「デイブが来てくれたおかげで僕とアーモンはツールの開発にフォーカスできるようになった」
マクジャネット氏は現在46歳、
ジョインの理由は「ふたつの偉大な才能に出会ったから」
- ――2016年にHashiCorpのCEOとしてジョインされてから約1年半ですが、HashiCorpをご自身のキャリアとして選ばれた理由を教えていただけるでしょうか。マクジャネットさんはこれまでVMwareではSpringSourceやCloud Foundry、HortonworksではHadoop、そしてGitHubと、オープンソースビジネスに深くかかわってきたとうかがっています。HashiCorpもオープンソースをビジネスのコアに置いている企業ですが、そのことも関係していますか?
マクジャネット: オープンソースをコアにしているということもありますが、
一番の理由はミッチェルとアーモン (Armon Dadger氏、 HashiCorp共同創業者兼CTO) というふたりの若者のすばらしい才能に感銘を受けたからです。彼らはテクノロジに精通しており、 また問題解決に対するアプローチが非常にすぐれていました。まだ小さい会社ではあったものの、 自分たちがやるべきことをクリアに描いており、 迷いがいっさいなかった。ミッチェルとアーモンがいかに高い技術力をもっているかは、 「Terraform」 や 「Vault」 など彼らがいままで開発してきたソフトウェアを見ればわかるでしょう。 ミッチェルもアーモンも、
自分たちが社会に果たすべき役割を強く認識しています。我々は現在、 デジタルによる歴史の変わり目にいますが、 変わらなければいけないことがわかっているにもかかわらず、 非常に多くの企業が前時代の技術にひもづけられています。変化の機会を奪われている企業に対し、 ツールの力、 とくに自動化を促進するというソリューションでもって、 企業のデジタルトランスフォーメーションを支援していくことがHashiCorpのミッションです。そしてHashiCorpがより良いソリューションを提供していくためには、 傑出したエンジニアである二人は開発に集中すべきだと思いました。彼らから私に 「HashiCorpのCEOに就任してほしい」 という申し出を受け、 何度か話を重ねるうちに、 私がこれまで培ってきたエンジニアリングとマーケティングの両面におよぶソフトウェア業界での経験が彼らの開発者としての力を底上げすると確信し、 ジョインすることにしたのです。 - ――まるでエリック・シュミットがラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンに請われてGoogleのCEOに就いたときのエピソードのようですね。
マクジャネット: 会社の規模が違いすぎますが
(笑)、 そう例えてもらえるのは光栄ですね。ただ、 Googleとの違いはもうひとつあって、 我々はBtoCではなくBtoBをビジネスにしているという点です。BtoBの場合、 前時代の技術 (レガシー) との共存は避けられません。レガシーの存在を受け入れつつ、 デジタルトランスフォーメーションという歴史的な潮目に向き合う手段として、 DevOpsというアプローチは非常に有効です。BtoBにおけるDevOpsの存在感はこれからさらに大きくなるはずで、 そうした新しい市場に向き合うおもしろさに引かれたこともHashiCorpに入った理由のひとつです。いままで見たことのない世界を見られるのは非常にわくわくする体験ですから。 - ――企業がレガシー技術に縛られているという現状は、日本のエンタープライズにとっても大きな課題です。今回の来日では多くの日本企業とお話をされるとのことですが、マクジャネットさんにはいまの日本企業はどう映るでしょうか。レガシーから解放され、デジタルトランスフォーメーションを実現していくことは可能だと思われますか。
マクジャネット: それと同じような質問を米国、
とくに東海岸にいるとよく受けますね。日本や米国、 そして欧州のいくつかの国は、 あなたがいま言われたようにレガシーに苦しむ企業は少なくありません。メインフレームなどはその代表でしょう。クラウドコンピューティングが普及を始めてから10年以上経つのに、 いまだに多くのメインフレームが世界中で稼働しています。また、 クラウドへの移行が始まっているとはいえ、 SAPやOracleといった基幹業務システムのほとんどはオンプレミスで動いています。そしてまだ当分、 これらの技術が消えることはないでしょう。 BtoBの世界ではよく
「SoR (System of Record)」と 「SoE (System of Engagement)」という言葉が使われます。SoRはミッションクリティカルな基幹業務、 たとえばいま挙げたSAPやOracleなどトランザクション処理を中心としたシステムを指し、 SoEは顧客とのエンゲージメント (関係性) を強化するシステムとして定義されています。デジタルトランスフォーメーションやイノベーションの議論になると、 SoEのほうに注目が集まりがちですが、 実際にはSoRに蓄積されたデータなしではデジタルトランスフォーメーションは実現できません。そしてエンタープライズの場合、 SoRはオンプレミスやメインフレーム、 つまりレガシーとタイトに結びついており、 容易にクラウドへと移行できないのが現状です。クラウドに移行したほうが新しいデジタルサービスやアプリケーションを開発しやすいのはそのとおりなのですが、 エンタープライズのシステムは規模が大きいので、 移行もまた一大プロジェクトになりがちです。 それならばレガシーが存在する前提で、
どんなインフラであっても一元的に、 かつ自動で管理できる環境を構築する、 またオンプレミスからクラウドへの移行手段を負荷のすくないかたちで提供することが、 エンタープライズにおけるデジタルトランスフォーメーションへの現実的な解であり、 HashiCorpはそういうツールを提供し続けているのです。 最初の質問に戻ると、
もちろん日本企業もデジタルトランスフォーメーションを成功させていくことが可能です。我々の顧客の中にもすでにそういった企業はあらわれはじめていて、 たとえばごく最近のケースだとGMOメディアの事例があります。GMOメディアはもともと、 オンプレミスのシステム上でメディアサービスを提供してきたのですが、 新しいサービスを提供するときはいつも手作業の設定が必要でした。しかし人力の設定作業は運用担当者にとって大きな負荷となり、 ミスが必ずつきまといます。また同社では上位レイヤの自動構築作業に、 AnsibleとChefを利用していましたが、 パブリッククラウドへの移行にあたり、 複数のクラウドインフラにまたがった自動プロビジョニングの必要性が生じました。これらの課題を解決するために、 GMOメディアは複数のインフラをコードで管理できる 「Terraform Enterprise」 を導入し、 コードによる複数インフラの完全自動プロビジョニングを実現しています。新規サービスの立ち上げも劇的に速くなり、 人為的エラーも完全に取り除かれました。こうした改善は顧客の満足度向上に直結し、 メディア企業としての競争力を高めます。インフラ管理の改善がデジタルトランスフォーメーションに大きく貢献した良い事例であり、 HashiCorpとしてもGMOメディアの変革のお手伝いをできたことをとてもうれしく思っています。
クラウドへのスムーズな移行を助ける「4つのレイヤ」
- ――GMOメディアのケースはたしかにTerraformの特徴を活かした、複数のインフラをまたいだ管理をコードで実現する"Infrastructures-as-code"の良い事例だと思います。ただ、既存サービスをオンプレミスでホストしていたとはいえ、GMOメディアのような企業は製造業や金融といった日本のクラシカルなエンタープライズとは事情がかなり異なる気がします。オンプレミスからクラウドへと移行する障害も少なかったのではないでしょうか。
マクジャネット: 私から見て、
日本のエンタープライズ企業は 「新しい技術に対する関心が強く、 先進的な技術を好む」 と 「レガシー技術、 そして古い価値観と組織に縛られている」 という、 相反する2つの要素をもっているところが多いという印象です。これは米国の歴史の長い企業にも見られる傾向ですね。もちろんどちらかの要素が強い企業も多く、 そういう意味ではGMOメディアは先進的な技術を受け入れやすい土壌がもとからあったと言えるかもしれません。しかし、 ひとつ言えるのは古い価値観が支配的な企業であっても、 いまはそこから変化しなければいけないことを強く認識しています。だからこそ、 彼らは我々のツールに強い関心を寄せるのでしょう。プロビジョニングの自動化やセルフサービスデプロイメントが進み、 アプリケーション開発やサービスローンチまでの期間が劇的に短縮した事例はいくつも出ています。たとえレガシーに苦しんでいる企業であっても、 インフラから変革に手を付けることで、 デジタルトランスフォーメーションの最初の一歩を踏み出せるのです。 もちろんクラウドはデジタルトランスフォーメーションを実現する上で欠かせない基盤ですが、
最初にもお話したように、 現時点ではオンプレミスとの共存が前提です。またひとつのクラウドベンダだけではなく、 最近ではマルチクラウドでの運用があたりまえになりつつあります。そしてクラウドへの移行にはテクニカルな問題と組織的な問題がつきまといます。こうした現状を踏まえ、 HashiCorpはインフラを - Developers
(Nomad) - Security
(Vault) - Ops
(Terraform) - Network
(Consul)
という4つのレイヤに切り分け、
それぞれのレイヤでスマートな移行と運用を実現できるツールを提供しています。これらのツールを使うことで、 クラウド移行にともなうテクニカルな問題を解決するだけでなく、 組織の体質も変わります。ひとつのワークフローが、 複数の環境やアプリケーションをまたいで自動で適用される - これがいかにすごい体験か、 ぜひ多くの日本企業にも実感してほしいですね。 - Developers
- ――4つのレイヤの中から、あえて"最初の一歩"として選択するならどれをお勧めしますか。
マクジャネット: (すこし考えて)
どれもお勧めしたいところですが、 あえてひとつだけ、 というならVaultでしょうか。セキュリティはクラウドにおいて重要と言われますが、 実際には多くの企業がその重要性を本当の意味で見落としがちな部分でもあります。逆に言えば、 最初の段階でセキュリティを意識したワークフロー環境を構築できれば、 デジタルトランスフォーメーションにおいて大きな競争優位性を獲得できることにつながるでしょう。 ただし繰り返しますが、
どれも重要なレイヤであることには変わりません。HashiCorpが重視しているのは 「一貫したワークフローをすべてのインフラで共有する」 なので、 ひとつだけ押さえればいいわけではないことに注意してください。大事なのはワークフローであり、 その最初の構築環境としてセキュリティを選ぶというのは悪くないスタートだということです。
「顧客の進もうとする道」が我々の進む道
- ――最後にHashiCorpのビジネスの展望についてお聞かせください。スタートアップ企業として順調に成長を遂げてきたHashiCorpですが、そろそろ将来の展開、つまりイグジットの方向性についても考え始めているころではないでしょうか。買収や上場の可能性について、現時点で話せることがあれば教えてください。
マクジャネット: いまの段階で私が言えるのは
「我々には、 世界中のエンタープライズ企業をソフトウェアで助ける責任がある」 ということだけです。その責任にもとづき、 もちろん事業は拡げていきますが、 いたずらに利益を拡大することに邁進するアプローチは取りません。グローバル戦略としては日本や欧州でのビジネスを強化したいと考えていますが、 そのためにはパートナーエコシステムの構築が重要で、 現在はその足場を固めているところです。キャピタライズの方向性について語れるのはここまでですね。もうひとつ付け加えるなら、 顧客が向かおうとする道が我々の進む道でもあり、 IT業界が進む道でもあるので、 つねに顧客の声を聞き続ける企業でありつづけたいと思っています。10年後も顧客にとっての鏡のような存在でいること、 これがHashiCorpのビジネス戦略です。 - ――「ソフトウェアで世界を良くしていきたい」という言葉は以前インタビューしたハシモトさんからも聞きました。
マクジャネット: 「世界中のすべての企業はソフトウェア企業になる」
というマーク・ アンドリーセンの言葉はご存知でしょう。インターネットの登場は歴史を大きく変え、 世界中に情報の平等化をもたらしましたが、 現在はそれに匹敵するトランジションが起こっていると思います。そしてその中心にあるのはソフトウェアであり、 その価値はますます高まっています。というよりも、 ソフトウェア自身が価値を創出する源泉となっているのです。 数年前にポケモンGoが出たとき、
私は 「なんてエレガントなんだろう」 と強く感じました。API指向のクラウドサービスという概念をこれほどエレガントに実現したシステムはそうないのではないでしょうか。20年前には決して誕生しなかったサービスであり、 ソフトウェアの可能性を示したという意味でも非常にユニークです。そして次の20年後にも、 きっと今では想像できないようなサービスがソフトウェアによって生まれているでしょう。HashiCorpのツールがそうした未来を作るお手伝いができていれば、 本当にすばらしいことだと思います。
インタビューが終わったあとの雑談中、
すこしだけ間をおいたのち、
1年後、