、課題とマッチングしないことがある。それで、UXデザインをしているメンバーが現地へ行って、エンドユーザと話をして、⁠じゃあ、こうしないと駄目ですね。ユーザのビジョンはここにありましたね」というのを、ひとつずつ拾いあげていく。

そうして、地域によってサービスを変えないと駄目だねというのが、デザイナーが入ることによって気づきになります。

UXデザインからの国内の課題へのアプローチ

――続いて、木下さん、お仕事についてお伺いできますか。

木下:はい。私は国内での事業を担当しています。

NECは社会課題を積極的に解決していこう、という流れがあるのですけども、その社会課題の1つとして着目しているのが「高齢化」です。

「健康寿命の延伸」とよく言われますけども、高齢者が、元気なときから自分の身体を上手にメンテナンスしながら、最後まで元気に生活を送ることができる状態を維持する、そういったことができるようなソリューションを検討しています。

私がとくに関わっているのが、3Dセンサーを使った新規事業の立ち上げです。人数が少ないチームなので、いろんなことに携わっています。UXデザイン、画面設計やユーザインタビューだけではなく、例えば、販売戦略をどうするかとか、プロモーションをどうするかとか、事業にするための活動にも携わっています。

――それは、どのようなものですか。

木下:3Dセンサーに対して、5~6メートル、まっすぐ歩くことで、その人の歩行姿勢を数値化するというシステムです。機械などを身に付ける必要がないため、測定の負担が少ないというのが大きな特徴です。

歩くときの姿勢は、胸腰部の上下移動が何センチあるとか、足が前にどれくらい角度があって、後ろにはどれくらい蹴り上げる角度があるとか、歩行速度、そのほかにも、腕の振りの角度がどうとか、肩の角度がどっちに何度くらい曲がっているとか、そういったさまざまなデータを、その6メートルを歩く間に測ります。

その数値を、専門家の方、たとえば理学療法士や、接骨院であれば柔道整復師といった、身体の動き、歩きについて知識がある方が解釈して、健康の指導に役立てます。

たとえば、⁠胸腰部の上下移動が少ない、これは膝がうまく使えていないから」という解釈をしたら、⁠もう少し膝を使って歩くようにしましょう」とか、あるいは「歩幅がちょっと狭くなっているので、もう少し延ばすような形で歩きましょう。続けていくことで健康な状態に少しずつ近づけますよ」というような指導です。

――木下さんは、プロジェクトのなかで、どのような役割なのですか。

木下:プロジェクトチームの中では、私はニーズ寄りの部分をメインで担当しています。たとえば、高齢者の方の特徴を理解して、それをふまえて現場観察をする。実際のユーザが誰で、本当の利用状況がどういうものなのかっていうのを、きちんと現場に出て探索する。

主に私がその調査をするのですが、私だけではなくて、技術者や研究者にも参加してもらうようにしています。机上で考えて、技術開発して、製品を出すようなやり方では、売れません。人の役に立つ、売れる技術でないといけない。

そこで、UXデザインのプロセスを適応して、とにかく最初にこちらが思っている、最小限のプロトタイプを作り、ここに当てはまるのではないか、というターゲットに見せて、その状況を観察して、技術開発の方向性を決めていきました。

難しかったのは、紙のプロトタイプでヒアリングできれば、すごく早く進むと思うのですけども、なにぶん3Dセンサーが、使ってみてもらって、初めて「ああ、こんなことができるのね」という実感として持てる、良さがわかってもらえるものだったところです。

なので、機材とシステムを担いで、いろいろなところを回るという方法を採りました。

和気あいあいといろいろとお話を伺えた
和気あいあいといろいろとお話を伺えた
――なるほど。実物がないと、実感が伴わないのですね。それで、プロトタイプの反応はどうだったのですか。

木下:実は、最初は歩行ではなくて、肩の関節可動域などを数値化するものを考えていました。しかし、プロトタイプを作って、理学療法士の先生や、カイロプラクティックの先生に紹介したら、現場ではこちらが想定しているニーズがないことがわかりました。

ふだん、肩の関節可動域を、時間をかけて測定しているわけではないのです。たとえば、リハビリを始めて、そのときは測るけれども、次に測るのは3カ月後や半年後でした。また、測定するときは、分度器のような道具を使って、時間かけずにパッパッパっとやってしまう。施設では、リハビリの時間が決まっているので、その中で、お迎えに行って、施術をして、お送りしてというのを、短時間でやらないといけないからです。

現場に行くことで、肩の関節可動域の測定に時間をかけられない、という現状を聞きまして。リハビリルームも現場観察に行って、状況を見たうえで、そこに何かしらの機械を入れるのは厳しい、という判断をしました。

一方で、現場に行くことで、気づきもありました。

歩行というのは、リハビリの施設を見ていても、必ず訓練が行われています。歩きは人間の基本的な動作なので、変化が見えやすい。ちょっと膝が痛いとか、歩行速度が落ちてきたというところも見つけやすい。歩けなくなった場合に、トイレに行けなくなったり、外出できなくなったり、それがもっとも活力がなくなる。そこは避けたい。何が何でもとにかく、最後まで自力でトイレに行きたい、という話を聞いたりします。

歩行は、かなり重要だというのが、いろんな方の話を聞いていくとわかりました。そこで歩行に着目して、コンセプトの方向転換をしました。

そこから、改めてプロトタイプを作って、実際に使ってもらった状況を観察して、⁠これは市場がありそうだ」ということがわかって、今度は事業化の目処が立ちました。

――なるほど。

木下: また、プロジェクトの中で、ユーザが使うようすを、私だけでなく、みんな技術者も研究者も合わせて、その状況を見に行くようにしました。

現場の空気感や、お客様が発した言葉の温度感。そういったものを感じたほうが実感になります。

現場を見ることで、技術者たちや研究者たちにもよかったことは、たとえば、この測定項目を付け加えるのかとか、これはどういう使い方がいいのかとか、利用シーンを討議していくときに、同じように現場を見てきているので、実利用者をイメージできるようになる。同じ人をイメージして討議ができる。

実利用者を頭の中で思い描きながら、彼らならこの機能はいらないとか、この測定項目はいらないということをみんなで話せるようになります。

新規事業におけるUXデザイナーの役割

――プロトタイプの段階で、プロジェクトメンバーが実利用者に触れることが大切なのですね。

木下:新規事業で、UXデザイナーの役割の1つは、早い段階でプロトタイプを作って、ユーザに見せてみよう、ということを提案して、そういう場を作って、わかったことを技術者と一緒に討議していくことだと思います。

私たちは技術者の集まりなので、どうしても机上だけでいろいろ考えて、製品にするということをしがちなところで、⁠いや、ちょっと待って」と。

まずは今、考えていること、きっとこういう使い方をされるのだろう、というのを、実際のユーザとともに試してみる。現場に出て、実際のユーザはこれだというのを見つけたうえで、共通の人をイメージしながら、話し合いをするように持っていく。

それをアレンジするのも、UXデザイナーの役割だと思っています。

やっぱり、頭の中で考えていると、どうしても矛盾が生じてくるので、それをビジュアライズする手法を持っているのもUXデザイナーでしょうし、それをじっさい見に連れていくというのもUXデザインならではという気がします。

――ありがとうございました。
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