NGINXの買収に見るオープンソースの価値
2019年3月12日に報じられたNGINX社の買収は、多くのネットワーク・サービス関連のソフトウェア・エンジニアを驚かせました。
NGINXは、今とても勢いのあるWebサーバソフトウェアで、とくに大規模・大負荷のシステム構築に好んで用いられます。Netcraftによる2019年4月のレポートでWeb Serverシェアで第1位となった、まさに「旬」のソフトウェアです。NGINXはオープンソースとしてそのコードが公開されており、NGINX, Inc.(以後NGINX社)はその開発元企業です。
このNGINX社を6億7,000万ドル(約740億円)という高額で買収したのがF5 Networks, Inc. (以後F5社)だったことも皆が驚いた理由の1つでしょう。
F5社は1996年創業の、インターネット関連技術企業としてはそろそろ老舗とも言える大企業です。F5社は広域サービス向けのロードバランサ・アプライアンス製品から出発していますし、NGINXはロードバランサとしてもよく使われますから、この買収によってF5社は自社設備ベースのエンタープライズシステムからクラウドベースのPublic Webサービス・システムまでカバーする製品ポートフォリオを持つ、といった説明は確かに合理ではあります。しかしそれだけで年間売り上げ20億ドル強のF5がこの金額を出すでしょうか。
筆者はちょうど4月のはじめにSan Francisco のNGINX社を訪問し、NGINX社をこの金額で買収するに充分な、もっと重要な価値について直接聞く機会を得ました。
本稿ではそこで聞いた、この買収で生まれるシナジー(相乗効果)と、その背景にある、今どきのオープンソースの大きな価値であることについて説明したいと思います。
ユーザから学ぶ
取材に応えてくれたのはVP of Product ManagementであるSidney Rabsatt氏です。
筆者からF5/NGINXがアナウンスしているオープンソースへのコミットメントを継続することについて尋ねると、Rabsatt氏はまずオープンソースへの同社の姿勢から説明してくれました。
- Rabsatt氏:
我々は Open Source やインターネットへのコミットメントを双方向のものだと考えています。
- 筆者:
双方向、ですか。
- Rabsatt氏:
オープンソースはデベロッパ自身が欲しいものを作る絶好の機会を提供します。そしてこれが我々にとって大変重要な意味をもつのです。つまりデベロッパ自身が望むアプリケーションを自分たちで組み上げる自由をオープンソースとして提供すると、その恩恵をまず得るのはユーザ(デベロッパー自身)です。しかしオープンソースは我々もまたそうした、特に興味深いソリューションやユースケースにアクセスすることを可能にします。
これが双方向のメリットです。ユーザは彼らが望んでいた自由を手に入れ、我々は我々が何をすべきか、製品をどのように前進させるべきかについて、より良い運用をもたらす先見性のあるソリューションから学ぶのです。これこそが我々がやってきたことです。スケーラビリティ、HA(高可用性)などはそうやって開発・実現してきました。
これは我々が得た、相補的なリレーションシップであり、とても重要です。だから我々はオープンソースのソリューションを開発することに対してコミットし続け、磨いていきます。
F5とのシナジー
そしてこれ(オープンソースとの双方向のメリット)はこの買収の一部でもある、と Rabsatt氏は続けます。
- Rabsatt氏:
小さな組織では自然と出資に限界があるため、ものを作れる「量」が決まってしまいます。大きな組織のサポートによって、我々が作りたいものを素早く作るフレキシビリティを得ました。つまりより多くのリソースによって、今まで我々にできなかったことをやるのです。
いまNGINX全体で250人ほどですから、なるほど4,600人のF5のサポートは大きなものとなるでしょう。
しかし両社のユーザ(顧客)層の違いだけでなく、NGINXがフルにオープンベースのソフトウェア企業なのに、1996年に創業した(ハードウェアベースの)ネットワークアプライアンス企業であるF5はそうしたカルチャーとはかなり異なる歴史を持つことも含めて、この2社の組み合わせにはとても興味深い点があります。
その点についてもRabstatt氏はコメントをくれました。
- Rabsatt氏:
F5はアプリケーションのフロントに置かれるロードバランサやセキュリティ製品を持っていますが、モダンなアプリケーションが実行されている場所は、そうしたF5のアプライアンスをスルーした先にあります。
今、彼ら(F5社)は自社の製品について、もっとアプリケーションと緊密な立場でインテグレーションできる機能を欲しがっており、それらをまさにNGINXがやっているわけです。
つまり、F5のスケーラビリティとセキュリティのためのソリューションがフロントに構えていて、NGINXがそのすぐ後ろにあるわけです。そこで多様なアプリケーション間通信、つまり、APIやマイクロサービスなど、east-west[1]のネットワーキングのため働いています。我々はこれをとても良い相補的なストーリーだと思っています。
- 筆者:
あなたはユーザが作るアプリケーションから学べる、アプリケーションにいまどんな変化が起きているか見ることができる、と言われました。F5もあなた方を通してそれを知ることができるわけですね。
- Rabsatt氏:
それが(買収の)理由です。人々がモダンなアプリケーションをビルドする現場にアクセスすることは、どんな需要があるのか、どんな問題を皆が抱えているのか、そのよりよい理解へと我々を導きます。そこにフォーカスすることで、我々はそこから多くを得ていますが、F5もそうなるわけです。
- 筆者:
なるほど。良いですね。
オープンソースの価値
Rabstatt氏は「いまクローズドソースの企業がこれが我々のシステムの機能です!”と言って製品を提供しても、人々はもっと大きなフレキシビリティを求め、リサーチし、他の(より良い)方法がないか探します。オープンソースはそうした(現代的な)状況で人々を引きつけ、うまくやっていく優れた方法です」と言います。
まさにそのクローズドな文化である(かつハードウェアベースの)ネットワークアプライアンス業界、その老舗の1つとも言える1996年創業のF5社が、オープンソースネイティブなソフトウェアスタートアップであるNGINX社を、そのオープンさに大きな価値をおいて(6億7,000万ドルで!)買収したわけです。
そして、これはNGINXに限った話ではありません。Marc Andreessenが2011年に指摘したとおり[2]、ソフトウェア(アプリケーション)のパワーは日々、強くなり、世界を飲み込みつつあります。そしてソフトウェアのパワーは、デベロッパのパワーによって産み出されています。
もう世界はソフトウェアデベロッパのパワーを無視できなくなりました。つまりどのような企業にとっても、その市場で強い競争力を維持するためには、アプリケーション、そしてデベロッパに寄り添うことが必要不可欠となったのです。
1998年にNetscape Communications Corporationが、そのブラウザのソースコードをオープンにしたのは実にエポックメイキングな出来事でした。あれから20年が経ち、企業がそのプロダクトをオープンにして開発・提供し続けることは、いまやごく普通のビジネスアプローチとなりました。今後は「デベロッパーに寄り添う」ことを指向する買収や連携がもっと増えていくでしょう。注目したいと思います。